道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

072 ディール? めぐりあい、殴り合い、折り合い

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 カルミさんの狂った宣言は下で戦う者たちを平等に地獄へいざなった。

 「くそっ! 狂信者どもがっ! 俺たちが何をしたっていうんだっ?」
 ロングソードと円盾をもった男が叫ぶ。

 「野盗」から「狂信者」へと自らの意にそわぬクラスチェンジをした俺は叫び返す。

 「うるせぇ! てめぇの雇い主のせいで俺はこの世で地獄巡りさせられてるんだよっ!」

 俺は戦斧を振り下ろす。
 男は飛び退いて戦斧の一撃を避けると、右手のロングソードを突き出す。
 鎖かたびらの脇をかすめていくロングソードに構わず、さらに戦斧をふりまわす。
 
 「俺は旅の商人の護衛だっ!」
 
 「てめぇの雇い主は人をばらして売り出す変態だよっ!」
 
 円盾で殴りつけようとしてくる相手にそのまま体当りする。
 相手をつかんで腰で投げる。
 転がった相手に馬乗りになると、鎖と小手で重みがついた拳で相手を殴る。
 一発。鼻が折れる感触。
 二発。相手が血まみれのツバを吐く。
 三発……もう一度、鼻。鼻血で相手の呼吸が荒くなる。
 殴る。殴る。拳を落とす。
 相手の抵抗が鈍くなったところで片刃の短剣を抜くと、そのまま全体重を乗せるように男の喉に刃を押しこんでいく。
 返り血が口に入る。
 鉄の味がする。

 敵が動かなくなったところで立ち上がる。

 ミカが悲鳴をあげた。
 俺はばっとそちらを見る。
 彼女は無事だ。

 無事でないのは馬車の後方で戦う味方だった。
 後方では鎖かたびらで武装した手練の4人組がタケイ隊と戦っていたはずだ。
 4対4、数では互角、防具こそ革製で向こうより柔らかいとはいえ、彼らがそう簡単にやられはしない。
 ……はずだった。

 後方組では2人が倒れていくところだった。
 スギタさんの槍の柄を叩き切った両手剣が彼の顔面から胸元まで食い込んでいく。
 タケイさんのたくましい前腕がメイスの一撃であらぬ方向に曲がる。
 メイスと小盾バックラーで武装した敵はタケイさんの顔をバックラーで殴り、すかさず膝をメイスで打つ。
 ギリシア彫刻のような巨漢が倒れる。
 さらに胸に一撃。

 「クソがっ!」
 ジロさんが叫ぶと後方へ突進しながら、対峙する敵の1人を戦鎚で殴り倒す。
 俺はジロさんに殴り倒された敵にトドメをさす。
 馬車の前方を守る敵はすでに2人まで減った。

 しかし、後方の手練4人組のせいでタケイ隊は壊滅の危機にひんしている。
 彼らだけがこの中で段違いに強い。

 「2人倒れたっ! 手が足りないっ! 下に降りてきてくれ」
 俺は戦斧を振り回しながら叫ぶ。
 倒れた2人をはやく教会まで後退させないといけない。
 しかし、この状態では味方を後退させるどころか俺たちのほうが壊滅する危険性がある。

 甲高い叫び声とともに俺の目の前の2人が赤いモヤにつつまれる。
 彼らは目鼻口から血を流しながら倒れる。

 「キャー、ボク最高っ! まじかっこよすぎっ! 」
 2階から歓喜の叫びが聞こえてくる。
 確かに今のブレイズさんは最高だわ。

 俺たち前方組は劣勢のタケイ隊の援護に向かう。
 後ろからは教会から飛び出してきたチュウジとサゴさんが追ってくる。

 「ミカさん、ジロさんと一緒に倒れた2人を教会まで運んで!」
 あの2人は放っておくとまずい。というか、手遅れかもしれない。
 嫌な予想を振り払うように頭をぶんぶんふる。

 タケイさんを打ち倒したバックラーとメイスの男の背後から戦斧を叩きつける。
 男は後ろに目でもついているかのような動きで俺の一撃をかわす。
 男はこちらを視認すると叫ぶ。

 「お前かっ?」
 その声はここでは聞きたくなかったトマさんの声だ。
 眼鏡のようなアイガードつきの兜、そこからのぞく赤い癖っ毛。
 ああ……こんなとこで会いたくなかった。

 「なんで?」
 戦斧を振り下ろそうとして躊躇ちゅうちょしてしまう。
 トマさんのバックラーが俺の戦斧に向かってくる。
 迷いで遅くなった斬撃の速度は小盾で弾かれ、さらに殺される。
 俺は攻撃の失敗を悟って、すぐ飛び退くも相手は一気に踏み込んでくる。
 強烈なメイスの一撃。

 〈くそっ!〉
 
 うかつにもその一撃を柄で受けてしまう。
 嫌な感触がして、戦斧の柄にヒビがはいる。
 振るには心もとないものとなってしまった戦斧を相手に放り投げ、距離を取る。

 鎖分銅がトマさんのメイスに向かって飛んでいく。
 2階から駆け付けたチュウジが放った一撃がメイスを絡め取る。
 ナイス!
 トマさんはメイスに固執せず、すぐに腰から幅広の小剣を抜く。

 追い打ちをかけるサゴさんの槍を彼はなんなくかわすと、伸び切った槍の柄を叩き斬る。
 武器を叩き折られたサゴさんが飛び退くのと入れ替わりに俺はトマさんに突進する。
 長剣を抜きざま斬りつけた俺の一撃にバックラーを打ちあて難なく弾くと、トマさんはすかさず突いてくる。
 俺は飛び退いて間一髪でこれを避ける。

 視界の向こうではジロさんとミカが後方の3人と交戦状態に入ったようだ。
 後方待ち伏せ組の2人とあわせて4人。
 人数で勝っているが余裕はなさそうだ。
 負傷者を後退させるなんてことはできない。

 こちら側も3対1、どちら側の戦いでも俺たちが数で勝っているのに戦線維持で精一杯だ。
 トマ隊の先輩たちはこんなに強かったんだ。
 彼らが自分たちより強いというのは、一緒に過ごしていたらわかることだった。
 でも、ここまで強いとは……。
 特に目の前にいるトマさんの強さは何なんだ。
 こちらは3人がかりだぞ。

 「囲むぞ!」
 俺が指示を出したとたんに、それを実行させないかのようにトマさんが突進してくる。
 足がすくんで居着いてしまう。
 打ち込まれた小剣を長剣で受け止めるだけで精一杯だ。

 つばり合いになる。
 すかさず俺が放った足払いをかわすとトマさんはこちらに話しかけてくる。

 「俺たちを逃がせ!」
 「!?」
 「護衛対象は置いていく!」

 一瞬動きがとまる俺。
 そこを狙えばいくらでも片付けられたであろうが、彼はそうしなかった。

 「俺たちはただの護衛だ。雇い主が何をしているのかは知らん。他の護衛チームのやつも良い奴らだったが、そいつらのことは水に流そう。お前らのところの負傷者もはやく治療すれば間に合うかもしれないだろう?」
 「……わかりました」
 俺たちは鍔迫り合いながら話を続ける。

 俺たちの会話を察したサゴさんとチュウジはトマさんを囲むポジションをとりながらも、戦闘には加わらない。

 「お互い、おかしな雇い主に雇われちまったな」
 トマさんの無精髭に包まれた口元に笑みが浮かぶ。
 「ははは……」
 俺は顔をひきつらせながら、同意をあらわす。
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