伝説のレジェンドサーガ

フセ オオゾラ

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第2話

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 どの高校でも習う基礎科目の授業を受けた後、ガイは次の実技のために訓練場へと向かう。学園が抱える訓練場は3つ。

 第一訓練場は鉄筋とコンクリートむき出しの無骨な雰囲気の運動場で、市街地戦を想定するような建物を模した障害物がある、都市防衛戦などを想定した場所だ。
 第二訓練場はダンジョン内で過去存在した罠、地形、環境効果(一帯の熱や沼地など)を再現し、それらの対応力向上を目的としたアトラクションじみた施設が存在する場所である。
 第三訓練場はだだっ広い空間に標的となる的が浮かんでおり、外壁等をそれに合わせて強化された場所だ。強力なスキルや魔法を練習するために使用される。

 今回ガイがサトミらと一緒に向かっているのは第一訓練場であった。「ダンジョン戦闘学Ⅰ」と呼ばれる科目だ。ダンジョン内で必要になる身体能力と、モンスター相手の戦闘能力育成を目的にされた科目である。授業の内容は、教師が監督しているだけで、生徒の自主性にまかされている。単位や成績は期末ごとにある体力測定の結果で決まるので。
 ちなみに「ダンジョン戦闘学Ⅱ」は座学が多めで、ダンジョン内での地形利用など「身体を直接的に動かす」以上の応用的な授業となっている。

 訓練場の適当な場所に散らばりながら、生徒たちはチーム毎に固まってウォームアップなどをしながら雑談に興じていた。大抵こういった、基礎科目とは別の授業科目、特に生徒らからは「ダンジョン科目」などと言われる科目ではチームで受けるのが普通であり、特にこの「ダンジョン戦闘学Ⅰ」ではチームでトレーニング内容を決め、身体を動かす。
 ガイ、サトミ、アカリ、リンの4人も例にもれずチームで固まって、それぞれストレッチなどをして身体を解している。

「それで、チームとしては初授業だし……次のダンジョン実習に向けて、連携を鍛えるとか?」

 ガイが3人にそう問いかける。

「まだ、その時じゃない」
「先に手を付けておく問題がありますね」

 サトミ、アカリが揃ってガイを見た。何をしたでも無いが、自分に関わる何かが悪いのだろうと察せられて、ガイは居心地の悪さを感じた。とはいえ、自分では分からないことは聞くしかない。

「問題って?」
「ま、模擬戦の一つもやればわかる」

 リンは訓練用の刃が潰された両手剣を差し出してきた。見れば、同じような訓練用の刀を左手に持つアカリが隙なく立っている。怪我防止のために刃は潰されているが、実戦で使われるものと差異はそれくらいしかない、立派な武器だ。
 適当な距離を取りつつ、ガイが剣を構える。サトミは既に離れて観戦モードで、リンも巻き込まれないように離れる。

『シールド・オン』

 ガイとアカリの声が重なる。身体の周辺に、半透明のハニカム構造が一瞬見え、2人の周囲をそれぞれ覆った後、見えなくなる。

 人類が対魔物戦で編み出した最重要とも言える魔法を使った防御機構、シールドだ。腰のベルトに下げられたデバイスから発生した透明の魔力障壁は、魔力が続く限り、シールド内の人間をあらゆる衝撃から保護する。堅さも弾力も備えたクッションのようなものを想像すると近いかもしれない。

 先ほどの言葉が開始の合図だったかのように、シールド展開が終わったと同時、ガイは走り出す。
 
「はっ!」

 気合と共に剣を振るが、アカリはこれに対して打ち合ったりせず、胸元に迫る刃をくぐるように躱して前に進む。

「ふっ……」
「はぁっ!?」
 
 短い呼気に乗って放たれるアカリからの反撃。驚くガイのシールドが、アカリの刀に触れ、腹部の辺りでぎゃりぎゃりと音を立てて削られる。
 シールド越しに感じる圧力に逆らわず、ガイは後退を試みる。しかし、アカリは下がった分前進し、返す刀でもう一撃。さらにシールドが削られる。
 既に大半のシールドを削られたガイは焦りを覚えた。大量の魔力が一気に消費されたことで、眩暈に似た感覚を覚える。

(くっ、ここは力押しで…!)

