ワガママで意地悪で、どうしようもなく純愛。

亜衣藍

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sweet time

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 とにかく、達実は不幸にはならないはずだ。

 相手は、九条をしのぐアメリカの大財閥。

 アレンは、まだ23歳と年若いが、アウラ一族の未来の総領だ。

――――と、そこで采はハッと気づいた。

(そうか。つまりあの若造は……オメガをめかけにしてはらませて、自分の跡取りを儲ける気なのかもしれないな。そうでもしないと――――達実はアルファだから、子など到底無理だからな……)

 だが、あの誇り高い達実が、それを知らされて納得するだろうか?

 達実以外に、アレンが女を作るとしたら……。

 プライドを傷付けられて絶望して――――悲しみに涙を流すかもしれない。

 その考えに、采はギリッと奥歯を噛んだ。

(そんなことは、許さんぞ! やはり、あの若造に任せきりにするのは危うい気がする。各書なり念書なり、何らかの法的拘束力のある契約書を用意しないと……)

 達実が悲しむのだけは、絶対に認められない。

 兄として――――そして、達実を愛する者として。


……そう、采は物思いに沈んで、周囲に対する注意が散漫になっていた。


「――と、ちょっと、聞いてる? 采! 」

「っ! 」

 突然、耳元で鳴り響いた声に、采はビクリと肩を震わせた。

「なっ――」

「オレ、さっきからずっと喋ってるじゃん。こっちと、こっち。どっちがイイかって! 」

 すると、目の前に景勝地の写真がプリントされたパンフレットが突きつけられた。

 一瞬、何のことだか分からなくなる。

「これが、どうかしたのか? 」

「だから! 結婚式場と、新婚旅行はどこがいいだろうって、さっきから訊いてるじゃないか」

「あ、ああ……。そうだったな」

 采は、とりあえず相槌を打って、林檎の差し出すパンフレットを手に取った。


 そうして、形だけは一応目を通してから、すぐに林檎へ返す。


「……どっちも良いんじゃないか? お前の好きな場所で構わないぞ」

「え~? でもさぁ、新婚旅行はともかく、式場も海外っていう線も捨てがたいんだよね。ほら、こっちの教会のさ、オーシャンビューとか素敵じゃない? 」

「お前に任せるよ」

 そう言ったところ、林檎は『むぅ』っと膨れた。

「あのさ、二人の大切な結婚式だろう? 二人で選ばないとダメじゃないか」

「――――だから、お前の好きな方でいいと言ってるだろう」

「……オレ一人だけで、ずっと喋ってるばっかりで……采はオレを『番』にするんだろう!? だったら、もっとしっかりと一緒に考えてよねっ」

 林檎は、ややヒステリー気味にそう言った。

 彼にしたら、これは大切な人生の晴れ舞台なのだ。

 だからこそ、自分の家族に対しても采の親族に対しても、誰の目から見ても九条采の唯一無二の『番』として立派な式を挙げたいのだ。

 林檎は、ずっと、オメガの愛人として日陰者の立場だった。

 安価で安心な発情抑制剤が開発されたというのに、その服薬を拒み、ひたすらアルファに寄生しようとする、昔ながらの淫蕩なオメガだと。

(そりゃあ、確かにオレは、知性も教養も何にもない平凡なオメガだよ。だから、愛人業なんかやってたワケだけどさ)

 しかし、今の林檎は……。

「采、オレは……本当に、采の事が好きだよ」

「ああ、ありがとう」

「――――それだけ? 」

「……なんだ? まだなにか言いたいのか? それとも、何か欲しい物でもあるのか? 」

 恵美から長期の休みを言い渡されているが、だからといって決して暇なわけではない。

 日々の株価の変動や持ち株の動向をチェックして、漏れが無いようにとパソコンを注視し常に動きを監視しなければならないのに。

 先程から、そのパソコンの前に差し出されるパンフレットや雑誌の切り抜きを見る事を強要され、正直言ってかなり辟易していた。

 だが、林檎はその態度が気に入らないようだ。
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