道化の世界探索記

黒石廉

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第3部1章 探索稼業

103 半矢

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 手負いのシシザルを血の跡を頼りに追う。
 逃げるときの素早さをみるかぎり、向こうは手負いとなってなお俺たちよりもスピードがある。しかし、出血や酸で焼かれた傷があるから、少しずつスピードは落ちていくだろう。
 とはいえ、このまま放置しておくと凶暴化して他の者を襲いかねない。
 狩人の水場くらいならまだしも恵みの平野まで手負いの猛獣がやってくるというのは悪夢でしかない。

 血の跡は木の根元で消えているようだ。
 注意しながら見上げる。

 木の枝葉の中にハチのような黄色と黒の縞模様がのぞいているのがみえる。
 
 手で合図をして、木を四方から囲む。

 「俺の合図で射って、あとは落ちてくるまで射ち続けて」

 スリングでは届かなさそうなので、俺は撃ち落とす役を他の4人にまかせて片刃の剣を抜いて待つ。

 「3、2、1、射て!」

 三方から放たれた矢が木の枝の上に隠れるシシザルを襲う。
 シシザルは上の方に逃げていったが、誰かの2の矢か3の矢が当たったのか、俺の目の前に半ば落ちてくるように降りてくる。

 荒い息をしながらもこちらを威嚇するシシザルに突進する。
 左手の剣を振り下ろす。
 シシザルの前足の一撃をかまわず鎧で受け止める。
 右腕に義手のようにつけている短剣つきガントレットで硬い毛に覆われていない腹側を何度も刺す。
 大きく口を開けて噛みつこうとするシシザルにバシネットをかぶった頭で頭突きをかます。
 そのまま右腕で刺し続ける。
 相手は後ろ足で立ち上がってのしかかってくる。
 後ろにころがりながらも左手でシシザルの前足をつかみ、右腕で刺し続ける。
 到着した仲間の武器がシシザルを傷つけていく。
 俺の上にのしかかっているシシザルが急に重みを増す。
 俺は濁った目でこちらを見つめる猛獣だったものを抱きしめる。
 
 「重い。潰れる。助けて」

 シシザルを抱擁していた俺は周囲に助けを求める。
 引っ張り出してもらってから、俺はシシザルの死骸を見下ろす。
 逆だっていた毛はところどころ血で固められたところ以外はもはやべたっと寝ている。
 見開いた目は濁って、何も見つめることができなくなっている。

 「なんか猟師の人が獲物をしとめたあとに唱える言葉ってなかったっけ?」
 俺は振り向きながらたずねる。

 「これより後の世に生まれて良い音聞け」
 サチさんが教えてくれる。

 「コレヨリノチノヨニウマレテヨイオトキケ」
 皆で唱和する。

 「頭良さそうな顔してるから、良い音選んで聞けるさ」

 「確かにな。貴様より思慮深そうな顔をしている」
 いつものように煽られるが、まぁ、煽られてもしょうがないかもしれない。
 倫理の教科書に顔の部分だけ残しておいたら、気がつかない奴も多いかもしれない。
 そんな顔だ。
 俺はシシザルの見開いた目を閉じてやる。

 シシザルはそのままでは運べる重さではなかったので、この場で解体することにした。
 血抜きをし、仰向けにして、腹に浅めに切り込みを入れていく。
 内蔵は抜きさり、地面に埋める。
 足首に切り込みをいれ、ナイフと手を使って毛皮を脱がしていく。

 「一応頭は残したが毛皮としては高く売れないだろうな」
 傷だらけの毛皮を丸めながら、チュウジがいう。
 
 「せめて俺たちで有効利用しようぜ」

 肉は分割したあとに布にくるんで背中にくくりつける。
 顔こそ人や猿に近いが、野生の生物だ。
 しっかりと消費しないと申し訳ない。
 
 「帰りに狩人の水場で肉を洗っていきましょう」

 今日の探索はここでおしまいだ。
 俺たちは帰路につく。

 ◆◆◆

 「でかいの仕留めたな。無事だったか?」
 検問所の衛兵が俺の背負い袋にくくりつけられたシシザルの頭部を見つけて言う。

 「なんとか無事でした。こいつは怖いですね」
 そう返事をする俺に衛兵は首をふる。

 「こいつは序の口だよ。気が立った大ブタはもっと恐ろしいぞ」
 並のパーティーでは歯が立たないんだそうだ。
 ブタ恐るべし。
 簡単にチャーシューの材料ができるようなものではないらしい。

 それでも性格は基本的に臆病だからなんとかなっているらしい。
 刺激しない限り、向こうから襲ってくる可能性はかなり低い。
 だからこそ、探索家たちは中層に進めるのだそうだ。
 
 「性格がそいつ、シシザルみたいに凶暴だったら、まぁ、大穴は封鎖しないといけなくなるくらいさ」
 衛兵が笑う。

 「そういえば、これ見つけた遺物です」
 サゴさんが3枚のペットボトルキャップのようなものを衛兵に見せる。
 衛兵はちらっと見ると、そいつは売り物にもならない代物だから、自由にして良いと言う。
 手のひらの上に乗せているであろうペットボトルキャップを見つめるサゴさんの背中に哀愁が漂う。

 大穴上層では狩猟採集の代物ぐらいしか値がつかないようだ。
 シシザルの毛皮もこれだけ損傷が激しいと二束三文だそうだし、苦労を考えると大ネズミ狩りと幼虫採集をしていたほうが儲かるようだ。
 大穴探索は一攫千金の宝くじ。宝くじ、これすなわち愚者の税金ってやつか。
 なかなかうまくいかないものだ。

 俺は首をぶんぶん振ってネガティヴな感情を振り払う。

 帰って肉を処理しよう。
 大ネズミはカレーの具でいいとして、シシザルはどうしよう。
 肉食動物の肉は臭みがあると嫌う人もいるから、シシザルの肉は自家消費用かな。
 まずは今日の夕飯にして、残りは塩漬けか燻製にして大穴探索のときの食料にしよう。キャベツの酢漬けあたりと一緒にパンに挟んだら美味いだろう。ツバが口の中にたまる。

 「帰ったら水浴びして、ご飯にしよう。お腹へったよ」
 ミカがいう。

 「ほら、この前作ってくれた洒落たトンカツあったろ。ええっと、カツレツ。そう、今日はこいつをカツレツにでもしようぜ。というわけで任せたチュウジ!」
 皆の良いねという声にチュウジはまんざらでもない様子だ。

 謎のペットボトルキャップは誰も希望者がいなかったので、サゴさんが自室に飾ることになった。
 そのうち、これが通貨の代わりになる時代がくるかもとか言っているが、さすがにそれはないだろう。

 俺はカツレツのことを考えるうちにまたわいてきたツバを飲み込むと、荷物を背負いなおす。
 
 「さぁ、帰ろう。賑やかな我が家へ」
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