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第2部1章 指と異端と癒し手と
068 トーチャー 地下室とロウソクとあなた
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「開けていただけますか?」
地下室に続くであろう扉の前でサゴさんが修道士の1人に丁寧に頼む。
「どうやって?」
手足を縛られて扉の前に転がされた修道士が薄笑いを浮かべながら答える。
「指先まで縛られているわけじゃないんだから、開けるぐらいできるでしょう」
戦闘が終わって静かになったあとに屋敷の中に入ってきたカルミさんが修道士の後頭部を上から蹴りつける。
石の床に顔をぶつけて修道士は鼻血を出す。
「私みたいに片手がなくても、多分開けられますよ。試してみましょうか」
そういうと左手に持った斧で修道士の手首をがつんがつんと叩き始める。
手首の骨がくだけちって、皮一枚になったところで、カルミさんは泣きわめく修道士のぷらんぷらんとした右手首を踏みつける。手の先と手首をつなぐ皮1枚が靴の下でねじ切られる。
修道士が聞くに堪えない悲鳴をあげた。
「あれ、あなたも……右手がない? 奇遇ですね。私とおそろいです」
カルミさんは修道士の右手をとりあげると、自分の右手のあった部分にあわせて、修道士におだやかな声で話しかける。
「大事な情報源だ。やめてくれないか」
タケイさんが怒気をはらんだ口調でカルミさんを制止する。
「大丈夫ですよ、まだこんなにいますから」
カルミさんがにんまりと笑う。
この人は……おかしい。
タケイさんは一度下を向いたあと、カルミさんを見つめて言う。
「すまなかったな。はっきり言うわ。見ていて気持ちの良いものではないからやめてくれ」
しょうがないですねぇ。そんなことをつぶやきながらカルミさんは右手首を切られ、うめき声をもらす修道士の頭を手斧でかち割る。
「流転する我らの神にして神々の慈悲と救いがあらんことを」
修道士はびくんびくんと大きく痙攣したあとに静かになった。
俺は震えるミカを抱きしめる。
ぺたんと座り込んでしまったサチさんの頭をチュウジが抱えている。
サゴさんは捕虜の横でこれ以上の蛮行がなされないように立ちはだかっているようだ。
(狂ってやがる)
タケイ隊の誰かがぼそっとつぶやく。
生き残った修道士は眼をぎゅっとつぶり、おそらくは祈りの言葉であろうものを唱えている。
執事らしき男は仕立ての良いズボンを濡らしている。
失神するメイドが2人、放心状態のメイドが1人、笑い出すメイドが1人。
「こんなところでグズグズしていると夜が明けちゃいますよ。はやく捜査を進めましょう」
俺は精一杯明るい声を上げる。
そして、生き残った修道士に声をかける。
「ほら! はやく扉を開けちゃいましょう。それで自由の身ですから!」
多分、彼は自由の身には慣れないだろう。
すがりつくように俺を見る修道士を見ながら、嘘つきの自分が嫌になる。
カルミさんは審問官だ。俺が学んだ歴史知識だとこの手の職業の人は容赦ないというのが定番だ。そして、先の振る舞い方を見ていても彼はおそらく定番通りか、それ以上の行動をするだろう。
救いを求めるかのように俺を見る修道士に待ち受けるは良くて苦痛のない死、悪ければ苦しみ抜いた末の死。
修道士が扉を開ける。
「中に入ってください。変な真似をしないほうが良いくらいは、正しい教えを理解できない知性と信仰心の足りないあなたにもわかることでしょう」
カルミさんがニヤニヤしながら言う。
狂ってやがる。
さっき誰かが言った言葉をカルミさんだけに向けるのは酷かもしれない。
だって、地下室の天井にぶら下げられて乾かされていたのは人の手首とつまさきであったから。
その持ち主は大きなテーブルの上に横たわってこちらを見ていた。力なく開いた口から言葉が発せられることはなかった。死んでいたからだ。ただ、もし生きていたとしても舌を切り取られた状態で喋るのは困難であっただろう。
地下室では肉切り包丁を持った小柄な老人が泣きそうな表情でこちらを向いている。
「……あなたが……これを?」
そう問いかけた俺は老人がおびえた表情でこくりとうなずいた瞬間に彼を蹴り飛ばしていた。
老人の残り少ないであろう歯は飛び散り、その一部は俺のブーツに刺さった。
俺もまた狂ってきているのかもしれない。
◆◆◆
地下室にもうけられた牢屋には7人の男女が閉じ込められていた。
どういう訳か一人だけ手枷足枷をつけられた男が1名、残りは男性が4名に女性が2名。
彼らの拘束を解き、自由にしてやる。
「怪我をしているかもしれませんから、サチさん、この人たちを上に連れて行って見てあげてください」
サチさんに囚われた人たちを任せる。
手枷足枷をつけられていた男はここに残ると言った。
