道化の世界探索記

黒石廉

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第3部1章 探索稼業

104 人食いブタ騒動

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 儲けにならないなどと言いながらも、俺たちはその後も3度くず拾い山に行った。
 シシザルとは遭遇することはあったものの、向こうが襲ってくることはなかった。
 気性が荒いといえども、よほど向こうの腹が減っているか、待ち伏せしている木の下をこちらが不用意に通りかかったりしない限り、めったなことでは襲ってこないようだった。
 最初に遭遇したあいつは腹が減って死にそうだったのだろう。
 食い意地がはっている俺としては妙に親しみを感じてしまう。
 あいつの毛皮は結局売れなかったので、俺がもらうことになった。
 頭付きのまま外套がいとうに仕立ててもらって探索のときにつけている。
 信心深い訳では無いが、強い獣の毛皮を身につける戦士というのは元の世界でもあったし、それにあやかるのも良いかなと思ったからだ。

 「君は格好いいと思っているかもしれませんが、黄色と黒の派手なしま柄が大阪のおばちゃんを彷彿ほうふつとさせますよ」
 サゴさんにからかわれたが気にしない。
 ちょっと傷ついたけど気にしない。

 遺物は1本だけ傷薬が手に入った。
 金属の筒で横のボタンを押すと中から軟膏のようなものが出てくる。
 筒の一部が透明なプラスチック状で残量がわかるようになっている。

 「これは見るからに未来の傷薬っぽいですよね。百歩譲って金属の筒が作れるとしても、プラスチックみたいなものとかここで作れる人いないですしね」
 サチさんが言う。
 
 持ち出し料を検問所で支払い、自分たちの所有物としたあと、試しに一度使ってみた。
 料理の最中に包丁で指を切ってしまったミカの傷に軟膏をすりこむと、あっという間に傷口がなくなっていく。
 癒し手の力と同じようなものらしい。
 ためしに俺の右腕の先にも塗ってみたが手は生えてこなかった。

 「しかし、こんなものあたしたちの世界というか時代でもなかったし、もっと強力な遺物も期待できるね」
 ミカがニコニコしながら俺の腕を撫でる。
 幻肢痛というものがあるならば、幻肢で何かを触ることもできるんじゃないかしら。
 俺は必死に幻の右手でミカの胸をももうと試みる。
 「シカタくん、難しい顔してどうしたの?」
 正直に答えた俺のほっぺたをミカは真っ赤になるまで引っ張った。
 傷薬は当然使わせてもらえなかった。

 ◆◆◆

 ある日のことだった。
 明日は潜ると言って、朝早くに宿を出ていったタダミのパーティーがすぐに戻ってきた。
 
 「どうした? 忘れ物か? それとも急にうんこでもしたくなったか?」
 宿の朝食で客に出した皿を洗いながら、中庭に現れた騒音の主に問いかける。

 「うんこじゃねぇってば。今朝も芸術的な一本糞決めてきた俺に死角はない。相変わらずお前は汚いことばかり言うな」
 タダミが大声で返事をする。
 まだ朝食中の客がいるのに大声でうんことか言うなよ。
 文句を言う俺をミカが「君のせいだよ」と叱る。
 
 「大ブタだよ。大ブタ。それも人食いブタ。嘆きの坂と恵みの平野で何人かやられたらしい。大穴はしばらく封鎖だとよ」
 タダミの大声を聞いて、客たちが一斉に話し始める。
 ここにいる客の中には大穴探索に携わる者もそこそこいる。
 それは気になるだろう。

 最初に潜るときに俺をからかったばあさんは大丈夫かな。
 たまに検問所で出会って挨拶をする程度だが、それでも気になる。

 それに人食いブタ騒動で宿屋の客に影響があるのも困る。
 こちらも顔なじみが増えてきたところなのに。
 大穴探索ができないなら、別の街で別の仕事探すわというのなら、まだ良い。宿の経営的には良くないけれど。
 顔なじみの客が襲われでもしたら……この仕事に危険はつきものだとわかっていても嫌なものは嫌だ。

