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一章
5、隣の部屋の○○さん
しおりを挟む隣の部屋にいると聞いて、ジンはとりあえず挨拶だけはしておこうと思った。
コンコン、と扉を叩く。しかし反応がない。
「おーい」
確か名前は……セドリックだったか? 寝てるのか?
ジンはしつこく扉を叩き続ける。
「おい! セドリック!! いないのか!?」
すると中から「うっせえなあ……鍵、開いてんだろ?」という声が聞こえる。
「なんだ、鍵開いてたのか……。もっと早く言えって」
そう呟きながら扉を開ければ、目の前に黒い塊が現れた。
え、何これ。ぺたっとした毛並みの、巨大な動物……犬か?
ジロジロと観察するように、ゆっくりと視線を上へ向ければ、この部屋の天井が物凄い高い事に気がついた。自分の部屋と比べて差別されていると一瞬思ったが、この部屋の主を見てそんな事は頭からすっ飛んだ。
こちらをゆっくり振り返った犬、それは。
「ケ、ケルベロス!?」
くそ、剣を持ってきていない。まあ、ちょうどいい。魔力を試す!!
するとジンの体から黒いオーラが解き放たれる。それを敏感に察知したケルベロスが立ち上がり、唸る。そこでピンときた。きっとこいつが、あの場所にいたケルベロスなのだ。
「行くぜ……!!」
タンッと地面を蹴ってケルベロスに肉薄する。拳に思いっきり力を込めた。すると無尽蔵に湧き上がる力が拳に集まってくる、と同時に拳が黒い風をまとい始めた。いける……!
「黒い……」
「おい、お前!! やめろって!!」
突然目の前に現れた長身の男に驚いたジンは攻撃のやめ方が分からなかった。
「ちょい!! 危ないって!!」
なんとか男を躱して、とにかく力を発散させようと床に拳を叩きつけた。すると黒い光が爆発して、爆音とともに爆風が吹き荒れる。扉がぶっ飛び、地震のように建物が揺れた。
「うおおおおお!!」
な、なんだこの力は……!!
あふれ出す力がやっと収まったときには、ジンは驚愕した。石畳の床がジンを中心に円環状にへこんでおり、部屋の中にあったものが散乱している。おまけに天井が一部壊れており、土埃が舞っていた。壊れたとこからは空が見えなかった。もしかして、ここは地下なのかもしれない。
けれどそんなことはどうでもよかった。ジンは一人、体の奥底から湧き出る力に感動していたのだ。
「すごい……。これが……俺の力!!」
「お前、何してるんだよ!! 危ねえだろ!!」
一人自身の力に惚けていたジンに男が文句を言う。声の方を見れば、ケルベロスに守られるように立っているのは先ほどケルベロスを庇った男だ。深い緑色のドレッドヘアの男は、アクセサリーを体中にじゃらじゃらつけていた。
「あ、もしかして、セドリックか……? まずはお礼を言わなきゃな。俺を助けてくれてありがとう」
「この状況で、それか? 頭湧いてんのか? 俺はお前に殺されるところだったんだぞ!? まずは謝れよ!!」
「あ」
「床をへこませやがって。それに、俺のヘイルに怪我させたの、お前だろ? お前をここに運んだのは目が覚めたら殴ってやるって決めていたからだよ!!」
そう言ってジンの方に駆けてくる。そして振りかぶってジンの頬へ、セドリックは拳を一発入れた。ごすっと鈍い音がした。
「ふぐっ」
別に避けてもよかった。避けられない攻撃じゃなかったからだ。でも、避けなかったのはセドリックがなぜか泣いていたからだ。
「痛てえ……」
「ヘイルの痛みはこんなもんじゃない。爪を割りやがって……!! 指から血が出てたんだぞ!? もっと痛いに決まってるだろ!! ヘイルに謝れよ!! ぐすっ」
「おいおい……なんで泣いてるんだよ。お前、見た目と性格にやけにギャップがあるって言われないか?……それにヘイルって誰だよ??」
「先に謝れよ!!」
「え、あ……ごめん」
「……気持ちがこもってない!! 何なんだよ、全く。仕事はとんずらしちまったし、ヘイルはお前にケガさせられるし」
「えっと、話がいまいち分からないんだけど?」
「俺は召喚士なんだよ。ケルベロスのヘイルは俺の友達だ。ぐす……。ヘイルの爪を割るとかどんだけ馬鹿力なんだよ! アホか!!」
一向に泣き止まないセドリックに、ジンは何だか本当に悪いことをしてしまったような気がしてきた。
「……そんなの俺も死の危機に瀕してたし。それにお前の友達だとは知らなかったし……ごめんって。ヘイル? ごめんよ?」
後ろにいるケルベロスは鼻をぐすぐす鳴らしている。えー……もしかして、こいつも泣いてんのか? あの獰猛って言われているケルベロスだろ? マジかよ……。
「ごめんって。なあ、おい、そろそろ泣き止めって……」
何なんだよ、ここの人たちって……。本当に意味わかんねえ……!!
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