道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

069 ビシージド 踊る魔法使い

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 「さっきのあれ、すぐわかるなんて、キミもけっこうマニアだね。で、キミはどの隊士推し?」
 魔法使いマギと呼ばれていた人が話しかけてくる。
 
 多分、アラフォーなのかなぁ……サゴさんよりは若いはず。
 張り詰めた空気と血の臭いの中で場違いに明るい声に俺は一瞬フリーズする。
 
 「あ、あ、え、えっと俺は服部武雄が好きで……油小路の……」
 再起動後もよくわからないまま、相手のペースにのまれてしまう。

 「そうなんだー。ボクはさ、沖田総司萌えなんだよね。恥じらいながらも局長に惹かれていくあたりがさぁー。恋の三段突きぃーィイェー!」

 お、おう、新選組ボーイズラブ?
 混乱した俺はそれでもかろうじて修行の成果を見せる。
 「近藤×沖田カップリングですか? どっちが責めでどっちが受けですか?」

 修行の成果を見せる俺をタケイさんたちがあきれた顔で見る。
 血なまぐさい現場で何を話しているんだろう、俺は……。

 「ちがうちがうってば、何いってんだよ、キミは? 近藤勇もまた局長に直球で迫ってくるんだってば!」
 「え?」
 芹沢鴨が主人公? 新見錦? まさかの芹沢総受け? 暗殺シーンの滅多刺しが別の意味で阿鼻叫喚になってしまう……。

 「だからさ、知らないの?」
 魔法使い氏がスマホのゲームの設定を語ってくれたことで「腐海」でもがく俺もようやく元の世界に戻ることができた。

 魔法使い氏が語ってくれたゲームは俺もダウンロードしようとしたやつだった。でも、全員女性化された隊士を見てそっと画面を閉じたんだ。「年上のお姉さま源三郎」はねぇよ。
 新選組も二次元、三次元を問わずカワイイ女の子も大好きだが、それを合体させなくても良いではないかというのが俺の感想だ。
 骨付きカルビもフランボワーズタルトも大好きだが、フランボワーズタルトに脂滴る骨付きカルビをトッピングはしない。
 以前、色々と臭い部室でこう主張したら、「お前はわかっていない」「古すぎ」「かび臭そう」「マニアっぽいのが好きそう」「SMスナイパー」とか散々な言われようだったので、自分が多数派だとは思っていないけど。

 しばらくの間、決して昔のすごいピッチャーによく似ていたりは絶対していないであろう「沖田総司」の話を聞く。
 その間、タケイさんたちは執事とメイドに食料と水をわたしてから牢屋に閉じ込め、カルミさんは物証になりそうなものを集めてはカバンに詰め込んでいた。

 「そろそろ行くぞ!」
 そう言われたところで、ようやく元手枷足枷の魔法使い氏の名前を聞くことができた。
 
 「ボクは舞い踊る賢者†ブレイズ・テンペスト†、あっ! 名前の前後にカッコいいマークをつけてね。ボクはキミと同じ転移者だ」
 チュウジレオンハルトと同系列の人だな。見せてくれた銀色のメダルの登録名はしっかりと「†」でくくられている。

 「魔法使い、なんですよね?」
 銀色のメダルはレア能力者、うちのパーティーではサチさんがこれを持っている。

 ブレイズさんは首をふる。
 「うーん、ボクは賢者。ここの人は魔法使いマギとか妖術師《ウィッチ》とか言うけどね、ボク的には賢者のほうが嬉しいな。向こうの世界でもクラスチェンジできたのに、神殿が見つからないせいで魔法使いにも賢者にもなれなかったけど、この世界は良いね。ボクのことをちゃんと評価してくれるし、悪い奴をこらしめる力も開花した!」
 ブレイズさんはテンション高めでまくしたてる。

 横に死体が転がっている中で、これだけ楽しそうに話せる人だ。
 今の俺に負けず劣らず狂っているに違いない。

 ◆◆◆

 上に上がってもブレイズさんのテンションは上がりっぱなしだった。
 ミカを見ては「合法ロリきたー」と叫び、サチさんを見ては「委員長キャラ萌えー」と叫ぶ。
 俺やチュウジとは違ったタイプとはいえ、彼もまた俺たちと同じく異性と話すことに慣れていない。
 ミカもサチさんも固まってしまっている。

