伝説のレジェンドサーガ

フセ オオゾラ

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第1話

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「俺、約束するから! きっと、ダンジョンを攻略して伝説になる!」

 小さい自分が、同じくらいの幼馴染に向かってそう宣言している。
 これは昔の夢だ、と少し懐かしさを感じる。この時の自分は彼女に釣り合うような人間じゃないと、きっと一緒に居られないと思ったから。

「伝説って、レジェンド的な?」
「うん!」
「サーガ的な奴?」
「う…? うん!」

 よくわからなかったけど、たぶん合ってるだろうと適当な返事をしている自分が少しおかしい。

「そう…わかった。私がしてあげる」
「ほんと!? それなら、ずっと一緒にいられるね!」
「ずっと…うん。だから、約束」
「わかった。約束!」

 指切りをすると、彼女はすごく嬉しそうな顔をしていた。幼い自分は、それだけで報われるような気持ちだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 東京都・上野にある、冒険者育成を目的として設立された中学~大学までエレベーター形式の学園、「国立冒険者教育学園」の職員室で、少年──大上 ガイは思わず声をあげていた。

「なんで俺が3英傑の彼女たちのチームなんですか!? 無理ですよ!」

 ガイの言葉に、担任の本道もとみち先生が弱ったように答える。中年である先生のくたびれたスーツ姿がいつもよりわびしく感じられた。

「君の言いたいことはわかります。サトミさんはコミュニケーションが苦手ですし、アカリさんは男子の人気のせいで、クラスの女子に敬遠されていますし、リンさんは暴力事件があったと噂が絶えず人が寄り付きません。しかし皆、いい子ですよ」

 今話題にあがった女子は、過去の英雄になぞらえ、それぞれ「賢者」「剣聖」「拳王」の2つ名を持つ生徒たちで、2つ名に見合うだけの戦闘力を持ち、さらには実際に成し遂げた偉業なども含めて「3英傑」などともいわれる人物だ。
 「賢者」サトミは魔法の授業で教師を泣かせたことがあり、「剣聖」アカリはその容姿から男子から告白され、告白100人斬りを達成した。「拳王」リンは暴力事件の常習犯で半グレや裏社会と繋がりがあるなんて噂があることから、「傑出」していると畏怖を込めて「3英傑」らしい。クラスでは浮いている3人だ。 

「今のどこにいい子要素が!? いえ、付き合い浅い子もいるんで、悪く言いたくないですけど!」
「……彼女たちの要望もありまして」
「俺は、考慮してもらえないんですか?」

 担任がそっと目を逸らし、ガイは逸らすなと言わんばかりに、睨みつける。

「ちなみに彼女らがパーティを組みたい理由は?」
「サトミさんが『幼馴染だから』、アカリさんが『告白してこなかった人なので、虫除けに』、リンさんが『適度な距離感』だそうで」
「碌な理由がない! サトミは予想範囲内ですけど!」
「ほら、冒険者は野良パーティで活動することもあるから。学園もその辺りを考慮してだね……」
「先生は俺の進路知ってますよね!? この学園を卒業したら、いい会社に入って、穏やかな生活をするのが夢なんです!」
「冒険者になろうって人が、堅実ですね。個人的には応援してあげたいんですが……」

 先生はそう言った後、しまったとでも言うように顔をしかめた。
 個人的? たかだかチームを組みたくないです、という話が組織的に疎外されてる、なんてことあるのだろうか。そんな疑問がガイの頭をよぎる。
 ガイは預かり知らぬことだったが、これは正解だった。担任の上にいる人物たちの圧力と、ガイ以外のチームメイトの要望が叶えられた形である。

「それって……」
「いた。帰るよ、ガイ」

 そう言って勝手に職員室に入って来たのは幼馴染の『賢者』西園寺 サトミだ。
 アルビノ特有の白い髪に赤い瞳。気だるげで眠たげな表情をした、170㎝少々あるガイより、二回りは小さい少女だ。彼女はガイを見つけると素早く彼の左腕に自分の腕を絡めた。見かけからは分かりづらい柔らかさが、主張してくる。

「まって……! 今進路について大切な話を……!」
「大丈夫。私が知ってるし、しっかりプロデュースする」

 抵抗むなしく、先生から引き剥がされ、教師は話は終わりと、机に向かって事務作業を再開し始めた。ガイは仕方なく、自分を引くサトミの説得にかかった。

「いや……! 狼は一人でたくましく生きる生物……! だから自分も独り立ちもできないと……」
「? 狼は群れを成す社会性動物。犬畜生もできている。だからガイにもできる。むしろ頑張れ」
「え、そうなの……だとしてもそうじゃなくて!」

