インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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 すると、こちらの会話が聞こえていたのだろう。

 奏の行動について何処かと連絡を取ろうとしてか、いつの間にか監視は姿を消していた。

 この研究所の内部では、機密漏洩防止のためにスマホや携帯電話は使用不可なのだ。

 そうなると、いったん外へ出なければ私用電話はできない。

 監視の姿が消えたという事は、つまりそういうことだろう。

(よし……このまま僕が九条邸に向かっても、不自然じゃないな)

 監視を撒いて姿をくらますのもいいが、そうなると研究所の皆に迷惑が掛るかもしれない。ある程度、こうして行く先を匂わせるのは必要だろう。

 しかし、監視にピタリと九条邸まで付いてこられて、七海との会話まで聞かれるのはマズい。

 監視の目が緩んだ、今がチャンスだ。

「君、今日はスクーターで来たって言ってたね? 」

「え? ああ、はい」

「悪いけど、直ぐ貸して欲しい! 急いで行かないとダメな用事を思い出したんだ。引継ぎはもう終わっているけど、何か急用があったら連絡して」

「それは構わないですけど……」

 スクーターの鍵を奏に差し出しながら、相手は気に掛けるように見つめる。

「リーダー……本当に顔色が悪いですよ? スクーターなんて大丈夫なんですか? 番から、運転手付きの車を手配されているんでしょう? 黙って世話になればいいじゃないですか」

「そんなの、ただの迷惑だよ。僕は何度も断ったんだ」

「でも……」

「さっきまで壁にいた彼が戻ってきても、相手にしなくていいよ」

 吐き捨てるように言いながら、スクーターの鍵とカバンを手に急いで部屋を後にしようとする奏へ、戸惑いながら相手は口を開いた。

「でも、リーダーの番の相手はアルファの資産家だし……ちゃんと番としての義務を全うして、何不自由なくリーダーの面倒を見ると言っているんでしょう? この際、変に意地を張らないで素直に頼った方が良いと思いますが……」

「――」

 その言葉に、自分は周囲から変な意地を張っていると思われているのかと、奏は軽くショックを受ける。

 そんな奏に、後輩は続けて諭すように言う。

「もちろん、お気持ちは分かりますよ。リーダーはオメガであるにも関わらず、アルファに劣らない程の学位を修めて、博士号だって幾つも持っていて、研究所の新薬開発チームのリーダーだってしている。……御立派です。それなのに、アルファに振り回され干渉されるなんて、気分が悪いだろうなって察します」

 そこで「でも」と、更に言い募る。

「……我々オメガは、アルファやベータに頼らなければ、普通に生活も儘ならない種族だという現実は本当の事です。オメガが独りで頑張っても、世間では就職する事も難しいのが現実だ」

 このセリフに、奏はムッとする。

「でも、僕達はこうやって国立の研究所に……」

 反論しかけた奏に向かい、相手は首を振って答えた。

「――オレたちにはハッキリと格差があります。リーダーだって、アルファやベータの研究員と比べると、かなり薄給でしょう? 」

「…………研究者なんて、皆そうだよ……」

「これなら海外の方がマシだと言って、渡航した仲間オメガも多いです。日本は世界と比較すると、かなり閉鎖的な考えから脱していません」

“オメガは一人では満足に何も出来ない可哀想な種族だから、アルファとベータがこれを庇護しなければならない”

 表面だけ見ると、まるで慈しみと友愛を促す標語のようだが、実際は違う。

 それはつまり、オメガはアルファやベータの言いなりになって、細々と縮こまって生きろと言っているようなものだ。

「……それでもこの国に残るというなら、ある程度の閉鎖的な考えは受け入れないとやっていけません」

「僕は……」

「それに、それは何も悪い事ばかりじゃないとオレは思います。番になったオメガの生活を必ず保障するという法律が、この国では整備されているんですから――――今は屈辱かもしれませんが、将来的に考えると、閉鎖的な日本社会の考えも決して悪い事ばかりではありませんよ」

 これに、奏は反論せずにはいられない。

 足を止め、キッと目を見て言い返す。

「だからって、僕は、アルファの言い成りになるなんて嫌だよ。アルファに項を噛まれたら強制的に番にされるなんて奴隷と同じじゃないか。それに、将来的っていうなら……手切れ金だけ押し付けられて、子供を奪われるという未来も起こり得るんだ」

 今の奏は、それが最も恐ろしい。

 恋愛のような甘いイベントは、もう諦めることにした。

 期待しても、どうせまた裏切られるのが関の山だ。

 でも、やっとの思いで着床に成功した、このお腹の新しい命だけは手放したくない。

 もう奏には、他は何もいらない!

「……それじゃあ、スクーター借りるねっ」

 そう言い残し、部屋を出る奏の背中へ、また声が投げ掛けられた。

「リーダー! そんな事を言っても……新しく番になったのは『運命の番』だったんでしょう!? その事実を受け入れて、運命に従った方がラクじゃないですか! 」

 これに、奏は肩越しに言い返す。



「僕はもう、番なんか二度と愛さないと決めたんだ! 」



 この身体も、心も、もう誰の好きにもさせない。

――運命に抗う道を、奏は悲壮な決意を以って選択していたのだった。

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