 とはいえ、封鎖されてしまっているのではどうしようもない。
 その日は結局何もないまま、日が暮れた。

 ◆◆◆

 翌日、広場に討伐依頼の掲示と触れが出たらしいという話をきいた。
 俺は少し暇をもらって、同じく暇そうにしていたタダミを(うるさいから外に連れ出してという店から、そして彼のパーティーメンバーからの依頼を受けて)誘って広場に行くことにした。
 広場では木組みの台の上で声を張り上げて、上からの触れを叫んでいる男がいた。
 識字率が高くないこの世界では、掲示として出した文字情報だけでは速やかな情報伝達ができないため、こういう場面に出くわすことがある。

 「おまえさ、これで雇ってもらえるんじゃないの? あの触れ役、俺たち風にいえば公務員だろ。安定安心の暮らしじゃないか」
 タダミは真剣に考え込み始める。
 冗談で言ったつもりだったのにまじかよ。

 「安定した暮らし……いや、俺は自由に言葉をつむぎたい。仲間を鼓舞するために歌い、愛を伝えるために歌う。それが俺だ!」
 お触れをかき消すような大声に周りがふりむく。
 ちょっと、いやかなり恥ずかしいかもしれない。

 「冗談は顔だけにしろって言ったら怒るか?」

 「怒ったりしない。けどな、おまえ、自分の顔見たことあるか? 俺の顔が冗談ならシカタ、おまえは漫才みたいな顔、相棒はホラーコメディみたいな顔だろ」
 チュウジに関してはまったく同意するが、漫才みたいな顔って何だよ。
 問いただそうと思ったが、その前にツボに入って受けてしまう。
 まぁ、たしかにたいした顔ではない。

 「お互い、顔が悪いと苦労するよな」
 と言うと、やつはにやっと笑って、お前ほどの苦労ではないけどなと返す。

 お触れと掲示の内容は次のようなものだった。

 「街の治安維持のためにも衛兵隊をすぐに動かすことはできない。
  しかし、この街には多くの猛者がいる。
  人食いブタを退治し、その証を持ち帰ったものには金貨50枚を与えよう。
  来たれ、勇者よ、英雄よ!」

 金貨50枚は人を動かすには十分な額だし、衛兵隊を出して死傷者を出すよりも安く上がる可能性が高い。
 成功報酬だから、便利屋の探索家に犠牲が出ようと街は痛くも痒くもない。

 なかなかどうしてイヤラシイ案である。 

 ◆◆◆

 宿に戻ったタダミと俺はそれぞれのパーティーを集めて話をすることにした。
 俺がまず概要について話をしてから、チャレンジしてみないかと提案する。

 「危険なのは重々承知だ。ただ、より奥底を目指すというのが俺たちの目標だし、そのためにはここで立ち止まるのも変な話だ。宿の経営的にも長期の封鎖は困るし、常連のお客さんで中層以降に入っているのもいるだろう。嘆きの坂の地面が涙で濡れるのも良くないことだけど、血でどろどろになるのはさらに悪い。街で準備と対策を練ることができる俺たちでブタ狩りやってみないか?」

 タダミが大声でまくし立てる。
 「大ブタは1、2パーティーじゃ仕留められないぞ。相手を退けるのならばともかく、仕留めるのが目的だからな。少ない人数で挑んで手負いの猛獣と死体がいくつかができあがりじゃ、だめだろ? お前たちが弱いとか言うつもりはないが、最低でももう1パーティーはいないとダメだろう。ここで人を募るか、それとも公証人役場に行って手練のパーティーを募集をかけないとな」

 心配してくれるのはわかる。お前が良いやつなのもわかる。
 わかる、わかったから、蚊のなくような声でしゃべれってば。
 お客さんに迷惑かかるだろう。

 注意しようと思った時に酒場の扉が開く。

 「よし、その話、俺たちものった!」
 酒場の入り口から懐かしい声が聞こえる。
 悪気が無くとも入り口を塞いでしまう筋肉ダルマの集団がそこにいた。

 「うるさいよ、タダミ。曲がり角のところからお前の声は聞こえるぞ」
 「久しぶり。出世したな、君らも。それにタダミくんは相変わらず元気がいい」
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