 彼女たちをブレイズさんから解放したのは、外を照らす無数の松明であった。
 鎧戸越しでもわかるくらいの明るさだから結構な数だろう。

 扉を叩く音のあとに声が聞こえてきた。
 「無垢なる白き神の純血派教会の者です。うちの修道士たちが戻ってこないので見回りに来ました。外に血痕も見えます。手当が必要な方がいらっしゃるのではないですか?」
 
 「どうしますか?」
 タケイさんがサゴさんに問いかける。
 サゴさんが答える前にカルミさんが答える。
 「手間が少し省けましたね。先の現場を見れば、審問の場を設ける必要もなさそうです。全員、処刑しましょう」
 再びどんよりとした空気が流れ、狂気の臭いがしはじめる。
 
 「返事がないようでしたら、少々強引ですが、力ずくで開けますよ」

 「晩餐で少々酒をたしなんでいたら、興がのってしまいましてね。少し休んでいたのですよ」
 サゴさんが時間稼ぎに白々しい口上を述べる。

 「聞いたことのない声だが、どなたか?」
 「私の声を聞いたことがない? あなたは耳が悪くなられたのですか? それとも私の喉が酒焼けしてしまったのでしょうか?」
 「そもそも何を飲んだのだ? フェルミ師に代わっていただきたい」
 「私がフェルミですよ。美味しいワインをずいぶんといただいてしまいましてね。それにしても何をそこまで焦っているのですか? 今扉をあけるからお待ち下さい。あら、ちょっと足がふらつくな」
 サゴさんの白々しい口上は続く。
 
 タケイさんがカルミさんに問う。
 「我々は探索隊が10名、助け出した方々が 7名、そしてカルミさん、あなたで合計18名。ただし、武装しているのは軽装のあなたを数に入れたとしても11名です。外の人数がいかほどのものかはわかりませんが、むしろ、こちらが追い込まれている側でしょう?」

 「籠城戦か」
 チュウジがつぶやく。
 「籠城といってもこの屋敷ではどこで籠城すれば良いんだ? この大広間は守りを固めようにも正面と裏口から挟み撃ちにされるだけだし……」
 「2階だろ」
 タケイ隊のスキンヘッド、ジロさんが戦鎚ウォーハンマーの先端を磨きながら、つぶやく。
 「2階に窓があるから、そこから矢を射つ。向こうも何か射ってくるかもしれないから、盾が必要だ。俺たちのチームは盾持ちが少ないから、窓は任せて階段で敵を迎え撃つ」
 タケイさんがチームメンバーの言葉を引き取る。
 確かに彼らは盾持ちが1人しかいない。それ以外は見事に両手武器ばかりだ。

 「火をかけられたり、追い詰められたときの逃げ道は?」
 気になったことを確認する。
 「窓からロープ? でも、地下室の人たちは……」
 ミカが答えた後に地下室に残してきたこの屋敷の使用人を思い出す。
 「相手が火をかけそうになったときは、地下室のことを叫ぼう。仲間を焼き殺すようなこともしないだろう」
 確実とはいえないが、他の考えが出てこない。

 火以外にも外にまだたくさん敵が残っていたらどうしようとかも頭に浮かんだが、そういう事態になったら、そもそも何がどうなろうと、負け確定だ。
 腹をくくらないといけない。

 2階の窓にはサチさんを除く俺たち4人と魔法で援護ができると言うブレイズさんがつく。
 窓の部屋と階段をつなぐ部屋にはサチさんとカルミさんを含む癒し手チームが待機する。
 階段ではタケイさんチーム5名が登ってくる敵をブロックする。

 こういう算段になった。
 せめてものということで裏口の扉の前には机や椅子、家具を乱雑に積み上げ即席バリケードをつくる。
 正面は扉自体の耐久力にかけることにした。
 
 「準備完了だ。扉が打ち破られる前に窓から先制攻撃だ!」
 タケイさんの言葉で俺たちは持ち場に移動する。
 
 鎧戸を開ける。
 扉の付近に10名程度、その後ろに40名程、ほとんどがアレフィキウムの農民なのだろう。皆、鎧下すら着ていない。
 乱暴に扉を叩いていた修道士らしき人物が上を向く。

 俺のクロスボウとサゴさんの弓から矢が放たれる。
 1人倒れる。
 俺はチュウジと交代する。
 向こうからの投石と矢がミカの大盾に弾かれる。
 クロスボウを引きながら、ブレイズさんを見る。
 