ミカ、チュウジにはサチさんの護衛と上の見張りを頼んだ。
ミカにはこんな狂気の現場からは離れていて欲しい。
タケイ隊からも3名上に行ってもらう。
「行方不明になった方はもっと居たはずでしたが、ここにいない方はどちらへ?」
カルミさんが質問をする。
椅子に縛り付けられた老人はぼそぼそと話し始めた。
逃げ出そうとした者、反抗的な者、衰弱した者は「加工」した、と。
どうせ吐き気しかしない話が出ることはわかっていた。
〈ミカを上に行かせて良かった〉
俺はえずきながら考える。
質問されたことすべてに素直に答えた老人だったが、主犯格についてだけは知らないと言い続けた。
「あなたの言葉を信じましょう。知らないことは話せませんものね。神にして神々に代わって許しと救済を与えましょう」
カルミさんが祈りの言葉を捧げる。
「流転する我らの神にして神々の慈悲と救いがあらんことを」
老人は絶望した表情でこちらを見る。
どんよりとした眼が俺の眼をとらえる。
俺は耐えきれずに眼を背ける。
カルミさんの手斧が老人の頭を砕く鈍い音がした。
修道士は知らないとは言わなかった。
カルミさんにいくら殴られても答えようとしなかった。
手の指を落とされたときは泣きながら「死ね、亜人」と罵った。
カルミさんは修道士の傷をわざわざ癒してから、右足の指に手斧を落とした。
修道士はすすり泣いたが答えなかった。
カルミさんが肩をすくめる。
「逆さ吊りにしてねー、釘を足の甲に打ってねー、上にロウソクをたてるんだよ。火つけたら、どんな子もイチコロだよっ」
元手枷足枷の男がやばい助言をする。
「新選組かよ……」
ぼそっとつぶやく俺を見て、彼はにっこり笑う。
「詳しいねー。あとで推しについて話そうよ」
カルミさんは土方歳三式拷問の提案におおいに喜んだ。
「逆さに吊るす体力のない……まぁ、体力があっても片手じゃ無理ですけどね……」
カルミさんは笑いながら続ける。
「それ以外は採用です! あなたは、互助組合に一時滞在されていた魔法使いでしたね。再会できたのも神にして神々のおぼしめしなのでしょう。信仰をもったときはぜひとも教えてください。審問官に推薦しますよ」
教義の理解を確かめる前に拷問知識で推薦かよ……。
カルミさんは修道士の足を丁寧に洗うと、愛おしそうにそれを撫でまわし……大きな釘を打ち込んだ。
悲鳴が地下室に響き渡る。
満面の笑みを浮かべたカルミさんはロウソクを釘の上に立てると、火をつける。
「綺麗な炎ですね……」
修道士はすぐに許しを請いながらすべてを吐いた。
地下室に続くであろう扉の前でサゴさんが修道士の1人に丁寧に頼む。
「どうやって?」
手足を縛られて扉の前に転がされた修道士が薄笑いを浮かべながら答える。
「指先まで縛られているわけじゃないんだから、開けるぐらいできるでしょう」
戦闘が終わって静かになったあとに屋敷の中に入ってきたカルミさんが修道士の後頭部を上から蹴りつける。
石の床に顔をぶつけて修道士は鼻血を出す。
「私みたいに片手がなくても、多分開けられますよ。試してみましょうか」
そういうと左手に持った斧で修道士の手首をがつんがつんと叩き始める。
手首の骨がくだけちって、皮一枚になったところで、カルミさんは泣きわめく修道士のぷらんぷらんとした右手首を踏みつける。手の先と手首をつなぐ皮1枚が靴の下でねじ切られる。
修道士が聞くに堪えない悲鳴をあげた。
「あれ、あなたも……右手がない? 奇遇ですね。私とおそろいです」
カルミさんは修道士の右手をとりあげると、自分の右手のあった部分にあわせて、修道士におだやかな声で話しかける。
「大事な情報源だ。やめてくれないか」
タケイさんが怒気をはらんだ口調でカルミさんを制止する。
「大丈夫ですよ、まだこんなにいますから」
カルミさんがにんまりと笑う。
この人は……おかしい。
タケイさんは一度下を向いたあと、カルミさんを見つめて言う。
「すまなかったな。はっきり言うわ。見ていて気持ちの良いものではないからやめてくれ」
しょうがないですねぇ。そんなことをつぶやきながらカルミさんは右手首を切られ、うめき声をもらす修道士の頭を手斧でかち割る。
「流転する我らの神にして神々の慈悲と救いがあらんことを」
修道士はびくんびくんと大きく痙攣したあとに静かになった。
俺は震えるミカを抱きしめる。
ぺたんと座り込んでしまったサチさんの頭をチュウジが抱えている。
サゴさんは捕虜の横でこれ以上の蛮行がなされないように立ちはだかっているようだ。
(狂ってやがる)
タケイ隊の誰かがぼそっとつぶやく。
生き残った修道士は眼をぎゅっとつぶり、おそらくは祈りの言葉であろうものを唱えている。
執事らしき男は仕立ての良いズボンを濡らしている。
失神するメイドが2人、放心状態のメイドが1人、笑い出すメイドが1人。
