銀の花嫁

くじらと空の猫

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12.龍の谷の使者

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「迎えに参りました。美しき銀の花嫁。」

 時間が止まったような気がした。口がからからになり、頭もくらくらしているように感じる。

 見つかった。見つかってしまった…本当に…

「なんだよ!お前!!」

 ティアドは、放心状態のファリアを守るように小さな体で立ちふさがってくれた。
 だが、その男にとって-キルゼティスにしてみればささやかな、いや遊び程度の抵抗なのだろう。まるで赤子の行動をみるかのような目でティアドを見つめ、あざ笑う。隠しもしない自分を馬鹿にした態度に、ティアドはむっとしてキルゼティスを強く睨み付けた。

「さっさと…」

 どこかへ行け!といいたかったが、ティアドの体はキルゼティスの目を見て体が凍ったように動かなくなる。彼は笑っていなかった。いや、顔は笑っているのだが目が。その目の中にあるのは、冷たい炎のように、見るものを焼き尽くすような瞳。がくがくとティアドの足が無意識にふるえる。体が…本能が告げる。逃げろ!かなわない!強すぎる!…と

「あ…」

 近づいてくるキルゼティスに、怯え立っていられなくなるほど足が震えてくる。
 ものすごく怖い。くるな!くるな!と叫びながら逃げたかった。だけど…後ろで信じられないものを見ているように、固まったまま動かないファリアをほおっておけなかった。彼女は自分を助けてくれた命の恩人。だけど、今はそれだけではなかった。ティアドはとってファリアはもう家族同然の人だった。自分の母と同じ水龍だけでなく、彼女が与えてくれた、優しさ、温もりは、新たな生きる力となっていた。

 だが、このままではファリアが自分の前からいなくなる…この人に連れ去られてしまう。今のティアドにとって、それはここから逃げ出すことよりも苦しいことだった。

「ち…近づくな!!ファリアに近づくな!!」
「威勢がいいな。地と…水?の空龍よ。」
「う…うるさい!!ファリアはつれて行かせない!!どこにも!!」 
「ほう…?この私にお前は逆らうというのか?おもしろいな。」

 くすくすと笑われ、ティアドは頭に血が上る。

「笑う…なっっ--!!」

 彼の怒りに感化され地が大きくうねる。
 その魔力によってようやくファリアが我に返ったとき、彼女とティアドの周り以外には大きな地震が起きていた。

「な…なに!?」

 自分が惚けている間に何が起きたか。だが、その原因がティアドによって引き起こされたことだけは理解していたファリアは、慌ててティアドに向かって手を伸ばす。

「ティアド…!何をしてっ…」

 だが怒りの渦中にいるティアドにその声は届かず、彼は怒りの魔力を体からにじませ、それによって髪が大きく坂勝ち、震えていた。その魔力はファリアの手をも拒絶し、弾き飛ばした。

「だ…だめっっ!ティアド落ち着いて!!」

 まだ小さなティアドが、こんな大きな力を放出しつづけていたら彼の体が持たない。そう感じたファリアは、必死でティアドをなだめようと叫ぶが、彼には聞こえていないよいうだ。

「ティアド!!!」

 どんどんと大きくなっていく地の力は、 ファリアの呼び声も届かない。攻撃をすれば彼の注意を一瞬ひきつけ、彼のもう一つの水の力に呼びかけられるかもしれないが…でも…あの子を傷つけないようにできる?…不安があったが、ファリアはこのままではどうにもならないことを感じて意を決する。

「ごめんなさい!ティアド!!」

 だが、ファリアが水の力を放とうとしたとき、ファリアの先を越すようにいくつもの渦巻いた炎がティアドを包み込んだ!


 ゴオオオオ!!


