銀の花嫁

くじらと空の猫

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13.運命が動き出す

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 行きたくない、行きたくない…父と母を苦しめた、龍の谷などに行きたくない…!!
 でも私がいれば…みんなを苦しめてしまう。
 フレイユだって、私なんかとかかわらなければ、まだあの美しい森と湖に囲まれた所で仲間と幸せに暮らしていたに違いない。
 ティアドだって、あんな怪我を負わなくてすんだ。

 私のせいで…
 私はなんのために生まれてきたのだろう。
 なんのために逃げ回っていたのだろう。
 どうして、私だけがこんな思いをしなければいけないのだろう。
 あのとき…雪の中であのまま眠っていたら…こんな思いはしなかったのだろうか… 




*********************



「…?」

 レウシスは、誰かが泣いているような気配を感じ思わず振り返る。だがそこには誰もおらず、久しぶりに続いた雨があがり、ウェルド国自慢の王妃の花園は雨の滴を光に反射させて、光の花園のように輝いているだけだ。


 気のせいか…
 ファリアが帰ってしまい、ふてくされてばかりいる王子を思いだし、ため息をつく。いつから自分はこんなにため息をつくようになったのだろうか。だが、このため息は不快なものではないことを感じていた。自分がこんなおだやかな気持ちになれるとは思っていなかった…昔の自分を思いだし苦笑する。 

「さて…」

 今日は、この国の王カシュアとともに国境まで視察に行くことになっていた。
 レウシスは、そろそろ支度を終えたであろう王のもとへ足を早める。最近、この国と南の国との国境で魔力の流れが微妙に変わったのを感じて、それを見に行くことにしたのだ。そのことを言ったら、最近城ばかりにいて暇を持て余していたカシュアも視察だとなんだと名目をつけて、ハイキング気分で一緒に行くといいだした。彼に言ったことを後悔したが、後の祭りだ。


 だが…何故いきなり魔力の流れがかわったのだろう。あそこは昔から豊かな川がながれていた。自然も精霊もおだやかで 、変化を見せる気配など微塵もなかったはずなのに。本当は、もっとはやく行きたかったのだが、火の長のしつこい追求に時間がとれなかったのだ。

 そういえば…今日の催促がきていないな。
 きても今日は無視して出かけることをきめていたが、一日中こちらの堪忍袋の緒が切れかねないほど、火の小精霊を絶えず送り込まれてそろそろ本格的な抗議をせねばと思っていたところだったのだが…

 まさか…
 嫌な予感に襲われながらも、その考えを振り払う。なにかあればシェイズが教えに来てくれるはずだ。いつも騒がしくもめ事を引き起こす友人だが、ここぞという時は頼りになることを知っているレウシスは、今は契約龍本来の役目にいそしもうと足早に廊下を歩きだした。 






**********************



「わかっておるのかっー!!このばかものかぁぁ!!」

 すぱーん!!と容赦なく拳を振られ、シェイズは思わずぐぅぅと唸り声をあげながら頭を押さえた。

「いてぇぇ!!そんなに怒んなくったって…」
「ばかもの!!神聖なる長の会議場で昼寝などしおって!!なーにを考えておるんじゃ!!」
「だっーて!あそこは龍の谷でも最高にいい…」
「昼寝場所でもいうつもりかーー!!」

 このすかたん!とまたたたかれる。

「そんなにぼこぼことたたかなくてもいいだろう!?」
「そうしないとお前のすぐ抜ける頭にはたたきこめんじゃろうが!!」

 はーやれやれと近くに あったイスにどさりと腰掛ける。かなり痛かったのだろう、少し涙目になりながら膨れていたシェイズだったが、風龍の長のいつもとは違う、疲れた顔を見せていることに気付いた。