「こんなところでグズグズしていると夜が明けちゃいますよ。はやく捜査を進めましょう」
俺は精一杯明るい声を上げる。
そして、生き残った修道士に声をかける。
「ほら! はやく扉を開けちゃいましょう。それで自由の身ですから!」
多分、彼は自由の身には慣れないだろう。
すがりつくように俺を見る修道士を見ながら、嘘つきの自分が嫌になる。
カルミさんは審問官だ。俺が学んだ歴史知識だとこの手の職業の人は容赦ないというのが定番だ。そして、先の振る舞い方を見ていても彼はおそらく定番通りか、それ以上の行動をするだろう。
救いを求めるかのように俺を見る修道士に待ち受けるは良くて苦痛のない死、悪ければ苦しみ抜いた末の死。
修道士が扉を開ける。
「中に入ってください。変な真似をしないほうが良いくらいは、正しい教えを理解できない知性と信仰心の足りないあなたにもわかることでしょう」
カルミさんがニヤニヤしながら言う。
狂ってやがる。
さっき誰かが言った言葉をカルミさんだけに向けるのは酷かもしれない。
だって、地下室の天井にぶら下げられて乾かされていたのは人の手首とつまさきであったから。
その持ち主は大きなテーブルの上に横たわってこちらを見ていた。力なく開いた口から言葉が発せられることはなかった。死んでいたからだ。ただ、もし生きていたとしても舌を切り取られた状態で喋るのは困難であっただろう。
地下室では肉切り包丁を持った小柄な老人が泣きそうな表情でこちらを向いている。
「……あなたが……これを?」
そう問いかけた俺は老人がおびえた表情でこくりとうなずいた瞬間に彼を蹴り飛ばしていた。
老人の残り少ないであろう歯は飛び散り、その一部は俺のブーツに刺さった。
俺もまた狂ってきているのかもしれない。
◆◆◆
地下室にもうけられた牢屋には7人の男女が閉じ込められていた。
どういう訳か一人だけ手枷足枷をつけられた男が1名、残りは男性が4名に女性が2名。
彼らの拘束を解き、自由にしてやる。
「怪我をしているかもしれませんから、サチさん、この人たちを上に連れて行って見てあげてください」
サチさんに囚われた人たちを任せる。
手枷足枷をつけられていた男はここに残ると言った。
ミカ、チュウジにはサチさんの護衛と上の見張りを頼んだ。
ミカにはこんな狂気の現場からは離れていて欲しい。
タケイ隊からも3名上に行ってもらう。
「行方不明になった方はもっと居たはずでしたが、ここにいない方はどちらへ?」
カルミさんが質問をする。
椅子に縛り付けられた老人はぼそぼそと話し始めた。
逃げ出そうとした者、反抗的な者、衰弱した者は「加工」した、と。
どうせ吐き気しかしない話が出ることはわかっていた。
〈ミカを上に行かせて良かった〉
俺はえずきながら考える。
質問されたことすべてに素直に答えた老人だったが、主犯格についてだけは知らないと言い続けた。
「あなたの言葉を信じましょう。知らないことは話せませんものね。神にして神々に代わって許しと救済を与えましょう」
カルミさんが祈りの言葉を捧げる。
「流転する我らの神にして神々の慈悲と救いがあらんことを」
老人は絶望した表情でこちらを見る。
どんよりとした眼が俺の眼をとらえる。
俺は耐えきれずに眼を背ける。
カルミさんの手斧が老人の頭を砕く鈍い音がした。
修道士は知らないとは言わなかった。
カルミさんにいくら殴られても答えようとしなかった。
手の指を落とされたときは泣きながら「死ね、亜人」と罵った。
カルミさんは修道士の傷をわざわざ癒してから、右足の指に手斧を落とした。
修道士はすすり泣いたが答えなかった。
カルミさんが肩をすくめる。
「逆さ吊りにしてねー、釘を足の甲に打ってねー、上にロウソクをたてるんだよ。火つけたら、どんな子もイチコロだよっ」
元手枷足枷の男がやばい助言をする。
「新選組かよ……」
ぼそっとつぶやく俺を見て、彼はにっこり笑う。
「詳しいねー。あとで推しについて話そうよ」
カルミさんは土方歳三式拷問の提案におおいに喜んだ。
「逆さに吊るす体力のない……まぁ、体力があっても片手じゃ無理ですけどね……」
カルミさんは笑いながら続ける。
「それ以外は採用です! あなたは、互助組合に一時滞在されていた魔法使いでしたね。再会できたのも神にして神々のおぼしめしなのでしょう。信仰をもったときはぜひとも教えてください。審問官に推薦しますよ」
教義の理解を確かめる前に拷問知識で推薦かよ……。
カルミさんは修道士の足を丁寧に洗うと、愛おしそうにそれを撫でまわし……大きな釘を打ち込んだ。
悲鳴が地下室に響き渡る。
満面の笑みを浮かべたカルミさんはロウソクを釘の上に立てると、火をつける。
「綺麗な炎ですね……」
修道士はすぐに許しを請いながらすべてを吐いた。
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