銀の花嫁

くじらと空の猫

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17.悪夢再び

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「どうぞお入り下さい。長達がお待ちです。」

 相変わらずいけすかないあの火龍に連れられ、ファリアは最初に長達と会った会議場についた。

 3日もほおっておいて、今更改まって何の用なのか。不機嫌そうにその場にとどまり洞窟に入るのを拒否したいとも思ったが、このままここに居ても何にもならないと思いなおし、龍族に振り回されることに苛立ちながらも足を踏み入れていく。彼らが、会議場と呼ぶあの広い空間までたどりつくには、この暗い細道を歩かなくてはならない。

 カツカツカツ…
 自分の足音だけが響く中を、ファリアは進んでいた。火龍は自分にはこれ以上ここに入る資格がないと言われ、一人で入るよう促されたのだ。その細い道を歩きながらシアトから聞いた、銀の花嫁の役割などを思い返す。だが、まだ話を聞いて一日も経っていない、その内容に驚きはしたもののまだファリアは自分自身のこととして受け止められないでいた。

 銀龍…
 ファリアはそっと自分の 青銀色の髪をさわる。母と同じ髪の色。これも関係があるのだろうか…そんな幻のような龍を求めて、どうするんだろう。この世界にそんな龍は必要としていない。特別な力を持っているというその龍を龍族はなぜ必要としているのだろう。世界はこんなに平和なのに…と考えこんで歩いていると、あっという間に会議場についてしまった。

「よく来た。銀の花嫁。」

 人の姿になっている地龍の長が、ファリアに中に入るよう促す。そこには、見るからに機嫌のよさそうな顔の火龍の長と沈痛な面持ちの風龍の長がいた。だが水龍の長がいない…なんとなく彼に苦手意識をもってしまったファリアは、そのことにほっとしながら彼らに近づいていく。

「何のご用でしょうか。」

 相変わらずこちらに警戒を解かない、ファリアの固い声に地龍の長は苦笑する。

「ああ…水龍の銀の花嫁よ。我々の決定事項を伝えたくてな。」
「決定…?」
「そうだ…我々は…」
「我らが火龍の花嫁となってもらうぞ。」
「火龍の長!!」

 地龍の言葉を遮り、火龍の長は得意げに言う。怒りを込めて彼の名を呼んだ風龍の長とは正反対の態度だった。

「な…んですって…」

 ファリアの呆然とした様子に、火龍の長は得意げにさも名誉であると彼女に告げる。

「我々の銀の花嫁となってもらう。火龍のな。そもそも、お前の母親を迎えるばずだったのだが…まあそなたが 我々一族の花嫁になるのだから、まあよしとしよう。」

 火龍の長…!!
 得意げに語る彼を見て、風龍の長は怒りに見舞われる。何故、そんなに得意げに話せるのか!!あの娘のことを考えれば、そんなことはできないはずではないか!あれだけのことがあったのに、それを簡単に忘れてしまえるほど…銀龍の夢は見続けなくてはいけないことなのだろうか?会議場での風龍の反対の声は一切届かず、彼女は 火龍のもとへ行くことがなし崩しに決まってしまった。彼らの意識を変えられなかった自分の不甲斐なさだけが、風龍の長の心に残っている。


 …なにを…言っているのだろう。この人は。
 ファリアはただ呆然と火龍の長をながめていた。
 彼はうれしそうに、何かを言っている。でもよく聞こえない…
 
「な…に?」

 小さなファリアの声を聞いた地龍の長は、彼女を驚かせないよう優しく言った。 

「そなたは、火龍の元へ嫁ぐのだよ。」

 ドクン…
 自分の心臓の音が、みょうに大きく聞こえる。
 ドクンドクン…
 そして、シアトに言われたことを思い出す。…銀の花嫁は銀龍を生み出すだけの存在。それだけを求められる者。彼らが決めた夫を迎えて。部屋に閉じこめられて成長してゆく。自由はなく、龍として生きることを許されない。愚かなる夢の犠牲者。 様々な声がファリアの頭の中を駆けめぐる。

「どう…して…」

 彼女が、絞り出すように出した声は彼らへの問い。

「決まっているではないか!そなたが銀の花嫁だからだ!」

 違う…そんなこと…聞きたいんじゃない…

「そなたは、銀龍を生み出す為に生まれたのだ。天界の扉を開く事のできる銀の龍を。」

 天…界?
 ファリアの顔に声無き 疑問を感じ取った火龍の長はうなずく。

「戻るのだよ。天へ。我々の故郷へ。龍が龍として生きられる世界へ…」
「我々が地上に来て、気の遠くなる年月がたった。我々が哀れと思い力を与えた者達は、もう我々を必要としていない。我々の役目は終わったのだ。だから、戻るのだよ。天界へ。すべてのものに心を砕き、生き続ける日々から解放されて、気兼ねすることなく自由に生きる ことのできる所へ…」

 それは、代々の龍の長の悲願。死を近くに引き寄せつつある龍の思い。戻りたい。天へ。心の奥そこにある見たことのない楽園へ。もう一度あの世界へ。それは老いた龍と龍の長たちが代々引き継がれてきた思い。