「なんか…あったわけ?長がそんな顔をしてるのめずらしいな。」
「ふん。」

 白髪の穏やかな眼差しをもった人の年齢でいえば、70代頃の老人の姿をとっている風龍の長は、丁寧に整えられた白く長い髭をなでながら全くだと呟く。


「頭を痛めることはお前のことで十分だというのに!本当に…」
「わるかったですね!」
 
 そんな軽口を返してくるなら心配は無用だったと、シェイズもふんと横を向く。彼が風龍の長に2人だけとは言えこんな態度をとれるのは彼が長の孫だというせいもあったが、何故か昔からこの2人は気が合い友人の ような関係を築いている。

「…火龍の長のことじゃよ。」
「ああ…」
「聞いていただろう?…わからないでもないのだが…」
「…だけどオレはいやだな…銀の花嫁か…」
「そうだお前は会ったのだな。」

 シェイズはファリアとウェルド国で会ったことを、信頼している長だけには話していた。

「うん。見かけと違って気が強そうだけど…長が心配していた憎しみには捕らわれていなかったよ。それを見て少し安心した。」
「そうか…」

 背もたれによしかかりながら 遠くを見る長の姿を見て、シェイズは彼が彼女のことをどんなに気にとめていたかを感じた。

「でも…どうするの?このままじゃ…」



ドンドンドン!!



「長っ!!長っっー!!いますか!!」

 戸を激しく叩く音とともに聞きなれた風龍の声。彼は風龍の長の身の回りを世話している者で、風龍の長のいたずらなどを容赦なく諌めることができる、風龍にしては珍しく冷静さの固まりのような性格の龍なのだが、そんな彼のひどく慌てた様子にシェイズ何事かと長に代わって答える。

「いるぞーなんだよー」
「シェイズ様もここにいたのですか!!よかった、大変です!!」

 転がるように入ってきた若い風龍に、2人はますます何がおきたのかと目を丸くする。

「誰かが長の大事な壺でも割ったとか…」
「シェイズ様とは違います!!」
「お前…」

 若者の容赦のない言葉に、気分を害しふくれているシェイズを無視して (いつものことなのだろう)彼は長を見る。

「火…火龍達が…銀の花嫁を連れてきました!!」
「なっっ!!」

 長とシェイズは絶句し、まさかという表情でその若者を見る。

「本当です!!火龍の騎士が連れてきました!!」
「キルゼティスが?」
「それで長、会議が始まると…」
「わかったすぐ行く!」

 長と若者は走るようにいなくなり、その場にはシェィズだけが残った。

「キルゼティスが…」

 シェイズはもう一度つぶやき何事かを考え込むと、彼らから少し遅れてその場をあとにした。







 ファリアがキルゼティスの導びかれ、連れていかれたのは大きな洞窟の前…長達が会議場として使っている場所だった。だが説明もされないファリアにはここがどんなところなのかわからない。ただ自分を閉じ込める牢獄のように思えた。

「ここでお待ち下さい。」

 そういうと彼女をここへ連れてきた三人の火龍の一人は、礼をして去っていく。ここへ連れてきた張本人のキルゼティスはいつの間にかいなくなっており、彼とともに来た三人の火龍も先ほどの者が姿を消した時点で、誰もいない。…つまりファリアは一人この場に残されていた。

 彼女は一歩足を踏み出し、洞窟の中へ入ってみる。
 洞窟の中はとても広かった。龍の姿をとっていても十分くつろげるほどだ。そして天井は吹き抜けのようになっており、そこからはすっかりと闇の中に覆われてしまった、星の光だけがみることができた。


 …とうとうきてしまった…
 ファリアは壁に寄りかかると、泣きそうな顔して座り込む。


 お父さん…お母さん…やっぱり逃げ切れなかった…
 これから自分に降りかかることが怖くて、怖くて、自然に震えてくる。

 でも…私は負けない。負けたくない…絶対に屈したりなんかしない…
 そう何度も自分に言い聞かせたものの、その決心がどこまで続くか自分でもわからなかった。だが、今はそう思っていないと何かが崩れていきそうで不安だった。