 あっという間に廊下に出される。

「まぁ……往生際が悪いですね」
「あ、アカリさん腕が…あが!?」

 サトミへの抵抗を試みようとするガイの右腕に、廊下で2人を待っていたらしい一人の少女が絡む。

「諦めが肝心ですよ、ガイさん」

 たおやかな笑顔でそう言ったのは、長い黒髪に黒瞳をした、大和撫子を体現したかのような少女──『剣聖』日野アカリだった。
 告白100人斬りを成し遂げた彼女はスタイル抜群でもあり、制服を窮屈に押し上げている双丘が、今絡まれた腕に、サトミと比べると申し訳なさを覚えるほどの至福の感触を伝えてくる……が、一見すると誰しもうらやむようなこの状態、ガイの右肘は彼が逃げ出せないようにしっかりと固められ、ぴくりとも動かせそうにない。ついでにすごく痛い。

「まだごねてんのか? 女々しい奴だ……」

 さらには、長いぼさぼさの髪を金に染めた、目つきのキツイ少女──『拳王』リンがそういった。スレンダーな彼女はスラリと伸びる、よく鍛えられた足を素早く動かすと、彼の逃走経路、背後を固める。
 この3人が、ガイの新しいチームメイトであった。ガイは3人にしっかりと周りを固められ、教室に連行されていく。
 ダンジョン攻略のため、彼女らと寝食を共にする学園生活が始まろうとしていた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 抵抗むなしく教室へと連行されたガイは、彼の席周辺を陣取って、彼を放って何やら打ち合わせを始めた3人の少女たち。ガイの周辺は、クラスメイトたちも近づかない空白地帯となっていた。

 ガイは自分を他所に話をする3人の少女を横目に、クラスメイトたちの会話を聞くともなしに聞いていた。

「ダンジョン実習、どうする?」
「俺たちのチームは、単位ギリ取れればいいかなって」
「だよなぁ、分かるわ。命あっての物種だしな……」
「それでも、ダンジョン経験のおかげで、企業から声がかかるって話だし……」

 教室のそこかしこから、クラスメイトたちのそんな会話が聞こえてくる。
 ダンジョン。数十年前、突如世界に現れた異世界の構造物だ。世界に魔力と言う存在をもたらし、それによって世界のエネルギー事情は大きな変化を起こした。
 ダンジョンから取れる素材には魔力が含まれているものが存在し、その新素材を利用することで、各分野で技術が発展。現在、日本の生活では無くてはならないものとなっている。
 それと同時に、近隣諸国よりも深刻な脅威となっており、ダンジョンから溢れた魔物が都市に甚大な被害を及ぼす。そんな事情もあり──
 日本はここ、国立冒険者教育学園を発足。危険なダンジョンに潜る資格者「冒険者」の育成に力を入れている。
 ゆえに冒険者とは、魔力を含んだ物質の自己生産技術が確立されていない現在、魔力関連の素材を集めて社会に卸す一次生産者であり、ダンジョンという未知を冒険する開拓者であり、対魔物戦において、自衛隊と共に有事の際に国防に従事することもある戦士でもあった。

「危険だからこそ、優遇されているってのは分かるけどな……」

 クラスメイトたちの会話を聞き流しながら、ガイはそう呟いた。

「おい、聞いてんのかよ?」

 ガイの机の上に、魅惑的な曲線を描く臀部と、スカートから伸びるむっちりした太ももが載せられる。視線がそちらに吸いつきそうになり、慌てて逸らした。その様子に、頭上から聞こえた声の主が、不満そうな声を漏らす。

「あたしらの将来に関わることだろうが。ちゃんと聞けよ」
「あんまり俺の意思が考慮されてない気がするけど……?」

 ガイが不満を口にすると、横からサトミが口を挟んだ。

「分かってる。ガイは私がしっかり伝説にする」

 サトミが息巻いているそのセリフにガイは苦笑する。サトミは昔の約束から、ずっとそう言い続けており、ことあるごとにガイの成績をあげるために苦心してくれている。自分がそういった現状に甘えていることもあって、あまり強く否定もできなかった。

「ふん、だとしたら、やるこたぁ分かってるよな?」
「……主席を目指す、とか?」
「そうですね……伝説とまではいかずとも、それくらいは実力を示していただく必要はありますね」

 少し考えて発言した彼の言葉を拾ったのはアカリだ。にっこりと穏やかな笑みを浮かべていたが、話す内容はそんな穏やかさからは遠い内容で、ガイは再び苦笑する。

「俺の成績、平均くらいなんですが……」

 それくらいってどれほど難しいんですか。という気持ちを込めてガイがそう答えると、

「どうとでもなる。どうとでもする」
「そうだな…てめぇの覚悟次第ってところか」
「問題ありません。例え凡人であれど、強者と戦えるようにするのが、武術ですから」

 と三者三様に答えられ、ガイは「ほどほどに頑張って、ほどほどの成績を維持し、卒業の単位を貰う」という無難な選択肢はないのだと痛感した。
 何を言ったら話の流れを変えられるのかと、口を開きかけたガイだったが、

「おはようございます、皆さん。では、出席を取ります」

 と、教室にやってきた本道先生の一声で3人の話は中断され、それぞれの席に戻った。

(学園を卒業して、会社に入って、そこそこの収入で安定した生活……それくらいでいいのに)

 ガイは新しいチームメイトたちの背をちらりと見ながら、これから始まろうとしている新しい生活に不安を覚えていた。
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