「だが、天への道と通じる扉は銀龍しか、開くことができないという。だから求めるのだ。銀の龍を。天へ導く龍を。わかるな?銀の花嫁。我々には銀龍が必要なのだ。だから…」

 だから? 私を…今までの銀の花嫁を犠牲にしてまで、それを求めるというの?生まれるかもわからないその龍を。ただそれだけのために。

 なんて勝手な。
 なんて…身勝手な望み。

「…くせに…」
「ん?」

 地龍の長は、ファリアのつぶやいた言葉を聞き取ろうと耳を澄ます。火龍の長は、まだ何か言いたいのかと、不機嫌そうに顔をしかめた。

「銀の…」
「助けてくれなかったくせに…」
 「な…に?」

 風龍の長の顔が曇る。感じたことのない、異様な空気の流れが洞窟の中を渦巻き始めてみた。…よく見るとファリアの様子がおかしい。自分の体を抱きしめ、心なしか震えているように見える。

「今なんと?」
「助けてくれなかったくせに…自分たちに必要な時にだけ、私の心を無視して手を差し伸べるのね…勝手だわ…」
「なんだと!我々にそんな口を!!」

 火龍の長が怒りに顔を赤く染める。 だが、ファリアはひるまない。顔をあげ、彼を睨む。

「あなた達が、私に何を与えてくれたというの?あなた達は、私が素直に言うことを聞くとでも思っているの?何故?何故そんふうに思えるの?あなた達が私に与えたのは、怒りと恐怖と憎しみだけだというのに!!何故私が、あなた達の犠牲などにならなければならないと言うのよ!!」

 地龍と火龍の長は、 ファリアの様子にひるんだように言葉を詰まらせる。

「父を殺して!母を殺して!!私に絶望しか与えなかったあなた達龍の為に、私が犠牲になる必要などないわ!!」

 ファリアの深く青い瞳から、取り止め無く涙が溢れる。涙は次から次へとあふれ出し止まらない。
 どうして…どうして私にそんなことが、言えるの!この人達は!!

「何度も思ったわよ!!この谷を 壊してやりたいと!!すべての龍を皆殺しにしてしまいたいと!!でも…できなかった!!母が言ったから!!この谷を恨むなと!!だから私は、その心を封じ込めたのよ!やっと心を封じて生きてきたのに!!それなのに、何故あなた達はその心を呼び覚まそうとするの!」
「銀の花嫁…」

 聞こえて来る。
 彼女の怒りと悲しみの声。
 この世のものとは思えないほど、 美しい涙を流す水龍の娘。
 やはり間違っていたのだ。我々は間違っていたのだ。風龍の長はうなだれたまま、ファリアを見ていた。

「あなた達は、私が必要としたときに手を差し伸べてくれなかった…誰でもいいから助けてくれと、何でもするから救ってくれと叫んでも、雪に埋もれていく中でどんなに願っても助けに来てくれなかった!!そのとき誓ったのよ!二度とあなた達を求めない。受け入れないと!」
「う…うるさい!!さっきから聞いていれば…」

 火龍の長は顔を真っ赤にして怒鳴り返す。彼女の言葉に耳を傾けていた自分を恥じるように。今まで彼の決めたことに、意義を唱えた者などいなかった。なのになんだ?この娘は、また私の決定を覆そうとする。母親と同じように。
 ファリアの母カシェーリアと、当時の火龍の騎士の婚姻を決めたのは彼だった。長達を説得し、火龍の一族もやっとのことで 納得させ決めた婚姻だった。なのにそれはかなわなかった。水龍の騎士がカシェーリアを連れ去ったから。顔に泥を塗らされた。あの時の怒りは忘れない。今度はそうはいかない。再び同じことを繰り返すものか。

「決定に従わねば従わせるまで!!銀の花嫁の動きを封じ、我の前に跪づかせる!!」

 火龍の長の姿が揺らめき龍身に戻る。彼はあたりに炎をまき散らし、会議場を熱気で埋め尽くす。 

「ま…まてっ!!」
「よせっ!!やめないか!!」

 地龍と風龍の長は、あわてて彼を沈めようとするが、頭に血が上った彼には届かない。彼を止めるべく風龍の長も続いて姿を戻すが、火龍の長が出す炎に押される。

「じゃまを…するなぁぁ!!」

 炎は、風龍の長とファリアに向かい伸びてゆく。風龍の長は風で押し返すが、彼は何もせずただ突っ立ったままのファリアに気づく。 

「地龍の長!!」

 風龍の長の声に、長同士の力のぶつけ合いという前代未聞の事態に、しばし呆然としていた彼は我に返る。

「しまっ…」

 地龍の長が、振り向いたときにはもう遅かった。炎は今にも彼女に襲いかかろうとしていた。

「よけるのじゃ…!!」




 もう…いやだ…こんな思い…
 近づいてくる炎を見ながら彼女は叫ぶ。 

「もういやぁぁぁぁ!!」

 ファリアの叫び声と共に、彼女の体はまばゆい銀の光を放ち膨れ上がる。

「な…!!」

 その光をよける暇もなく、長達は彼女の光に飲み込まれていった。 


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