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10.黒と空色の空龍
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しとしとと、久しぶりに降る雨をファリアは、じっと眺めていた。
ウェルド国をでて3日、まだ彼女を見つけられないのか追っ手は来ない。フレイユの提案もあって、二人はウェルド国と隣に位置する国、ザード国にいた。まさかこんなそばにいるとは思わないでしょう?と言うのがフレイユの提案だった。
近くの川にフレイユを残し、ファリアは川辺にあった洞窟の中で一人考えこんでいた。もちろん、彼女の考えることはひとつ、彼女を逃がしてくれた二人の龍のことだった。
やっぱり、わからない…どうして私を逃がしたのか…
幼い頃から、龍から、仲間から、逃げ続けていた彼女は、彼らの行動の意味がわからない。龍は、あなたを捕まえようとしている。捕まったら最後、おまえの自由はなくなるの。だから、絶対に見つかってはいけない。父と母に、ずっとそういわれ続けられていた。
…でもね、お父さん、お母さん、あの二人は私を捕らえようとしなかったの…いや…正確には、レウシスが…というべきなのだろうか。シェイズは、彼の顔を立てると言っていたのだから。
レウシス…彼を見ると、どうして懐かしい気がするのだろう。一度も会ったことなどないはずなのに。だけど…
「ああもうっ…!やめたやめた!」
考えても一向にわからないことに、いい加減腹が立ったファリアは、フレイユの所へ戻るべく立ち上がる。
「私らしくもないわね…とにかく、ラッキーだと思えばいいのよね!ラッキーだと!」
イライラをぶつける相手もいないので、とりあえず大声でぶつぶつ文句を言いながら、雨が降り続ける外へ向かう。
フオン…
「?」
洞窟から一歩出たとき、ファリアはなにかの魔力の波動を感じ取り、自分を濡らす雨の中、その気になる気配をきょろきょろと探し、ふと少し離れた所にある茂みをじっと見つめた。だが、それ以上は何も起こらず、何の気配もしなかったので気のせいだったかと再び歩き出そうとしたとき。
フオン…
やっぱり、誰かいる!
ファリアは、追手かもしれないと用心しながらも、一向に動きのない茂みを見つめ仕方がなくそちらへと足を運んだ。その茂みにおそるおそる近づく。
「誰なの…!」
だがそこにいたのは小さな人影。ロイズと同じぐらいの7、8歳の子供だった。弱々しく横たわりながらも、助けを求めるかのように小さな魔力を振り絞り続けている。あわててファリアが駆け寄ると、その気配に気づいたのか、子供はゆっくりと目を開ける。澄んだ水色の瞳に見つめられ、ファリアは思わずのばしていた手を止める。そしてぽろりと一粒の涙を流し一瞬だがファリアに向かって笑い手を伸ばす。
「母さん…?」
小さくつぶやくと、その手は地面におち、ぴくりとも動かなくなった。
「大丈夫!?返事をして!」
ファリアは、急いでその子供の体を抱きしめ、結界を張り体を温める。力を使えば、追手に見つかる可能性が高くなることがわかっていたが、今はそんなことを言っていられなかった。
お願い…!死なないで!!