 彼は部屋の所々を踏みしめる不可思議な踊りを踊っていた。
 ゆるやかなローブでも隠せない腹の肉も踊る。
 「舞い踊る」とかいう優雅な自称があっているかどうかはともかくとして、たしかに彼は踊っていた。
 それも歌付きで。
 それも確実に呪文の詠唱とか関係なさそうな歌で……。

 俺が第2射を終え、第3射に向かおうとしたとき、ちょうど下では正面の扉が打ち破られようというとき、彼の歌は終わった。

 「……キュンキュン、恋の三段突きぃーィイェーーー♫ むしよぉォォォォー!」
 
 窓際の床を踏みしめると彼は甲高い叫び声をあげる。

 最後の甲高い叫び声の部分はたぶん元の歌ではないだろう。
 どこに「ムシヨォー」と叫ぶ萌えゲーがあろうか。
 
 最後の言葉に呼応するようにして地面から湧き出たような黒い柱は正面扉近くの数名の敵を覆いつくす。
 不快な羽音と悲鳴があがり、扉を打ち破ろうとしていた者たちが散り散りになる。
 
 「今のうちにアイツラ射っちゃってよ! ボクは次行くからね!」
 
 ブレイズさんは再び床を踏みしめる奇妙な踊りと2番か3番かわからないなにかを歌い出す。
 
 俺たちは転げ回っている人たちに向かって矢を放つ。
 羽音に包まれた人々は倒れていくが正面扉には別の一段が突進していく。

 サゴさんが下からの矢に肩を撃ち抜かれて尻もちをつく。
 癒し手部屋に後退するように指示を出す。

 窓際に立とうとした時に、ブレイズさんがどしんと足を踏み鳴らす。

 「……恋をふりまく龍尾の剣キュイキュイキュイキュイィィィ♫ 燃えろぉォォォ!」
 緊張感のかけらもない歌だが、最後の金切り声で正面扉前に集まった集団が火柱となる。
 火柱・・たちが絶叫する。
 ある者はその場で燃え崩れた。
 ある者は地面を転がりまわっているうちに動かなくなった。

 「裏からまわられた。来るぞ!」
 タケイさんの叫び声が聞こえてきた。
 叫び声のすぐあとには怒号が追いかけてくる。

 正面扉前にいた一段は裏にまわっていく。
 クロスボウで追い打ちをかける。
 正面扉前がすいたところで、俺はクロスボウで牽制。
 その間にチュウジは脱出用のロープを固定していく。

 「癒し手隊、窓の部屋まで後退! サゴ隊、ブレイズさんは階段に集結!」
 
 治療が終わったサゴさんと合流して階段へ向かう。
 階段では戦闘が始まっている。
 広い階段だが、並べるのはせいぜい3人といったところだ。
 巨漢なら2人で階段はいっぱいだ。
 メイスをふりまわすタケイさんとウォーハンマーをふりまわすジロさんに敵集団はひるんでいる。
 〈アニキのメイス、股間のメイス、どっちもご立派で〉
 緊張した状況で突然どうしようもない下ネタを思いつき、「ぐふ」と妙な笑い声を漏らしてしまう。

 首をぶんぶん振るってしょうもない下ネタを振り払うと、俺は広間に向かって矢を放つ。
 広間にはおそらく1クラス分程度40名前後の敵がいる。

 ブレイズさんはごきげんだ。
 「舞い踊る賢者†ブレイズ・テンペスト†推して参るっ! 決まったね! ロリ子たん、ボクに惚れるなよっ!キャー!」
 ミカにウインクしてから、歌いながら地面を踏みしめ始める。
 「泣く子も微笑む壬生のもふもふー♫」
 薄いローブでは隠しきれない腹が大きく揺れる。

 矢が飛んでくる。
 窓際と違って大広間は遮蔽物が少ない。
 「舞い踊」り歌うブレイズさんの腹に1本の矢が突き刺さる。
 「いてぇ!」
 腹をかばおうと敵に背を向けると尻にも矢が突き刺さる。
 「いてぇー! いてぇよっ! 誰か助けろよっ! いてぇーんだよっ!」
 近くにいた俺は彼に肩を貸すと、癒し手が待機しているところまで後退させる。

 「負傷者! 矢傷!」
 そう叫んでブレイズさんを癒し手組に託すとすぐ大広間に戻る。
 「これを噛んで! 治癒の前に矢を抜きますよっ! ナイフの準備良いですね?」
 サチさんの声のあとにブレイズさんの絶叫が聞こえる。

