公爵家の次男は北の辺境に帰りたい

あおい林檎

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二章 士官学校

マールのおつかい⑤

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「俺の家に着くまで服の中で財布握っとけよ」

銀貨30枚はマールにとっても大金である。
実家の商店の帳簿では、銀貨どころか金貨が動いていることは知っているが、自分が案内人で稼いでいる額は良くても一日せいぜい銀貨1枚程度だ。
一緒に歩いている世間知らずのアシェがそんな額を持ち歩いているというのは、マールにとっても心臓に悪い。

「家って遠いのか?」

「いや、そんなに離れてない。俺の家は商売やってて、店の上が家なんだ」

先ほど歩いてきた骨董通りを少し戻り、大広場へと続く通りへと抜けた。
広場が近づいてくると、道の脇に露天や屋台が並び始める。道行く人が、アシェの珍しい衣装に目を留めるのを横目で見ながら、マールは人混みから彼を庇うように少し前を歩いた。

「すごい人だな」

広場の近くは人通りがキヴェで一番多い。
かといって、人混みを避けるために裏道に入るとろくな目に遭わないと知っているマールは、大通りを内心緊張しながら通り抜けていた。
キヴェで顔の広いマールの懐を擦る輩はいないはずだが、アシェは見るからに町の外の人間である。

足早に通りを抜けると、マールが時計塔の手前で振り向いた。

「着いたぞ」

「え、ここ?」








マールが足を止めたのは、大広場の正面の時計塔の向かいに建つ建物の前だ。
広場沿いに建つ店舗の中でも群を抜いて豪奢な建物を、アシェは驚いて見上げた。

高級店が並ぶ中でも、一際目立つ店構えである。

「裏口から入るぞ。こっちだ」

ぴかぴかに磨かれた硝子窓から、店内にいる使用人と番頭がマールに気づいて会釈を寄越していた。マールはそれに軽く手をあげて返事をして、店舗の正面口の脇にある扉の鍵を開け、中に入った。
扉の先はすぐに階段になっており、そのまま店舗の上階へと上がる。

裏口とはいえ階段には靴音がしないよう天鵞絨が敷かれ、手すりには真鍮製の凝った装飾が施されており、アシェを驚かせた。

「すごいお店だな。マールはお金持ちなのか?」

マールの家が経営しているのは、高級品を主に扱う総合商店だ。
キヴェの一等地に店を構え、幅広く商いをしており、物心ついてからもマールは衣食住に不自由した覚えはない。

今までも、何回も聞いてきた問いだ。
その度に、彼は苦虫を噛み潰したような、悔しげな顔をしてこう答える。

「お金持ちなのは俺の両親であって、俺じゃない。店がうまくいっているのは、使用人が優秀だからだ」

目利きに天性の才能を持つ父親は、旅先でいつも商売の種を拾ってくる。
ふらふらと旅ばかりしていると批判されることも多い人だが、彼の才能無くしては、この家の商売はここまで大きくならなかっただろう。それゆえ、優秀な番頭や使用人も、父親がどこへ行っていても文句は言わないのだ。
それに比べたら、自身はまだまだだとマールは自己評価をしている。
そして、自身には父親のような才能はないから、違う商売の仕方を考えなければいけないと思っていた。

「俺自身の稼ぎは田舎の村の役人と同じくらいだよ」

マールが18になるまでは、両親との約束でこの家で暮らすことになっている。
おかげで衣食住には金がかからない。
しかし当然小遣いはないから、案内人としての稼ぎがマールの現金収入の全てだ。

「ふーん、そうか。俺もまだ自分の羊を持ってないからな。同じようなものかな」

マールの話をわかっているのかいないのか、アシェはそう言って納得したようにうんうんと頷いた。

「は?」

この話をすると、大抵は恵まれたお坊ちゃんの戯言だの、貧乏人を馬鹿にしているなどと反論され慣れているマールは、アシェの喩えに口をぽかんと開けた。

「お前、いくつなんだ?俺は13だけど、子供なのにそんだけ稼いでれば十分じゃないか?」

続けてそう聞かれて、マールは「12だけど…」と答える。

年齢を聞いてびっくりしたアシェは、まじまじとマールを見てから、真顔で呟いた。

「12歳にしては小さいな。10くらいかと思ってた」

アシェはマールより頭ひとつ分背が高いが、それも同じ歳の子供たちと変わらない平均的な身長だ。
背丈が伸び悩んでいるマールは、その言い様にカチンときて声を荒げて言い返す。

「はぁ?失礼だろ、お前」

「ごめん、ごめん。気にしてたなら謝る」

笑いながら子供をあやす様に宥められて余計に腹を立てたマールだったが、悪気のないアシェの様子に毒気を抜かれて、膨らんだ怒気はあっという間に萎んでいく。
これでは大人げないのは自分の方ではないのかという気がしてきて、マールははぁと溜息をついた。

「もういいよ…とにかく、中に入ろう」

まだ玄関口にいたことを思い出し、客間にアシェを招き入れた。

「変わったものが多いけど、なんか落ち着く部屋だな」

豪華に装飾された階下の店舗に比べ、居宅部分は地味な内装に整えられている。その中に、両親の旅土産の工芸品や珍しい織り物などが品よく並べられていて、不思議と趣味の良い空間にまとまっていた。

マールがお茶を淹れに台所へ行くと、使用人の用意してくれていた昼食のサンドイッチが残っていた。
お茶と一緒に皿ごと持っていき、先ほど女将にもらったチーズを木皿に盛って、少しだけ塩をふった。



「アシェ、お昼食べた?まだなら一緒に食べよう」

アシェも昼食はまだだったから、この申し出を喜んだ。

女将のくれたチーズは水牛のチーズで、アシェがいつも食べている羊のチーズとは違い柔らかい。アシェは初めて食べるクリームのような、もちもちとした食感に驚きの声を上げた。

「この水牛のチーズは、柔らかくてすぐに痛むんだよ。保存食じゃないから、山にはないのかな」

「柔らかいチーズは初めて食べた。これも美味しいな」

チーズを口いっぱい頬張って表情が緩むアシェに、マールの脳裏に犬に餌付けをしている妄想がよぎる。

こんな顔をされたらつい色んなものを食べさせてやりたくなるなと思いながら、マールは全部食べていいよと残りのチーズを笑って差し出した。










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