ワガママで意地悪で、どうしようもなく純愛。

亜衣藍

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All for lovers

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   ◇

「……この短時間で、よくもまぁこれだけの書面を用意したものだ」

 アレンはテーブルに広げた書類に目を通しながら、少し呆れたような口調でそう言う。

 これに対し、采は隈の浮いた目でギロリと睨み返した。

「大切な弟の立場を護るためだ。当然だろう? 」

「『弟』ねぇ……たしか、タツミの話では、君達は犬猿の仲だったと聞いていたのだが? 」

 これに、采は一瞬言葉に詰まる。

――――確かに、そうだった・・・

 しかしそれは、本来なら達実とは関係のない話なのだ。

 何故なら采は、元々達実とではなく、七海達樹という父親の恋人オメガと確執があった。

 それが様々な紆余曲折を経て、七海が達実の父親・・になったが為に、采の感情がこじれてしまった。

 今に至る軋轢あつれきの元凶が、20年以上前の話にさかのぼるわけだ。



 だがそれは、全て達実が産まれる前の話だ。
 考えてみなくても、それは彼には直接関係のない話であろう。



 それなのに、まるで仇敵を見るように、愚かな自分はいつも達実を睨みつけてしまった。

 その事で、達実がどんなに傷付いたことか――――。

「……全ては、オレの態度が原因でそうなっただけの話だ」

「ほぉ? 」

「犬猿の仲と言われても仕方がないが――いい加減に、オレもそれは改めようと思っている」

 何故なら、理由は簡単だ。

 采は、本心ではずっと、達実のことが可愛いと思っていたのだから。

――――誰もが、達実を一目見るなり「なんて美しい人なんだろう」と口にする。

 雪のように白い肌は艶々と輝き、彫刻家が命を懸けて創造したかのような麗しい容貌は、誰より高貴で美しい。

 けぶるように長い睫は瞬きの度にパサパサと音がしそうだし、ほんのりと色付いた頬やサクランボ色の唇はぽってりとしていて、無条件に吸い付きたくなる。

 あいつと恋人になりたい、友人になりたい、何でもいいからとにかく繋がりを持ちたい。

 誰もが皆、そう願う。

 それが本当に、ムカつく! 腹が立つ!!

 何故なら、その華麗で美しい達実は、この自分の無二の宝石なのだから!

 それなのに、勝手に見るな、触るな!

 話しかけるな!

……そう、達実を前にすると、子供じみた独占欲を掻き立てられてしまう。

 だから采は、達実のことが苦手だった。

 アルファのエリートである筈のこの自分が、達実に係わると、まるで思春期の少年のような有様になってしまう。

 好きな子の気を引きたくて、わざと意地悪をするような、そんなシャイ内気な少年のように。

――――そんなのは、嫌だった。

 それは、達実には責任など無いのだが、采はどうしても逆恨みのような感情を達実へいだいてしまった。

『コイツさえいなければ、オレはこんな風に悩んだりしないのに』

 いつも、真っ直ぐに感情をぶつけてくる達実が、愛しいのに……同じくらい憎かった。

 しかし、今まで二人だけの世界であった筈の居場所に、最大の脅威であるアレン・シン・アウラが現われてしまったことによって状況は激変した。

 アウラといえば、九条よりも上の存在になるアルファの名門一族だ。

 その御曹司が、本気で達実を奪いにかかって来たのだ。

 悔しいが、アウラを前にしては、如何な九条と言えど、正面からは太刀打ちできない程の権力差がある。

 采に対抗できる手段は、『兄』としての立場を強調するくらいしか方法がない。

(こいつに達実を奪われそうになった段階になって、ようやく実感するとはな。…………オレは達実のことが、何よりも大切なんだと……)

 達実を、愛している。

 ずっと前から、好きだった。

 だから今は、達実が誰よりも一番幸せでいられるように、せめて手を打っておきたい。

「――――確認はして頂いたかな? サインをもらったら、アメリカと日本のそれぞれのバース人権機関へこちらから提出する。その他の煩わしい手続きは、こちらの顧問弁護士の事務所で代行する予定だ。もちろん、そちらの弁護士とも相談するが――」

 だが、采のセリフは中断された。

 なんとその書類は、采の目の前で二つに引き裂かれたからだ。

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