インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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「何だ、覚えていないのか? ずっと握り締めていたんぞ? 離すのに一苦労したのに」

 その指摘に、おぼろげな記憶が蘇って来た。

 フェロモン成分を調べるから離せと言われ、嫌だといい――あれ、何だか無我夢中で暴れたような記憶も……?

 七海を見ると、白磁のような頬に爪で引っ掻かれたような痕がある。

 それは、もしや自分が――?

「す、すみませんっ! 僕、何て事を!! 」

「ハハハ、気にするな。極限状態だったからな、仕方がないさ」

 七海は笑って言うと、次に真顔になって奏を見つめた。

「お前は、青柳正嘉によって番の上書きをされた。そしてマーキングされてしまったお前は、誰より正嘉のフェロモンに反応してしまったんだ。これは、奏だけではなく全てのオメガに共通する現象だね。番になったオメガは、完全にアルファに身も心も支配されてしまう。だから、正嘉の持ち物であったハンカチに、奏は無意識に強く固執してしまったのさ」

「…………はい……」

「だが、ここからが違う」

 と、七海はタブレットを取り出した。そこには、何やらデータの推移が記してある。

「これは、奏の神経伝達物質の推移を纏めた物だ。これがドーパミン、これがオキシトシン……と、他の主要な物質データだ。分かるね? 」

「はい。これがエストロゲン、セロトニン、アドレナリンですね」

「そうそう、で、これが対比サンプルとして用意した推移グラフだけど……ね、並べると違うだろう? 」

 そう言うと、七海はサンプルと奏のデータを比べて見せる。

 確かに、奏の方は途中まで神経伝達物質の乱高下が激しかったが、ある一定の場所から穏やかにグラフは落ち着いている。対して、サンプルの方は変わらず乱高下が激しい。

 この違いは……?

 すると、奏の疑問に答えるように、七海は説明を始めた。

「片方は、アルファの番にされたオメガの平均データだ。ご覧の通り、奏も途中までは一緒だ。だが、この地点から奏の方は落ち着いている」

「はい、そのようですね……」




「奏が落ち着いた原因は――――それは、正嘉のハンカチから離した所為・・・・・・だよ」



「えっ」

「そして今、渡したハンカチにも――――奏は反応が薄い。つまり、ある一定の時間を空けたら、神経伝達物質は番のフェロモンにも過敏に反応を示さないという事だね」

 何やら緊張した面持ちでハンカチを渡した理由は、どうやら奏の反応を見定める為であったらしい。

 奏はハンカチに視線を落とすが……確かに、今は何も感じない。

 もしこれを捨てろと言われたら、何の反発も覚えずに直ぐに手放すだろう。

 少し前まで確かに感じていた、激しい執着心は微塵もない。

「奏は覚えていないようだけど、この部屋のベッドに奏を寝かしつけて、30分ほど経ってから様子を見に来たら――なんとお前はここで『巣作り』をしていたんだよ」

「『巣』ですか!? 」

「そうさ。我々は『人鳥』とも呼ばれる所以はそこにあるんだが……ハンカチを握り締めて、シーツや毛布を曲輪状にしていたよ。だから、フェロモン成分濃度と反応を調べたくて、そのハンカチを強奪させてもらった」

 少々引っ掻かれたけどね、と、七海は笑いながら続ける。

「巣を作って精神を安定させようとするのは、決して悪い事じゃない。むしろ胎教にも良い事だから、推奨したいところだけど――――奏のそれは少々暴走気味だったからね。落ち着いてくれてよかったよ」

「す、すみません……」

 奏は居たたまれない気分で身を縮こませながら、気になった事を口に出してみる。

「あの、七海先輩――――先程仰った事とグラフの変化を考えるに……つまり僕は、普通のオメガと一線を画す状態にあるという事ですか? 」

「そういう事だ」

 七海は頷くと、次に奏が作り出した新薬に関するデータへと目を落とした。

 そうして、おもむろに口を開く。

「――――この新薬は、ほぼ完成とみて間違いない」

「えっ」

オメガは、アルファ正嘉の支配を受けていないという事だ。項を噛まれてしまったのは災難だったが、それも無効化できるだろう。おめでとう、奏」


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