ガイがもっとも威力がある攻撃で対抗するため剣を振り上げると、

「仕舞ですね」

 アカリの終了宣言と共に、いとも簡単に懐に潜られ、腕を掴まれ背負い投げられてしまう。ガシャン! と大きな音を立ててガイのシールドは砕け散った。

「うあっ!?」

 アカリは掴んでいた手とは逆の手で、もう一撃加えられるように準備していたが、ガイの抵抗の意思なしを確認し、腕を離して、解放する。
 仰向けに倒れたガイに近づき、しゃがみ込んだサトミが声をかけてきた。

「怪我ない?」
「とくには。シールドが削られたんで、疲労感はあるけど…」

 ガイは倒れたまま、身体の調子を確かめてみるが、特に痛みはなかった。ガイの言った通り、彼の魔力がシールドとして消費されたため、精神的な疲労感と、眩暈にも似た眠気がある。
 が、その代わりに彼が負うはずだったダメージはシールドが全て肩代わりしたのだ。そうでなければ、刀で受けた箇所は骨折を免れないし、最後の背負い投げも、堅い地面に投げられているので大怪我していた。

「で、わかった?」
「わからない…強いなってことしか」

 リンも近づいてきて、ガイを覗き込んだ。

「当たり前だろ。相手は剣聖の再来って言われてるヤツだぞ」
「…これ、結局何をわからせたかったんだ?」
「基礎能力にそう差はないってことに気づけ」
「ええ?」

 果たしてそうだろうか。ほとんど一方的だったじゃないかとガイは思う。

「大上さん、最後に力押しで対抗しようとしましたね?」
「あ、うん。そうなる前に簡単に投げられちゃったけど」
「あれはそう誘導したからです。あなたが嫌がって力押しで来るのを待っていました」

 うわ、そんな誘導なんてできるのか、と思いながら、上体を起こす。身体を倒していた方が楽だが、そのまま居ると意識を手放しそうだった。

「最初から…あるいは一撃私から受けたタイミングで力押しにシフトされていたら、私には少し面倒な流れだった筈です」

 刀を鞘に仕舞いつつ、アカリは続けた。

「体格と筋力勝負では、分が悪いだろうと思っていました」
「全然気づかなかった…」 

 ガイは服についた土埃を払いつつ立ち上がり、3人に言い訳のように口にする。

「でも、賢者に、剣聖に、拳王と対等な基礎能力って無理じゃない?」
「体力的には可能。というか、体力は既に私以上」

 とサトミにばっさり否定された。

「運動能力だけをみれば、十分可能ですよ」

 それ以外は難しいかも、というような棘を、ガイはアカリの言葉に感じた気がした。

「つか、あたしやアカリも女だぞ。筋力体力はお前の方が伸びしろがある。それにお前、獣人だろ?」
「あ…うん。一応そうだけど…自分では変身できないよ?」

 リンに聞かれ、ガイはそう答えた。そう、ガイは日本では少し珍しい、獣人と呼ばれるタイプの能力者だ。両親は普通の人間だったので、隔世遺伝ではないかと言われている。
 自分でコントロールできるなら、さっきのアカリとの模擬戦でも変身して乗り切ろうとしただろう。

「ええ、その辺りは聞いております。しかし、獣人タイプの方は、変身以前でも身体能力が高い傾向にありますから」
「ああ……つまり、その素養を見込んで鍛えてみようと?」
「そうなります」

 期待に答えられるか…? さっきの一方的な試合を思い出すと、そうは思えない気がするガイ。しかし、3人の少女は違うらしい。

「ガイはすごい。だから平気」
「そうかぁ? ま、役に立つんならなんでもいい」
「大丈夫でしょう。基礎はありそうです」

 と、少女たちがそうまとめにかかった所で、新しい声が聞こえた。

「……まったく、理解に苦しむよ。見込みもなさそうな奴をわざわざ鍛えるなんて」
「……大和田」

 サトミが苦々しく声の聞こえた方に向くと、クラスメイトの一人、大和田タケルが近寄ってきていた。
 日本人にしては目鼻立ちがしっかりとした男で、髪を金に染めている。クラスの中には彼に黄色い声をあげる女性も多いが、ここにいる3人ははっきりと不快感を示した。

「こんなのとじゃなく、俺と組めばいい。そう言ってるだろ?」
「寝言は寝ていえ」

とアカリ。表情こそあまり変化していないが、かなりご立腹らしいとガイは思った。

「生理的に無理」

 リンは興味なさそうだったが、もっとマシな答えはなかったんだろうかという言葉を投げている。

「他チームでのご活躍を期待しております」

 散々な返答だった。最後のアカリに至ってはネットでもよく見る就活生お断り文言である。
 3者3様の言葉に一瞬顔を強張らせるタケル。しかし、その程度では諦めない面の皮があるらしい。