「うあああっっ!!!」
「ティアド!!」

 ティアドの悲鳴が合図になったように、彼を包んでいた炎が突然かき消える。

「う…」

 ちりちりと小さな火傷を負ったティアドが、倒れ込む。

「ティアド!!」
「大丈夫…!?」
「ファリ…ア…」

 ファリアが駆け寄りディアドを抱き起す。炎で攻撃を受けた体はところどころ火傷の跡があったが、見かけよりは傷は軽いらしく、顔を痛そうにしかめながらもティアドは自分で上半身を起こした。

「大丈夫…ちょっとひりひりするけど…」

 これぐらいは自分で直せるといいながら、水の魔力で体を冷やしながら少しづつ火傷をなおしていく。どうやら大事には至らずにすんだとほっとするも、ファリアは不快感を思いっきりこめてギルゼティスを睨み付けた。

「なんてことを…!まだ小さな子供に!!」
「それは違うな銀の花嫁。」

 ティアドが起こした地震のダメージなど一つもうけた様子もなく、先ほどから立っている場所で腕をくみながらギルゼティスは傷を負ったティアドを冷たく見ていた。

「その空龍は私の目的を阻もうと攻撃をしてきた。だから、私も攻撃をしたのだ。私は自分に牙をむいた相手には容赦しない。ただの小さな子供になら道徳的に問題だが、私の目的の遂行の邪魔をするものは誰であっても許さない。」
「そんな…!!」
「だが手加減はしてやっただろう?その空龍が私に刃向かってその程度ですんだのを感謝してもらいたいな。」 
「なんですって…」
「銀の花嫁。お前が大人しく、私と共に来るのならばもう二度としないと誓おう。」
「…」

 ファリアの怒りをすっと沈黙させた悪魔の声。
 彼の言葉を聞き、再び体が動くなくなる。

 谷へ…龍の谷へ…私が龍の谷へ……
 止めようと思っても体は正直で、震えがとまらない。彼女の体の奥底から、行きたくない!行きたくない!!行きたくない!!!あんな所へ行きたくない!!!!と声がする。それに従い、魔力を使って逃げることができたらどんなに良いだろう。だけど…

「ファリア!僕なら大丈夫だよ!だから行っちゃダメだ!!」
「ティアド…」
「ダメだよ!あんなにいやがってたじゃないか!!あんなとこへは絶対に行きたくないって!!だめだよそんなこと…絶対駄目だよ!!」

 ファリアの手をつかみ、必死で引き留めるティアドをファリアは見つめる。だが、龍の谷からの使者はいつまでも動かない二人にじれたように周りに大きな火柱が上がる。

「!!」 
「銀の花嫁。馬鹿なことは考えないことだな。お前の水龍の力では、私にはかなわない。その空龍とて私はいつでも消せるのだぞ。」
「あなたは…!!同じ仲間をもそんなふうにできるのですか!!」
「…それはお前次第だ。」

 怒りと憎しみを込めた青い瞳に睨まれながら、キルゼティスはそれに引き込まれている自分を感じていた。
 …美しいとは聞いていた。龍のなかでも最上の美しさを持つ者だと。だが、見て…会って始めてわかった。彼女の美しさはそれ以上のものだと。

 あたりはファリアに不似合いな大きな火柱があがっている。そのほぼ中央にいながらも、何故が彼女の美しさは際だってみえる。青銀色の髪が怒りで震え、青い瞳はより深く青みを帯びて…たおやかな肢体からは怒りの魔力をあげながら……ふ…キルゼティスは小さく笑う。まさか火龍の私が、水龍に目を奪われるとは思わなかったと。

「さてこのままでは埒があかんな。邪魔な奴らが来る前に、さっさと答えをいただきたいのだが。」
「…じゃま…?」

 見惚れていたことを隠すかのように、キルゼティスはファリアに答えを迫る。ファリアはその物言いに違和感を覚えた。

「そう…保険に保険をかけているようなのでな。」
「保険…?何を言っているの?」
「銀の花嫁には関係のないことだ。それにこれ以上、答えを引き延ばされては困る。」
「…」
「だめだよ!ファリア!!」
「うるさいぞ…空龍。」




 ドオン!!





