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しおりを挟む◇
九条から連絡を受けた奏は、大急ぎで、居合わせた研究員へ仕事を引き継いだ。
奏の慌てように、他の面々は何事か感じ取ったらしい。
特に余計な詮索もせずに、的確に指示をチェックして工程を確認し、力強く頷く。
「こっちは大丈夫! それより、ちゃんと自分の身体のデータを集計してくれよ」
「分かった。ゴメン、もう行くねっ」
そう言い残し、急いで研究所を後にする。
路上には、九条が手配したハイヤーが停車して奏を待っていた。
直ぐにそれに乗り込み、運転手へ声を掛ける。
「すみません、お願いします! 」
コクリと運転手は頷き、次に車は滑るように走り出した。
そうして奏は、七海の入院する病院へと向かった。
◇
奏と九条が到着する前――――七海とヤンは、静かに対峙していた。
意識の戻った七海へヤンが凶行に及ばないように、ヤンの両脇を、九条の手のものがしっかりと固めている。緊張感が、病室に満ちていた。
その中で、ヤンは終始無言だったが……七海の方が、先に口を開いた。
固まった声帯を震わせながら、途切れとぎれの言葉を漏らす。
「や――ン……わ、た、し――は……」
「――まだ、喋れないでしょう? 無理はしないでください」
ヤンはそう呟くと、隅で待機していた助手を呼び寄せ、何かタブレットのような物とモニターを七海の傍に用意した。
「…………これは、人間の目線を察知して文章化する装置です。『あいうえお』順になっている、この50音ボードの上に目線を合わせると、2秒で文字変換します。何か伝えたい事があれば、これを使ってください」
そう言うと、ヤンはまた能面のような無表情に戻った。
彼は、とっくに覚悟を決めていた。
元々が、ヤンよりはるかに頭のいい七海の事だ。
とっくに、今のこの現状に至った理由と原因、犯人は見当が付いているだろう。
何百回も、その頭部を精密検査したので知っている。
七海は意識が戻らないだけで、脳の方は、何か重篤な障害が残るようなダメージは無い。
意識さえ戻ってリハビリをすれば、無事に手足を動かす事は可能だろう。
姿勢反射障害等の動作障害は、充分克服できる。
ベッドに横たわる七海がいつ目覚めるのかと怯え、次に、このまま七海は目覚めないかもと恐怖し、ヤンの精神はこの4年で疲弊した。
――――誰も、そんなヤンの心情は分からないだろうが。
ヤンは、人を使って七海を暴行させ、美しい彼の全てを壊そうとした。
九条が決して、自分には振り向いてくれない事。
どんなに努力しても、自分は七海の引き立て役にしかならない事。
血反吐を吐くほど頑張っても、願ったものは何一つとして絶対に手に入らない事……。
それら全てを知っているから、ヤンはあのような凶行に及んだ。
「…………七海、利口な君の事だ。数年ぶりの目覚めでも、もうこの現状を君は理解しているでしょう? 私に言いたい事があるのではないですか? 」
恨んでいるだろう。呪っているだろう。
それとも、怒りに湧き立つか。
お前など死んでしまえと罵られるか?
この偽善者め、今すぐ出頭しろと言われるか?
「何でもおっしゃってください……私は、もう…………抵抗しません」
ヤンは、七海の断罪の言葉を静かに待った。
ピンと張りつめた空気の中、機械で合成された『声』が鳴った。
「ヤン、キミヲオイツメタコトハ、オレノ、ツミダ」
「――!? 」
覚悟していたのとは違う音声に、ヤンは目を見張る。
ヤンの周囲を固めている看護師や医師も、驚いた表情を見せた。
さもありならん、彼等は九条から派遣された者達で、既にヤンの蛮行を知っている。
その上で、脳外科の名医でもあるヤンのサポートをしつつ、その動向も監視しろと、九条から強く言い渡されていたのだ。
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