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妻の警告

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「良いですか。そのお店に行ってはなりません。その彫刻は役に立たぬ虚像。魅入られる程に、あなたを堕落させます。」

あまり真剣に言うものなので、私は呆気に取られたまま、頷くより他に無かった。やがていつもの様に夕食の時間が過ぎ、私達はそれぞれ寝床へとついた。

「しかし、上手いやり口を考えたものだ。」

私は頭の中では、あの美術館のやり口を礼讃していた。誰かが立派な作品を掘り出せば、人々はそれを羨ましがり、他者から褒めそやされる。それを見た人々は自らもああなりたいと望み、木材を買い続ける。私もあの花を掘り出していなければ、何度も木材を買っては砕いていただろう。

私はそこまで考えた所で、女から渡された紙をまだコートにしまったままなのを思い出した。ランプに火を付け、暗がりの中で紙の内容に目をやった。私はそれを見て身が縮こまる驚愕した。なんと、最高級品である大象を通常の半額で購入できるというのだ。私は焦燥に駆られ、妻に見つからぬ様に慌ててそれを隠した。あの像を買って眺める事が出来るとは。私は高鳴る胸を押さえ付けて、その紙を見つからぬ様に枕元へとしまい込んだ。そうだそうだ、私は妻を言いつけを守らねばならぬのだ。

それから数日。私は妻の言いつけを守って、彫刻館には寄らずに目前を通り過ぎるだけの日々へと戻っていた。私の予想に反して、彫刻館には人が大海の大波の様に押し寄せ続け、栄華を極めていた。中で高価な作品が打ち出される度に大歓声が上がり、彫刻館は騒然となる。それを目前で聞く度に、私は胸が高鳴るのを抑えきれなかった。

自分もああなりたい。褒められたいと心が燻り、私は堪え切れなくなって、枕下に隠しておいた紙と金を持って、彫刻館へと走り出した。愛している妻の顔も、労働で得たなけなしの金への思い出も、猪突猛進で進む今の自分にはまるで意味をなさなかった。私は興奮して、すっかり周りが見えなくなっていた。
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