「君たちにもメリットがある話だぞ? 支援プログラムを受ければ、装備も施設に困ることはないし、成果に応じて、ゆくゆくは名声も得られるだろう」

 支援プログラム、というのはこの学校では一つしかない。「勇者支援プログラム」のことだろうとガイは思い至った。

「君たちの様な優れた人間は、勇者に選ばれた俺に相応しい」

 『勇者』それは現代日本では、特別な意味を持つ。
 昔、日本はダンジョンの管理に失敗した。失敗した、というよりもダンジョンに管理という概念がなく、ダンジョン内で増え続けた魔物が溢れ、富士ダンジョンから溢れたのだ。
 富士ダンジョンを中心とした100キロ圏内が魔物により起こった大災害だった。これを一人の冒険者が中心となって、4人のパーティで、ダンジョン内で氾濫の核となる魔物、通称ボスモンスターを討伐することで収束した。
 その結果、4人はそれぞれ「勇者」「剣聖」「賢者」「拳王」と呼ばれ、英雄として称えられた。
 勇者支援プログラムとは、それらの経験から、ダンジョン災害に備え、さらにはダンジョンそのものを攻略、除去を目指した人材を育成するプログラムで、時代の「勇者」「剣聖」「賢者」「拳王」を輩出するためのプログラムだ。
 出資者や学園が選んだ人材から選出され、候補者となった人材は本人の意思があれば、ダンジョン攻略に使用する装備や、学園内の教材を割引購入が可能であり、学園内の訓練施設の優先利用権など、他にも優遇措置が得られる。
 
 閑話休題。大和田タケルは、その中でも特に優秀とされる「勇者」候補者の一人である。将来を約束されたエリートとも言える人物なのだが、少女3人は辛辣だ。

「興味ない」
「勇者のお供とか恥ずかしいし無理」
「勇者を自称されるような方とのお付き合いは、遠慮したく」

 ガイは少女3人の言葉を聞きながら、タケルに少し同情したくなった。

「くっ……自称ではない!」
「ですが、候補者の一人ですよね?」
「今はな! しかし、俺は有象無象とは違う!」

 言葉を重ねれば重ねるほど、悲しく聞こえるのはなぜだろうか。

「結果が伴わなければ、同じ有象無象でしょう」
「ぐぐっ……」

 アカリが放つトドメの言葉に、ぐうの音も出ない様子のタケル。

「大上ガイ! ダンジョン実習の件で調子に乗っているようだが、すぐに化けの皮をはいでやるぞ、無能が!」

 そう見事な捨て台詞を吐き、離れていくタケル。最後までガイは口を挟む暇もなかった。去っていくタケルを見ていたリンは、ぼそりと呟いた。

「その無能ってヤツは、剣聖の手加減なしの攻撃を、魔力だけで2撃も耐えてたけどな…」
「? リンさん、何か言った?」
「……ちゃんと鍛えろよって言ったんだよ」

 リンはガイに向かってそういって、話に興味がなくなったとばかりに、自分のトレーニングを始めた。空手の形らしい。

「化けの皮、ですか……ありましたか?」
「ない」

 アカリの言葉に、何故かサトミが同意する。

「今がそうなのでは? 獣人への変身は、私も興味はあります」

 どうも、アカリは「化けの皮」を今のガイの姿のことだと言いたいらしい。ガイは勘弁してくれと思った。自分でもコントロールできないものが真の姿だと言うのは嫌だ。

「そんなに気にされたって、大した秘密が出てくる訳じゃないよ」
「ええ、実力を隠せるほど演技ができるとは思いません。ですが、ダンジョン実習の実績と、今見た実力の乖離が気にもなります」

 前回、問題のあったダンジョン実習。
 それは散々たる結果だったのだ。初のダンジョンに浮かれた生徒のチームが、監督者を振り切ってボスに手をだし、潰走。逃げる生徒を追いかけ、普段の縄張りを離れボスがダンジョンを徘徊。手を出したチーム以外の生徒も被害にあったところを、ガイとサトミの居たチームがボスに手傷を負わせ、撤退させたのだ。
 その際、ガイがボスに傷を負わせたことを、サトミと、元チームメイトが学園に報告している。
 結局その事件がきっかけで、ガイのクラスは怪我と心理的傷からの引退者などが出て、いくつかのチームが離散。ガイとサトミは、別チームだったアカリ、リンと合流する形になった。

(まぁ、俺は覚えてないんだけどね……)

 変身中の出来事は、いつも記憶にない。すごい実績だと語られても、実感がない。それに、学校に戻った時に見た、あの元チームメイトたちの引きつった、自分へ距離を置くような顔──実力があったとしても、素直に喜べはしなかった。

「ふふ、私も大上さんの「化けの皮」、期待しておくとしましょう」

 アカリはガイに向かってふわりと微笑んだあと、リンから離れて訓練刀で素振りを始めた。
 そんな未来、来て欲しくはないなぁ、とガイは思う。

(理性がないか、窮地なのか。どっちにしても歓迎できない事態そう……)
 
 変身したということは、自制心を失ったか、変身が必要なくらい追い詰められたということだ、どっちかだ。

「じゃ、私はガイの訓練監督をする」

 各々訓練を始めてしまったので、手持ち無沙汰になったサトミがそんなことを言い始めた。

「いや、そこはサトミも訓練しようよ。期末の体力測定、単位落とすよ?」
「むぅ……」

 ガイは渋るアカリを宥めすかしながら、一緒に筋力トレーニングや素振りをして、ダンジョン戦闘学Ⅰの授業を終えた。
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