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21、戦場
しおりを挟む朝の九時。会社の入り口で敵を待つ。昨日智紀に散々イかされたため、正直敦美の足は力が入らない。膝が笑いそうになるのを堪えて、腕時計を確認した。
昨日ミナは迎えに来ると言っていた。だから入り口で待っていれば、何らかのアクションが起こるはずだろう。そう思っていれば。
きゅ。
黒塗りの高級車が目の前に止まった。若い運転手が出てくる。ぴっちりと撫で付けられた髪の毛。高そうなスーツに身を包んでいるその姿はどこぞの執事かと思うほど。
「須藤敦美様ですね」
「はい」
「では私がミナ様との打ち合わせ会場へお連れ致しますので、ご乗車ください」
「はい……」
車に乗った途端に緊張してきた。こんな高級な車に乗ったことがないからだ。だが、乗り心地が抜群にいい。振動が全くなく、座席の体を包むようなフィット感が最高に気持ちいいのだ。
リラックスしてしまったが、敦美は我に返ったようにはっとなる。運転手がちらちらとこちらの様子をルームミラーで伺っていたのだ。
やばい。変な顔してなかったかな。これはマウントを取りにきてるのよ、敦美。気を引き締めないと!!
負けない、と変な闘争心を燃やした敦美だが、会場に着いたときにはその闘争心は沈静されてしまうのであった。
***
着いた場所は高級リゾートホテルだった。
そういえば、ミナさんの実家って、たしかホテル経営だったんだっけ、なんてぼんやりと思い出す。
ホテルの中は開放感に溢れていた。吹き抜けの天井はどこまでも高く……高すぎて天井が見えない。ピカピカに磨かれた床は鏡ですか、というほど美しく輝く。オシャレな照明はロビーを大人の贅沢な雰囲気を醸し出していた。
うん。仕事しよう。
頭を切り替えた敦美は、案内されてエレベーターに乗る。辿り着いた階は最上階、ならぬ屋上だった。
自動ドアを潜ったら、そこは目を見張る光景が待ち構えていた。
一面のプール。屋上には柵も塀も何もない。落ちたら確実に死ぬ。柵も何もないため、プールが街の空に浮いているように見えるのだ。四隅には白いモニュメントから水が勢いよく出ており、清らかな音に心が洗われる気がする。
その中央に小洒落たコテージが鎮座していた。そこへ行けるようにプールを横断するように橋がかけられている。まるでどこかの島を演出しているようで、ここは本当に日本なのかと疑いたくなる。
「こちらです」
橋を渡り、コテージに入る。シャラン、とドアベルが鳴った。
コテージの中は衣装やデザイン画があちらこちらに飾られており、まるで美術館のようだ。
すると奥の部屋からミナが出てきた。胸元の大きく開いた真っ白なシャツにゆったりとしたハイウエストのパンツスタイル。足の長さが強調される。
敦美はここがステージ上なのでは、と思うぐらい、ミナがかっこよく見えた。
「来たわね。ここで打ち合わせするわよ、敦美サン」
ミナはニッと歯を見せて笑った。
***
世界的に活躍するファッションモデルのMINA、三十歳。日本人の父とイギリス人の母を持つ彼女は自身の類まれなる美貌とプロポーションを活かし、モデルとして活躍している。その活躍の場は日本に留まらず、世界のコレクションやファッション雑誌等でも起用されるほどで、今現在はフランスのパリを拠点として活動しているようだ。
そして自らファッションデザイナーとしても実力を発揮し、彼女自身のブランドを立ち上げている。気品あふれるデザインは高級ブランドとしてセレブの間で話題だ。
ミナは次に発表する新作を並べている部屋に敦美を招き入れた。敦美はその服を見て目を見開く。
レースのように仕立て上げられているシースルーの鮮やかなグリーンのワンピース。大胆に胸元や腕、足が透けて見える。左右非対称な裾はまるで水の流れを表しているかのように波打っていた。
その隣は青いジャケット。肩に花が咲いているようなデザインのジャケットは、袖口がやや広がり、後ろ下がりになっている。下に合わせられているのは真っ白なシャツ。その袖口の上品なフリルが丁度見えるようになっていた。
他にも明るいピンクのフレアスカートが飾られている。それは右腿の部分に大胆に切れ込みが入っており、歩いたときに足がチラ見えするだろう。いや、チラ見えどころではないかもしれない。そのほかにも黄色いトレンチコートや真っ赤なバックがあった。
この場に飾られている服たちは鮮やかな色を大々的に使われており、一つ一つの服がまるで美術品のようで触れることを躊躇われる。服は着るためにあるのだが、この服は飾るためにデザインされたかのような服なのだ。
「今回の新作のテーマは『宝石』」
「宝石……」
「そう。これをあなたに宣伝してもらいたいの」
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