 火柱がより大きくなり広がって行く。めらめらと枯れ草に火がつき燃えてゆく姿を見て、ファリアは顔を青ざめる。

「や…やめて!!行けばいいのでしょう!?」

 火に驚き動物達が一斉に逃げ始める。自分のせいでこのあたりの木や草が燃えてしまう。
 ここに来てから、いささか気落ちしていたファリアを慰めてくれていた花や動物たちが…!! 自分がいるから…こうやっていつもいつも…フレイユも私のために仲間から離れて…ティアドも傷つけて…

「行くわ…」
「ファリア!!」

 疲れをにじませた顔でファリアはついに、キルゼティスの誘いを受けた。もうこれ以上自分のために、何かが誰かが犠牲になるのが嫌だった。それに……そう考える自分に少し疲れはじめていた。

「ファリア!!」
「ティアド…フレイユに…ありがとうって言っておいてね。」
「そんな…やだよ!!あんなにいやがってたじゃないか!!なんで…なんで…」

 何もできない自分が、とてつもなくくやしくてティアドは拳を握りしめる。だが彼の声はファリアの足を止めることはできなかった。

「行くわ。だがら今すぐ火を消して。」

 ティアドに見せていた優さとは違った険しい瞳に、キルゼティスは内心ため息をつきながら火をかき消す。

「ティアドにも手をださないで。」
「わかっている。そういえば名乗っていなかったな。私の名はキルゼティスだ。」
「あなたの名などどうでもいいわ」
「やれやれ…」

 取りつく島もない、見かけとは違ったファリアの気の強さに呆れながら、キルゼティスは手を差し出す。

「さて…」

 行きましょうかとキルゼティスがファリアを促したとき。






「…!!」






 今までの余裕が消え、見るからに険しい顔で忌々しそうにキルゼティスは呟いた。

「ふん…やっぱり保険をかけてたか…」
「さっきも言っていたようだけど。一体何のことなの?」
「ここへくるのを少々しぶってな…私がなにかやらかすとでも思ったのだろう。」
「しぶる…?」
「……銀の花嫁、今のうちに一つ言っておこう。多分これ以後は見張りがつき、自由にうごけなくなるだろうからな。」
「え?」
「希望をすてるな。必ず…必ずだ…」
「な…何を!!そんなことよくも!!」

  ファリアの怒りは当たり前だった。自分を閉じ込めることしかない龍の谷へ連れていこうとしている輩が、どんな口で自分を心配する言葉をいうのかと、ふざけるなとファリアは叫びたかった。

「銀の花嫁を…いや貴方を守ろうとしている奴がいるからな…」
「え…!」

 だが、彼のその言葉を聞いた瞬間、なぜか先ほど見た夢の少年を思い出す。だが、すぐにその考えを捨てた。そんな人などいない…もしいたならもっと前に私の前に現れるはずだもの…

「来た。いいか?絶対に忘れるな!」




 ゴウ!!




 キルゼティスが現れたときと同じように、三つの炎が勢いよく上がる。そして彼と同じような赤い髪と目を持った3人の男が姿を見せた。

「わざわざ迎えをよこすとは、ご苦労なことだな。」

 キルゼティスのあきらかな皮肉に、その中の1人が苦笑して頭を下げる。

「そう言わないで下さい。キルゼティス様。私たちも、長の命令となれば拒むことは許されません。」
「ふ…まあいい。ちょうど戻るところだったからな。」 
「では…」

 頭を下げていた男と彼の後ろにいた二人の男たちの視線がファリアに集まった。
 ひゅっと息をのむような音とともに、自分より彼らが一瞬で彼女に見惚れてしまったことにキルゼティスは苦笑いを浮かべた。だが、その視線を受けたファリアは不愉快とばかりに横を向く。しかし同時に、いまきた三人の男たちより明らかに年若いキルゼティスが頭を下げられる立場にいることに内心驚いていた。

「おい。」
「はっ…あ!申し訳ありません!!」

 ファリアに見とれていた男達は、キルゼティスの声に自分たちの役目を思い出し、ファリアに向かって頭を下げた。
 
「おまちしておりました。銀の花嫁。」
「…」

 当然ファリアが答えることはない。
 見るからに男たちの顔には落胆の色が浮かぶ。とりなす気もないキルゼティスは、そんなファリアにくすりと笑うと自分を包むように炎をだす。

「行くぞ。」

 その一言で同じように、炎を出しそれにつつまれはじめたの男達を見ながら、一度ティアドを振り向いた。泣きそうな怒ったような顔で見ている彼に、いつものような優しい微笑みを浮かべると彼女も水につつまれはじめた。

「ファ…」




 ごめんね。




 ティアドがもう一度名を呼ぶ暇もなく、水とともに消え去ったなにも残らない空間。ティアドは自分の無力さを嘆き、一人で大声をあげながら涙をながした。 


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