いかに龍といえど、弱り切り黄泉の世界に近づき過ぎた者や、生きる望みを失った者は助けることなどできない。命への領域は、龍とはいえど不可思議の掟で縛られており自由にすることはできない。ファリアは、彼の体から水の冷たさをはじき飛ばし、彼の体に魔力を送り込む。
お願い生きて…小さな龍…
黒い髪と先ほど見せた空色の瞳。地龍と水龍の象徴とも言える2つの色は、彼が2種族の間で生まれた空龍の証であった。
空龍-異種族婚で生まれた龍をそう呼ぶ。親の力、すなわち2種の力を扱うことができるが、本来の龍より力は弱く、寿命も長くないといわれている。そして、彼らは龍の谷をでることを許されていない。彼らの体質のこともあったが、なによりの問題は空龍は普通の龍よりも人間に心を寄せやすいことにあった。
普通、龍は人間にどんなに心を惹かれても、その者の本質を見定める冷静さを失うことはない。いかに心を惹かれても、その人間が黒い心を強く持つならば、彼らは絶対に力を与えることはない。
だが、空龍は違う。
その者のためだけに、自分の持つ力を望むまま拒むことなく与え続ける…人で言えば一目惚れに近い状態になり、周りのことが正しく見えなくなってしまう。昔に一度、空龍が 人間に心をよせすぎてしまったことにより、世界の均衡を崩しかけたことがあった。それ以来、龍は二度と空龍を谷からださないようにと掟を強いている。それは、龍だけでなく世界のためであると言うのだが…
ファリアから言わせれば、それは自分と同じ状態に他ならない。谷から一生出ることを許されず、短いといっても500年は生きるであろうその年月を、谷という小さな世界だけで過ごしていかなくてはならない。彼らは、なんのために生まれて来たのか。どんなに渇望しても、外の世界に出ることを許されず、生きることはどんなに苦しいのだろう。そんな思いを考えもしない…
呼吸が安定したその子供の髪をやさしくなでながら、 いまさらながらに龍の考えに嫌悪感をもつ。世界のためだとか言いながら、結局は自分達の汚点を必死に隠そうとするそのことに。
どのぐらいの時間そういていただろうか、ついにぴくりと子供の手が動き、小さな手はファリアの手をつかんだ。
「起きた…?」
子供は、ぼうっとした顔で黙ったままファリアを見つめていた。 そして、一滴の涙を流す。
「父さん…母さん…死んじゃった…」
泣きじゃくる小さな龍の子供を、ファリアは抱きしめる。
「そう…」
ファリアは何も言わなかった。かつて、自分も同じ気持ちにあったとき、言葉よりぬくもりが欲しかったことを知っていたからだ。その子供は、その思いを理解してくれた彼女にしがみつくと、先ほどよりもいっそう大きな声で泣き続けた。その悲しい声は、雨の音とともにしばらくの間その場にこだましていた。
**************************************
「…見つけたぞ…」
火龍の長は、自分の部屋でそばに灯していた炎をみながら、薄く笑う。
「ウェルド国の水龍が、なかなか口を割らなくて参っていたが…」
これは手間がはぶけたと、喜んだ。長の会議の後、すぐにウェルド国の契約龍に問いただしたのだが、いくら言っても彼は知らないと言い張っていた。あきらかに彼女をかばっていることはわかっていたが、人間と契約をした龍に、いくら長といえど自分の力でねじ伏せてでも話させるわけにはいかなかった。
「ふん…だから水龍などあてにならん。」
彼はそうつぶやくと、炎に向かい呼びかける。
『ご用ですか?長。』
「うむ。」
火龍の長が、通信手段として使った炎から、若い龍の声が返ってきた。
「銀の花嫁の居場所がわかったぞ。」
『…!』
相手が息を飲むのがわかり、火龍の長は笑う。
『奴が…はいたのですか?』
「ばかを言え。奴は絶対にはかん。たとえ、水龍の長にでもな。奴の性格なら、おまえの方がわかっているだろう?」
『…そうですね。私としたことが…もしやとも思いましたので。』
どこかほっとしたように感じられて、火龍の長は 少し機嫌が悪くなる。彼とは違い、水龍を必ずしも嫌っていない者がいるのを知ってはいたが、この者もそうだとは思いたくなかった。何故なら、この者は自分に一番近い所にいる者なのだから。
『それで、長よ。わざわざ私を呼びだしたということは…』
「そうだ。あの娘つれてくるのだ。必ずだ。」
『…』
「本来なら、もっと前に銀の花嫁は火龍のものとなっているはずだったのだ!それを…それを…あの水龍が!!」
過去の怒りを思い出し、火龍の長の体からいくつもの火があがる。
「今度は絶対に譲らぬ。 私の考えは、必ず正しいからだ!わかるな!キルゼティス!あれは火龍の…おまえの花嫁なのだから!!」
返事がかえらないことに少しいらだった長は、もう一度彼の名を呼ぶ。
「キルゼティス!!」
『…わかりました長よ。』
「必ずだぞ!」
煮え切らないようすの彼に、叱咤するように叫び、長は通信に使っていた炎を乱暴に消す。
どいつも…こいつも!!
今の若い龍が、銀の夢に疑問をもちはじめていることは知っていたが、そのこととこのことは彼にとって別の問題だった。
くそ…!
風の長に言われたことを思いだし、彼の機嫌はさらに悪くなる。
なにが…間違っていただ!!私は間違ってなどいない!! 銀の花嫁は必要なのだ!我らの銀の夢…銀龍を生み出すためにも!!
彼の怒りは収まるようすもなく、体からは炎がふきだし続けている。
今度こそ…今度こそかなえるのだ!!我らの長年の夢を!
