銀の花嫁

くじらと空の猫

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11.冷たい夢の記憶

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  白い…これはなんて白いんだろう…
  ファリアは、重くなった瞼を半分だけ開けながら、自分を埋め尽くす雪をただ眺めていた。最初は冷たくて冷たくて、泣きそうなほど冷たかったはずなのに、どうしてだろう今では暖かく感じられた。 


 私…死んじゃうのかな…
 雪に埋もれながらそれもいいのかもしれないと思い始めた。


 生きなさい…必ず生きて…


 最後に言った母との約束を破ることに少しだけ心が痛い。


 
 ごめんなさい…お母さん…でももう手も足もどこも動かないの。
 ただ…眠いのすごく…すごく…このまま眠ったら、お母さんに会えるかな…?
 怒られるかもしれないけど…でも私…私…

 ゆっくりと瞼がさがり、暗闇だけが彼女のまわりを埋め尽くす。



 お父さん…お母さん…
 彼女が完全に意識を手放し、永遠の眠りにつくかと思われたとき、突然暖かい魔力が流れ込んでくる。



 …?
 なにこれ…


 それが魔力だと最初はわからなかったファリアは、その暖かい流れにただ驚きとまどっていた。


 …でもすごおく暖かい…
 ファリアは、無意識のうちにその魔力を冷たくなった体にもっと取り入れようと、むさぼるようにただ求めた。暖かい魔力の流れに意識をまかせていたファリアは、ふとその魔力が弱まっていることに気づく。

 あれ…? 
 その暖かさから離れたくないファリアは、もっとその魔力を取り入れようと手を伸ばす。もっと、もっと、ただ体が要求するままに。…だが彼女の思いと裏腹に、魔力は次第に小さな細い糸のように微々たるものになり、プチッ…と切れてしまった。ファリアは頭の中でもっと魔力が欲しいと叫びながら、ゆっくりと閉じていた目を開ける。

「それ以上はあげれないよ…もう僕も残っていないんだから…」

 見知らぬ幼い声。飛び込んできたのは青い髪。ファリアは初めて自分がその少年に、抱きしめられていたことに気づく。

「だ…誰!?」

 今まで追いかけられていた恐怖がよみがえり、ファリアは顔を青ざめ必死にのがれようともがく。 だが、まだ小さなファリアが少し暴れただけで、その少年の腕は簡単に解けた。

「…?」

 あまりにも手ごたえなく自分を簡単に離したことにファリアは訝しげに少年を見ると、彼の顔は今にも倒れそうなぐらい真っ青だった。

「え…」

 そう思っていた途端、ぐらりと少年の体が傾き雪の中に埋もれる。

「…!!」

 そして、ファリアは始めて気づいた。
 その少年の魔力がほとんど感じられないことに。

 もしかして…さっきの魔力の主は…?
 ファリアが見ている前で、少年の顔は青からより青く…いや黒といっていいほどに変わっていった。少年が危険だということがわかり、ファリアはあわててなにかしなければとあたりを見回すが、真っ白な雪以外なにもない。

「どうしよう…どうしよう…」

 良い考えなど浮かばす、少年のより一層悪くなっていく顔色にファリアはパニックになっていった。そしてまだ誰かが自分のそばで死んでしまう恐怖に、彼女の目からはぽろぽろと涙があふれていく。

「ふ…お父さん…お母さん…!死んじゃうよ…死んじゃう!!」

 父も母ももう自分のそばにいないはわかっていたが、それでも助けを求めずにはいられえなかった。自分が困っていると必ず助けてくれた父と母。呼べばまた自分を救ってくれる気がして…

「お父さん!!お母さん!!」

 だが、その叫びに答える声はなく、ただむなしく雪原の中に響きわたるだけ。



 
「大丈夫だよ…」

 そんな中聞こえた少年の弱々しい声に、ファリアは泣くのをやめあわててそばに行く。ぽろぽろと大粒の涙を流しながら、自分を見つめるファリアに少年は手放しそうになる意識を必死でつなぎとめながらも、少し見とれていた。  大きく澄んだ何者にも汚されていない青い瞳。あんな目にあいながらもその瞳の中に、悲しみはあっても憎しみに捕らわれた色はない。ふ…と何かを思い出したように少年は小さく笑い、ファリアの涙を手で拭いてあげる。

「死なないよ…大丈夫だから…」
「本当?本当に死なない?お父さんやお母さんみたいにファリアを残して死なない?」

 少年の言葉を遮り、ファリアは必死で言い寄る。

「死なない?死なないよね?」

 何度も繰り返し訪ねるファリアに、少年は彼女と同じ青い瞳を眩しいものを見るように細くすると、小さくうなずいた。

「死なないよ。大丈夫。守ってあげるから。約束したから。だから…もう泣かなくていいよ…」

 ああ…これは…この夢は…
 まだ夢のなかで 意識をただよわせながらファリアは、少しだけ思い出す。この少年が母と別れた日に助けてくれた人だと。あのあとのことはよく覚えていない。気がつくとどこかの森の中で一人眠っていた。そして…フレイユと始めて会ったのだ…  




******************************




ファリアが目を覚ますと、そこには空色の瞳に不安な色を大きく見せる少年の顔があった。

「ティアド…」
「…泣いているかと思った…」

 そういわれ、ファリアが自分の顔に手をあてるが、涙は流した様子はなかった。

「悲しそうな顔で…夢をみていたみたいだったから…」

 不安そうに見つめられ、ファリアはそれをぬぐい去るようにやさしく笑う。まるで女神のような優しい笑顔を見て、ティアドはちょっぴり赤くなった。

「はやくフレイユの所へ戻ろうよ。」

 照れくささからなのか、ファリアに背を向け足早に走って行く。それを見たファリアは、安心したように彼を見ていた。


 ティアド…先日ファリアが助けた少年はやはり地龍と水龍との間で生まれた子供だった。 年老いた両親は、何らかの理由で龍の谷からでて、他の地で暮らしていたらしい。だが、突然襲った寿命という運命に彼を託すものを見つけるひまもたく、眠りについてしまった。しばらくどうすればいいのかわからなく、もう動かない両親の前で泣いていたティアドは、やがて空腹と寂しさから心ともない魔法を使い外へでたのだ。だが、やはり慣れない魔法を使いすぎたために力つき倒れた所をファリアに救われたのだ。
 最初は、初めててみた両親以外の龍に警戒していたティアドも、この数日間でファリアのやさしさにようやく心を開き、彼女に笑顔をみせてくれるようになった。フレイユも、龍の谷と関係のない龍が一緒にいられるようになったとよろこんでいた。 が…

「ファリア!何しているの?」
「今行くわ。ティアド…」




 ぼっ…!!
 ティアドの所へ行こうと、足を踏み出したファリアの前に立ちふさがるように炎があがった。




「な…」

 炎はどんどん大きくなり、そして人の形を作り始めた。やがてその炎が形を安定させ現れたのは、夕焼けよりも赤い髪と炎のような瞳を持った一人の若い男。彼はファリアを見て満足そうにうなずくと、軽く会釈をしてこう言った。

「迎えに参りました。美しき銀の花嫁。」 


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