ナラズモノ

亜衣藍

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   ◇

「……ねぇ、御堂くん。オレには、さっぱり分からんよ。そんなに嫌いなら、とっととオレの顔なんざ目につかない所へ行きゃあいいのに、どうしてムリしてまでオレの傍に居続けようとした? 嫌いなのに好きって、オレには意味が分からんよ」

 綾瀬の言葉に、聖は肩をすくめて答える。

「そんなのオレだって知らねぇよ。あんたの問題なんだから、自分で考えて答えを出すしかねーだろ。あんた、今いくつだ? 」

「27」

「オレと同じかよ。だったらお互い、まだ先は長ぇだろ。ゆっくり考えて行きゃあいいんじゃねぇのか? 」

「Life is like riding a bicycle. To keep your balance you must keep moving……」

 その英語の呟きに、聖は形のいい眉根を寄せる。

「アインシュタイン? 」

「そう『人生とは自転車のようなものだ。倒れないようにするには、走り続けなければならない』」

 すると、聖もこう返した。

「Happiness depends upon ourselves」

「……アリストテレス? 」

「ご名答」

 意味は『幸せかどうかは、自分次第である』だ。

「あんたの幸せってヤツをこれから探せばいいだけだろう。何がそんなに難しいんだ?」

 尤もな言い分に、綾瀬は苦笑を返す。

「君は本当に、ブリジット・バルドーを地で行ってるね」

〈どの道を選ぶのかより、選んだ道をどう生きるかよ〉

 そう言い切った、まるでフランスの大女優のようだ。

 フンと笑い、聖は口を開く。

「被害届の手続きは、ここを退院したらやってやるよ。オレだって、知ってる奴がオレのせいで人殺しになっちまったら、後味が悪すぎて寝覚めが悪ぃってモンだ」

「――助かるよ。これ以上仕事が増えたら、安心して後進に道を譲れない」

 聖を真っ直ぐに見つめながら、綾瀬は何か吹っ切れたように微笑んだ。

「オレも一段落ついたら色々な道を模索して……ゆっくりと、選んだ道を歩いて行こうと思うよ。……それ、餞別に貰えるかい? 」

 指した指の先には、普段、聖の吸っているタバコの箱があった。

「こんなもんでよければ、やるよ」

「ありがとう。今までタバコなんてリスクの方ばかり考えて手を出したことがなかったんだ。本当は、ずっと興味があったクセにね」

「じゃあな、インテリ野郎」

「ああ」

 そう言うと、綾瀬はタバコの箱を手にして、小さく笑って病室を出て行った。

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