「そなたが銀の花嫁か… なるほど噂以上であったな。」
「!!」

 ファリアが振り向くと、そこには火龍と思われる赤い髪と目を持つ老人ー火龍の長が立っていた。満足そうに自分を眺める姿に、ファリアは不快感でいっぱいになる。

 なんで知らない人にそんな目で…自分を自由にできるともいいたげな目で見られなくてはならないのか。
 ファリアは批難の色をこめて、無言のままただ睨みつけた。しかしそれは火龍の長には気にくわなかったらしい。赤い目がより赤みを増したように感じた。

「お前のそんな態度はいつまで続けられるかな。」

 ファリアの弱みを隠そうとする心などわかっていると、ふんと彼女の強がりを鼻で笑った火龍の長。彼はファリアが今まで憎んできた龍そのものの姿だった。自分を自分たちを道具としてしか見なかった、どこまでもどこまでも追いかけてきた龍たち。だからこそ、ファリアは彼に向かって馬鹿にするように笑って見せた。それがどれだけ怒りを買うかわかっていながら。


「!」

 案の定、プライドを傷つけられたように彼の顔は怒りで真っ赤になり、ファリアが今まで探していた銀の花嫁であることも忘れ、今にも飛びかからんばかりだった。

「早いな。」

 だが、のんびりとした声でこの場の雰囲気をがらりと変えてしまった風龍の長が姿を見せると、火龍の長も我に返ったのだろう、ぎりぎりと悔しそうな顔を隠しもせずに自分の気持ちを無理やり押さえつけたようだった。

「なんだ相変わらず不機嫌そうな顔だな。」
「うるさいっ!」

 かっかとして、彼らの反対側に向かった火龍の長に、やれやれと風龍の長はため息をつく。

「あんまり触発しないでおくれ。」
「…」

 どうやら一部始終を見ていた彼は、寸前の所でファリアを救ったらしい。
 誰もそんなこと頼んでいない。この場で火に巻かれようがここから 出られれば、一向にかまわなかったファリアは、感謝の色を見せず黙ったまま風龍の長を睨み付けていた。
 そんな様子をみて、風龍の長はため息をつくとともに哀れんだような目で彼女を見つめる。

「…すまんな…」

 ぽつりといった言葉に、ファリアは聞き間違いかと彼を見る。風龍の長はそれを見て、悲しそうに笑うと彼女から離れていった。

 …何いまの…
 火龍の長の時と明らかに違う態度に、ファリアは内心戸惑った。だが…

「どうやらそろったようだな。」
「遅いぞ2人とも。」
「すまんな。」
「…」

 風龍の長の抗議の声に、ようやく姿を見せたのは地面に届くほどの長く美しい黒髪をもつ、地龍の長。彼はその顔に皺を刻みながらも、若いころはさぞ持てたであろう優しげな顔で(今でも十分女性に人気がありそうだが)、笑いながら謝った。 

「そなたが…銀の花嫁か…」

 そして次に聞こえてきたのは冷たい響きの声をもつ者。水色よりも白に近い、まるで氷の色を身にまとったような髪と瞳をもつ老人だった。地龍の長の後ろにいた水龍の長は何を考えているのかわからない目で、座り込んだままのファリアを興味なさげに見た。

「…!!」

 ぞくりとした感触をおぼえ、思わずファリアは後ずさる。だが、その背には洞窟の壁があり、これ以上彼から離れることができなかった。

 …な…何?
 何故か彼を見て、恐怖と怒りがわき起こる。

 どうして…?私…
 胸の中に、どす黒い感情がわき上がってくる。それは今まで感じたことのない、怒りの気持ちだった。頭の奥から誰かが何かを叫び、訴えるかのようにファリアの体の中を響き渡っている。

 どうして?どうして…私この人がこんなに憎いの?

 そんなファリアの様子をじっと見ていた水龍の長だったが、風龍の長の声に視線をはずす。

「さて…?会議をはじめるのだろう?」

 その一言で、銀の花嫁との対面を果たした長達の会議が始まった。 


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