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しおりを挟む傷心の七海を慰めて、甲斐甲斐しくあれこれと世話をしようとしていた奏であるが、そうそう長居は出来なかった。
「――結城さん、そろそろ御退出願います」
不意に、そう声を掛けられたからだ。
ビクッとして驚いて振り返ると、制止しようとしている九条家のメイドを押しやるように、厳つい男が勝手に部屋へと足を踏み入れて来るところだった。
この男には、見覚えがある。
そう、正嘉の命令で、奏に付けられていたボディガードの男だ。
「なっ――ど、どうして……」
「私の仕事はあなたの警護と監視です。このくらいで撒けるとお思いですか? 」
そう言うと、男は不機嫌な様子を隠さず、ズカズカと近寄って奏の腕を取った。
「さぁ、帰りますよ」
「ぼ、僕はまだ用事があるんだ。それに、今日はここに泊まらせてもうつもりだから、君だけ先に――」
「そういう訳には、いきません。我が儘は言わないで頂きたい」
慇懃無礼な男に、奏は負けじと踏ん張る。
「僕には、自由に行動する権利がある! 僕は正嘉さまの奴隷じゃないぞっ」
すると、にべもなく相手は答えた。
「番のアルファの命令は絶対です。あなたがアルファならともかく、オメガである以上は、その命令に従う義務があります」
「…………そんな時代錯誤な考えは、もう欧米では通じないぞ。オメガの地位は、アルファやベータと同等だと、法令でも――」
「ここは日本です」
ピシャリと言うと、男は強引に奏の腕を引いた。
抗えない力に、奏は無理に引き立てられる。
「い――や、だって……」
「さぁ、参りましょう。ここに泊まりたいならば、まずはご主人様にお話をして許可を頂いてください」
男は口調は丁寧だが、力加減をする気はないようだ。
ギリギリと、万力で締め上げるような手の力に、奏の腕が軋む。
「う……」
「奏っ! 」
その様子に、七海は鋭い声を上げた。
「やめろ! ここはオレの屋敷だぞ!! この屋敷の中での無体は許さない! 」
そして七海は、立ち竦んでいるメイドへ向かい、すぐさま九条の警護の者を呼べと命令をした。
だが、奏を連れて行こうとしている男には、大義名分がある。
「この方は、青柳正嘉さまの番です。ですからこの方の身柄の所有権は、主人の正嘉さまにあります。なので、私はこの方を連れて行く権利があります。主人の命令は絶対ですので、私はそれに従うまでです」
「なに――」
七海は青白い顔で、それでも声を絞り出すようにして奏を擁護しようとするが、
「逆らうのであれば、警察に通報します」
男がそう言い切ると、七海は悔しそうにクッと唇を噛んだ。
奏も、まさかそんな事を言われるとは思っていなかったので、慌てて抵抗を止める。
「わかった、行くから! 七海先輩を困らせないで!! 」
そう言うと、奏は車椅子の七海へと眼差しを注ぐ。
「す、すみません、先輩……僕の所為で、急にこんな……バタバタとお騒がせして――」
「奏……お前、身体は大丈夫なのか……? 」
奏は、決して良いとは言えない顔色だ。
彼も受胎したばかりで、まだ安定期になど入っていないのだ。
しかも、あんな無理な状況で…………。
七海は心配になって、奏に手を伸ばす。
だが、その手は届かなかった。
「さぁ、行きますよ」
そう言うと、有無も言わさぬ力で、男は奏を連れて行った。
「奏――! 」
その声にチラリと肩越しに振り返ると、奏は『あとで連絡します』と唇を動かした。
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