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しおりを挟む最後に残っていた売買契約書の書面を交わし、数回にわたって行った正規の手続きを終える。公認会計士も立ち合い、法的にも何ら問題は無いと確認し、これで終了だ。
その間、個人的な会話は一切無かった。
――――ここは、『AOYANAGI・realtor』の応接間である。
そう、正嘉がオーナーを務める不動産会社だ。
正嘉の前には、強張った顔のまま書面を見つめる栄太と、その部下の吉川が座っていた。
緊迫した雰囲気の中、正嘉はおもむろに口を開く。
「……これで、契約は成立した。あとは、仮押さえになっていた駅開発を取り戻せるかどうかは、そちらの手腕次第だ。こちらは今後一切干渉しない」
「感謝します」
目を合わせずに、慇懃無礼に礼を言う栄太。
そして、噛み付くような視線でこちらを睨んでいる吉川。
そんな目の前の二人を交互に見遣りながら、正嘉は表情を変えずに問う。
「馬淵栄太。お前は本当に、会社の存続に何より熱心のようだな。先日も、まさか本当にその日の内に直参するとは……正直に言うと、オレは半信半疑だった」
だがこれに、カッとなって反論したのは栄太の部下の吉川だった。
「それは、そうしなければ土地を棚上げにすると、あなたが脅したせいじゃないか! そのくせ、何時間も待たせておいて――」
「吉川! 」
鋭い栄太の声に、吉川は悔しそうな表情になる。
「し、しかし……社長は、番まで取られて……」
すると、その様子を睥睨していた正嘉がフッと笑った。
「それは逆だ。結城奏はオレの運命の番だったのに、お前の方が横入りしたに過ぎない。だが、今回だけは特別に情けを掛けて、お前らが取得に焦っていた青柳の土地を譲渡してやることにしたんだ。こうして、借地権も放棄してな」
それは、馬淵コーポレーションとしては朗報以外の何ものでもない。会社創立以来の純利益は確定したようなものだ。
「オレは、感謝されることはあっても、恨まれる覚えはない」
不遜な正嘉の言葉に、栄太は何とか怒りを堪える。
栄太の方こそ、それこそ正直に言わせてもらうと、自分の目の前に座る正嘉を殴り倒したいと思っている。
よくも奏に手を出したなと、ツンと澄ましたその顔に、拳を何度も叩き込みたい。
そして二度と栄太に歯向かわぬように、泣きが入るまで、徹底的に制裁を下したいと何度思った事か!
今の栄太はずっと、その衝動と戦っている状態だった。
(クソッ! 親の財産のおかげで偉そうにふんぞり返っているこんな若造、いますぐぶん殴ってやりてぇのに! )
――――だが、そんな事は許されない。
もちろん、栄太が会社の代表という立場もある。
今回の土地取得が叶わなければ、馬淵コーポレーションは大打撃を受けていたのは間違いない。
正嘉に感謝しろと言われたら、こちらは素直に首を垂れるしかないだろう。
しかし、それ以前に――――正嘉の指摘した『奏はオレの運命の番だったのに、お前の方が横入りした』というセリフが、重く栄太に圧し掛かっていた。
それが事実だという自覚が、栄太にはあったのだ。
それ故、栄太は怒りのままに行動する事は出来なかった。
栄太は、この5年ものあいだ、発情期の度に奏を抱いた。
しかし、その夢うつつの状態にある奏の口から洩れる名前は、いつも『正嘉さま』だった。身体を蕩けさせ、欲望に嬌声を上げ、喉を仰け反らせて呼ぶ名はいつも同じだ。
奏は栄太の名など、一度も呼んだ事など無い。
平素に戻った奏本人は全く記憶がないようだが、その純真な心には、深く強く『運命の番』の存在が根を張っているのは間違いないだろう。
それなのに、栄太はそれを秘密にして、先日までずっと奏には教えなかった。
理由は…………どうしようもなく、不安だったからだ。
もしも、それを知らせて――――また奏が運命を自覚してしまったら、本当にもう二度と、奏は栄太とは抱き合ってくれぬだろうと恐れた所為だった。
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