道化の世界探索記

黒石廉

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第2部1章 指と異端と癒し手と

073 エクスターミネーション 返り血にこの手を染めて

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 トマ隊に後方を「突破」されるも、黒幕は捕縛。
 カルミさんは不機嫌になるだろうが、不可抗力だし、首謀者はつかまえたのだから、組合は納得するだろう。
 トマさんたちがこのあとどうするのかはわからないが、少なくともこの場はそれで収まる。
 俺たちは負傷者をサチさんのところに移送することができる。

 その案にヒビを入れたのは体に似合わぬ軽快なステップを踏みながら近づいてきたブレイズさんだ。
 いつの間にか、彼は教会の2階から降りてきていた。

 彼の甲高い声には苛立ちが混じっているようだ。
 この声が俺たちを追い詰める。

 「なーに、敵と話してんだよぉ? 敵は皆殺しだよっ! グズどいて! そいつら殺せない! 爆ぜろぉぉォォォ!」
 ブレイズさんが地面を踏みしめる。

 トマさんと後ろの3人を赤いモヤがつつむ。
 悲鳴とともにトマ隊の一人が倒れるのが見えた。
 トマさんの兜の奥の目が一瞬赤く光る。
 彼の目尻と目頭、鼻から血がたれる。
 目から血を流しながらも、彼はかっと目を開く。
 トマさんの眼が光を取り戻す。

 「さぁ、残りはわずかです。何を手間取っているのですか? 異端の狂信者どもに神にして神々の救いを与える時です。捕縛対象以外は皆殺しにするのです!」
 カルミさんの大音声が2階から降ってくる。

 「狂信者がっ!」
 トマさんは、俺に膝蹴りを入れる。
 まともに食らった俺はうめきながらも静電気《スタティック・エレクトリシティ》を発動させる。
 俺の小手から青い火花が飛び散り、トマさんの手にまとわりつく。
 彼の動きがとまった一瞬を狙って、俺は後ろに逃げようとする。
 でも、うまくいかない。
 彼は前蹴りを放つ。
 もろに食らった俺は後ろに吹っ飛ばされる。

 トマさんは小剣を下に落とすと、すかさずナイフを抜き、放つ。
 ナイフが地面に転がっている俺の頭上を飛んでいく。
 
 「いてぇっ。なんだよ、これ。畜生、いてぇ、あつい、ケツが割れるっ! 3つに割れるっ! 痔になったらどうすんだよっ! 畜生、クソムシがっ! ゴミがっ! 死ねよ、まじで! くそっ! おぼえてろよ! くそいてぇ」
 ナイフが尻に刺さったらしいブレイズさんの声が遠ざかっていく。教会の方に戻っていったらしい。

 「悪かったな、坊主。あいつらがいる限り逃してもらえなさそうだ」
 倒れた男が手にしていた長剣を拾うとトマさんが寂しそうな目でこちらを見る。

 「……お前ら皆殺しにして俺たち、生きて帰るわ」
 
 地獄だ。地獄の恐怖だ。

 斬れる。
 そう視えたところは一瞬で消える。
 
 俺の一撃を長剣で受け流したトマさんは、反対の手に構えたバックラーでチュウジの小剣を叩き落とす。
 そのまま俺の懐に入ると、俺を腰に乗せて投げ飛ばす。
 放り捨てられた俺はサゴさんを巻き込んで、無様に転がる。
 慌てて長剣を拾う。

 ゲームだったら、確実に負けるイベント戦闘を疑う強さだよな。
 抵抗するだけ時間の無駄。さっさと負けたほうがはやいみたいなやつ。
 
 立ち上がった俺は長剣の剣先を相手の左眼につけて、突っ込んでいく。
 別方向からはサゴさんが手斧をふりかざしながら、突進している。
 
 サゴさんは手斧を振り下ろす前に蹴り飛ばされて、派手に転ぶ。
 俺の突きはバックラーに弾かれてトマさんの鎖かたびらの脇をかすめる。
 
 俺は長剣を捨てて、そのままタックルする。
 トマさんは踏ん張って、タックルを切ろうとする。
 目の前が揺れる。
 トマさんが長剣の柄を俺の後頭部に落としたようだ。
 くらくらする視界の中、誰かがトマさんの背中に飛びつこうとする。
 トマさんは器用に腰をひねるとバックラーを振り回したようだ。
 それでも彼の腰は落ちず、俺のタックルはつぶされる寸前だ。
 小剣が地面に落ちるのが見える。
 ああ、あれはチュウジ愛用の「魔剣」奴隷彼氏ダーリンスレイブだっけ。
 剣を落としたチュウジはそれでもトマさんにしがみついたようだ。
 トマさんの体が激しく揺れる。
 にもかかわらず、びくともしないし、俺の頭をがしがしと剣の柄で殴ってくる。
 くそ、体幹強すぎだろ。