 階段のところに戻る途中、同じく矢傷を負ったジロさんが走ってくる。
 「すまんな、穴埋め頼んだ!」
 
 ◆◆◆

 どのくらい経ったのだろうか?
 15分程度なのかもしれないし、1時間かもしれない。

 敵の数は10名程減っただけだ。
 こちらは何名かが矢や石にあたり負傷したが、そのたびに後詰と前衛のローテーションでなんとかしのいでいる。
 矢は尽きてしまった。
 ブレイズさんは癒し手組のところで泣きわめいている。

 前衛にまわっていたサゴさんがブレスを吐く。
 強烈な胃酸の臭いがして、酸をまともに食らった3人の男が転げ落ちていく。
 
 転げ落ちていく男を飛び越えて駆け上がってきた男がピッチフォークで俺を突く。
 脇腹をかすめるピッチフォークを右腕ではさみこみ、戦斧で相手の手ごと柄を叩き折る。
 悲鳴をあげる男を階段下に蹴り落とす。
 下から放たれた石つぶてが俺のこめかみをかすめる。
 ふらついた俺をチュウジがひっぱり、代わりに階段を守る。
 ぺたりと座り込んだ俺はこめかみに手をやる。
 小手がぬらぬらとしたもので赤くなる。

 そろそろ脱出を考えるか……。
 そんな考えが俺以外にもよぎったであろう頃、わめき声をあげながら上半身裸のブレイズさんが奥から出てきた。
 
 「いてぇ、いてぇ、いてぇんだよ。いってーな。畜生っ! くそっ、いてぇー! おまえら、ボクに何してんだよ! ボクは賢者だぞ! このクソどもがっ! 傷が治ったっていてぇもんはいてぇ」
 憤怒の表情で体には似合わぬ素早いステップで地面を踏みしめ始めるブレイズさん。

 歌はない。
 当たり前だが、あれは詠唱ではないし、必要ないのだろう。
 彼の力は地面を一定の手順で踏みしめることで発動するらしい。

 治療の際にローブやシャツを裂いたのであろう。尻にも刺さってたから下着もか……。即席の腰布1枚で胸も腹もよく見える。実のところ、ぱおーんて感じの見たくないものも見える。
 ステップを踏む度に横に割れた腹がゆれ、豊満な胸もまたゆれる。

 「詠唱」はこれまでとは違って痛みへのいらだち呪詛の言葉。
 「いてぇいてぇいてぇ、おまえら、みんな死ね死ね死ね、ゴミムシめ、死ね死ね死ね」
 ドン、と大きく足を踏むと同時に彼は叫ぶ。
 「ゴミムシがぁっ! ぜろぉォォォ!」

 広場でスリングや弓をかまえる男たちが突然頭を抱えてうめき出す。
 そして……10名くらいは頭を抱えたまま、膝をつく。
 彼らは目鼻口からは血が吹き出してそのまま前に倒れ込む。

 「見ろっ! 人がぁゴミのようだァー!」
 どこかで聞いた、しかし、実際に使う機会がなさそうな台詞を叫ぶとブレイズさんはまたステップを踏み始める。
 浮足立った相手はブレイズさんを狙い撃つことができず、飛んできた数本の矢もミカの盾にふさがれた。

 「ゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミゴミ死んじゃえよゴミムシどもよぉ、蠱よぉォォォ」
 彼が叫びながら床を踏みしめると、不快な羽音と黒い柱が弓やスリングを持った人たちを襲う。
 羽音と絶叫の中、人々は倒れていく。
 
 階段で戦っていた敵は浮足立ったところを、タケイ隊に叩き潰された。
 
 大広間の数名の男――おそらく村人なのだろう――は逃げていった。
 修道士らしき男たちは全滅していた。

 「すげーや、ボク、さすが舞い踊る大賢者、ボクの王国の王妃になってもいいんだぜ、ロリ子たん」
 機嫌が戻ったらしいブレイズさんが胸と腹をゆらしながらミカにウインクする。
 王妃とか彼女は望んでないから。万が一、いや一京が一、彼女がそう思ったとしても俺がそれを望んでないから。
 そういう言葉はとりあえず飲み込んで、彼女の肩を抱きしめる。
 
 こんな狂気にみちた場所で俺は日常的な嫉妬に囚われている。
 俺は正気なのか、それとも狂っているのか。
 震える手でミカの髪の毛を撫でた。
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