彼の思いは、まるで祖先の夢にとりつかれたようであり、そして彼の銀の夢を望む姿は、どこか悲しく哀れにも見えた。
ウェルド国をでて3日、まだ彼女を見つけられないのか追っ手は来ない。フレイユの提案もあって、二人はウェルド国と隣に位置する国、ザード国にいた。まさかこんなそばにいるとは思わないでしょう?と言うのがフレイユの提案だった。
近くの川にフレイユを残し、ファリアは川辺にあった洞窟の中で一人考えこんでいた。もちろん、彼女の考えることはひとつ、彼女を逃がしてくれた二人の龍のことだった。
やっぱり、わからない…どうして私を逃がしたのか…
幼い頃から、龍から、仲間から、逃げ続けていた彼女は、彼らの行動の意味がわからない。龍は、あなたを捕まえようとしている。捕まったら最後、おまえの自由はなくなるの。だから、絶対に見つかってはいけない。父と母に、ずっとそういわれ続けられていた。
…でもね、お父さん、お母さん、あの二人は私を捕らえようとしなかったの…いや…正確には、レウシスが…というべきなのだろうか。シェイズは、彼の顔を立てると言っていたのだから。
レウシス…彼を見ると、どうして懐かしい気がするのだろう。一度も会ったことなどないはずなのに。だけど…
「ああもうっ…!やめたやめた!」
考えても一向にわからないことに、いい加減腹が立ったファリアは、フレイユの所へ戻るべく立ち上がる。
「私らしくもないわね…とにかく、ラッキーだと思えばいいのよね!ラッキーだと!」
イライラをぶつける相手もいないので、とりあえず大声でぶつぶつ文句を言いながら、雨が降り続ける外へ向かう。
フオン…
「?」
洞窟から一歩出たとき、ファリアはなにかの魔力の波動を感じ取り、自分を濡らす雨の中、その気になる気配をきょろきょろと探し、ふと少し離れた所にある茂みをじっと見つめた。だが、それ以上は何も起こらず、何の気配もしなかったので気のせいだったかと再び歩き出そうとしたとき。
フオン…
やっぱり、誰かいる!
ファリアは、追手かもしれないと用心しながらも、一向に動きのない茂みを見つめ仕方がなくそちらへと足を運んだ。その茂みにおそるおそる近づく。
「誰なの…!」
だがそこにいたのは小さな人影。ロイズと同じぐらいの7、8歳の子供だった。弱々しく横たわりながらも、助けを求めるかのように小さな魔力を振り絞り続けている。あわててファリアが駆け寄ると、その気配に気づいたのか、子供はゆっくりと目を開ける。澄んだ水色の瞳に見つめられ、ファリアは思わずのばしていた手を止める。そしてぽろりと一粒の涙を流し一瞬だがファリアに向かって笑い手を伸ばす。
「母さん…?」
小さくつぶやくと、その手は地面におち、ぴくりとも動かなくなった。
「大丈夫!?返事をして!」
ファリアは、急いでその子供の体を抱きしめ、結界を張り体を温める。力を使えば、追手に見つかる可能性が高くなることがわかっていたが、今はそんなことを言っていられなかった。
お願い…!死なないで!!
いかに龍といえど、弱り切り黄泉の世界に近づき過ぎた者や、生きる望みを失った者は助けることなどできない。命への領域は、龍とはいえど不可思議の掟で縛られており自由にすることはできない。ファリアは、彼の体から水の冷たさをはじき飛ばし、彼の体に魔力を送り込む。
お願い生きて…小さな龍…
黒い髪と先ほど見せた空色の瞳。地龍と水龍の象徴とも言える2つの色は、彼が2種族の間で生まれた空龍の証であった。
空龍-異種族婚で生まれた龍をそう呼ぶ。親の力、すなわち2種の力を扱うことができるが、本来の龍より力は弱く、寿命も長くないといわれている。そして、彼らは龍の谷をでることを許されていない。彼らの体質のこともあったが、なによりの問題は空龍は普通の龍よりも人間に心を寄せやすいことにあった。
普通、龍は人間にどんなに心を惹かれても、その者の本質を見定める冷静さを失うことはない。いかに心を惹かれても、その人間が黒い心を強く持つならば、彼らは絶対に力を与えることはない。
だが、空龍は違う。
その者のためだけに、自分の持つ力を望むまま拒むことなく与え続ける…人で言えば一目惚れに近い状態になり、周りのことが正しく見えなくなってしまう。昔に一度、空龍が 人間に心をよせすぎてしまったことにより、世界の均衡を崩しかけたことがあった。それ以来、龍は二度と空龍を谷からださないようにと掟を強いている。それは、龍だけでなく世界のためであると言うのだが…