 あきらめかけたときにチュウジが叫ぶ。

 「闇の女神に抱かれて眠れっ! 漆黒の左ジェットブラックレフト!」

 タックルの状態でしがみつく俺の後頭部への殴打が力ないものに変わる。
 踏ん張った足を取ると、一気に押し込む。
 トマさんは後ろにしがみつくチュウジごと倒れる。

 トマさんと目が合う。

 だるそうに閉じかかった目をかっと開くと彼は大きな口を開けて首をはげしく動かす。
 トマさんの顔に爪を立てて背中にしがみつくチュウジの手がトマさんの口の中におさまる。
 トマさんが口を閉じる。
 チュウジの防具は手の甲側は鎖で覆われているが、手のひら側が露出するようになっている。そこを狙って噛みついている。

 「ぁぁぁあ”あ”あ”」
 チュウジが悲鳴を上げる。
 それでもトマさんは食いしばる。
 鎖で覆われた部分など気にせずに食いちぎろうとしている。

 トマさんがぺっとこちらに何かを吐き出す。
 チュウジの指とトマさんの歯が俺の顔に飛んでくる。

 怖い。はやく静かになってくれ。

 俺は両拳でトマさんの顔を殴る。
 片刃の短剣を抜く。
 防具の隙間めがけて短剣を落とそうとする俺にトマさんは口に溜まった血を吹きかける。
 血で俺の視界が奪われた一瞬にトマさんはチュウジを振り払い、俺をひっくり返す。
 気がついたら、俺の上にトマさんが馬乗りになっている。
 彼は自分の短剣を引き抜く。
 歯の折れた真っ赤な口が何かを叫ぶ。
 
 世界がスローモーションになる。
 脳裏にこの世界に来る前のことがつぎつぎと浮かんで消える。
 走馬灯かよ? ゲームオーバー?

 走馬灯が続く。

 やがてスリにあって泣きべそをかいている女の子の姿が脳裏に浮かぶ。
 
 ああ、そろそろ終幕が近い。

 そこで、現実に引き戻される。
 スローモーションで動くトマさんの短剣が力なく落ちていく。
 見上げる俺の視界にはメイスをふりかざすサゴさんがいた。
 サゴさんはトマさんが動かなくなるまでメイスで彼を殴打しつづける。
 兜が脱げ、赤毛の癖っ毛が溢れ出す。
 自分自身の得物で殴られ続けた彼の頭はぐしゃぐしゃになった。
 
 俺の涙に鼻水混ぜて、彼の涙と血に脳漿、仕上げをするのは俺のゲロ。
 「戦化粧」を終えた俺はのろのろと立ち上がる。

 一番の手練であろうリーダーが倒れたあとは一方的な展開だった。
 3倍の数の敵に囲まれたトマ隊の生き残り2人は、それでも何も言わずに動かなくなるまで戦い続けた。
 1人は俺が後ろから組み付いて短剣で首を切った。
 もう1人はミカにメイスで殴られ、尻もちをついたところにジロさんの戦鎚で胸を叩き潰された。胸郭を潰されてヒューヒューとおかしな息をする彼の喉をサゴさんがかき切る。

 俺たちは勝った。
 犠牲をはらって。

 タケイさんは助かったが、スギタさんは亡くなった。
 俺たちが泣く中、カルミさんとブレイズさんは上機嫌に左手を取り合って喜び合っていた。

 敵も味方も戦いで亡くなった人たちは村の郊外に丁寧に埋めた。
 カルミさんは敵については、体の一部を切り取って口に詰めた上で木に吊るすことを主張したが、皆無視した。
 武器や防具、とりわけ鎖かたびらは高値で売れるはずだが、誰もそれを持っていこうとは言わなかった。

 俺たちは村に3日ほど滞在し、癒し手の互助組合から派遣されたという修道騎士にその場を引き継ぎ、帰路についた。
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