ファリアから言わせれば、それは自分と同じ状態に他ならない。谷から一生出ることを許されず、短いといっても500年は生きるであろうその年月を、谷という小さな世界だけで過ごしていかなくてはならない。彼らは、なんのために生まれて来たのか。どんなに渇望しても、外の世界に出ることを許されず、生きることはどんなに苦しいのだろう。そんな思いを考えもしない…
呼吸が安定したその子供の髪をやさしくなでながら、 いまさらながらに龍の考えに嫌悪感をもつ。世界のためだとか言いながら、結局は自分達の汚点を必死に隠そうとするそのことに。
どのぐらいの時間そういていただろうか、ついにぴくりと子供の手が動き、小さな手はファリアの手をつかんだ。
「起きた…?」
子供は、ぼうっとした顔で黙ったままファリアを見つめていた。 そして、一滴の涙を流す。
「父さん…母さん…死んじゃった…」
泣きじゃくる小さな龍の子供を、ファリアは抱きしめる。
「そう…」
ファリアは何も言わなかった。かつて、自分も同じ気持ちにあったとき、言葉よりぬくもりが欲しかったことを知っていたからだ。その子供は、その思いを理解してくれた彼女にしがみつくと、先ほどよりもいっそう大きな声で泣き続けた。その悲しい声は、雨の音とともにしばらくの間その場にこだましていた。
**************************************
「…見つけたぞ…」
火龍の長は、自分の部屋でそばに灯していた炎をみながら、薄く笑う。
「ウェルド国の水龍が、なかなか口を割らなくて参っていたが…」
これは手間がはぶけたと、喜んだ。長の会議の後、すぐにウェルド国の契約龍に問いただしたのだが、いくら言っても彼は知らないと言い張っていた。あきらかに彼女をかばっていることはわかっていたが、人間と契約をした龍に、いくら長といえど自分の力でねじ伏せてでも話させるわけにはいかなかった。
「ふん…だから水龍などあてにならん。」
彼はそうつぶやくと、炎に向かい呼びかける。
『ご用ですか?長。』
「うむ。」
火龍の長が、通信手段として使った炎から、若い龍の声が返ってきた。
「銀の花嫁の居場所がわかったぞ。」
『…!』
相手が息を飲むのがわかり、火龍の長は笑う。
『奴が…はいたのですか?』
「ばかを言え。奴は絶対にはかん。たとえ、水龍の長にでもな。奴の性格なら、おまえの方がわかっているだろう?」
『…そうですね。私としたことが…もしやとも思いましたので。』
どこかほっとしたように感じられて、火龍の長は 少し機嫌が悪くなる。彼とは違い、水龍を必ずしも嫌っていない者がいるのを知ってはいたが、この者もそうだとは思いたくなかった。何故なら、この者は自分に一番近い所にいる者なのだから。
『それで、長よ。わざわざ私を呼びだしたということは…』
「そうだ。あの娘つれてくるのだ。必ずだ。」
『…』
「本来なら、もっと前に銀の花嫁は火龍のものとなっているはずだったのだ!それを…それを…あの水龍が!!」
過去の怒りを思い出し、火龍の長の体からいくつもの火があがる。
「今度は絶対に譲らぬ。 私の考えは、必ず正しいからだ!わかるな!キルゼティス!あれは火龍の…おまえの花嫁なのだから!!」
返事がかえらないことに少しいらだった長は、もう一度彼の名を呼ぶ。
「キルゼティス!!」
『…わかりました長よ。』
「必ずだぞ!」
煮え切らないようすの彼に、叱咤するように叫び、長は通信に使っていた炎を乱暴に消す。
どいつも…こいつも!!
今の若い龍が、銀の夢に疑問をもちはじめていることは知っていたが、そのこととこのことは彼にとって別の問題だった。
くそ…!
風の長に言われたことを思いだし、彼の機嫌はさらに悪くなる。
なにが…間違っていただ!!私は間違ってなどいない!! 銀の花嫁は必要なのだ!我らの銀の夢…銀龍を生み出すためにも!!
彼の怒りは収まるようすもなく、体からは炎がふきだし続けている。
今度こそ…今度こそかなえるのだ!!我らの長年の夢を!
彼の思いは、まるで祖先の夢にとりつかれたようであり、そして彼の銀の夢を望む姿は、どこか悲しく哀れにも見えた。
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