インチキで破廉恥で、途方もなく純情。

亜衣藍

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   ◇

 正嘉はあの日、奏を青柳邸へ連れて行くと言ったが、結果として行き先は変更されていた。

 奏の住居と定めたのは青柳の本宅ではなく、奏が勤めている研究所から最も近い場所にあった、正嘉個人が所有していたマンションであった。

 それは、九条邸から連れ出され、青柳の本宅へと向かう道中、奏が絶対にこのまま研究を続けたいと強固に言い張ったのが原因である。

 実際問題として、青柳の本宅と、研究所では結構な距離がある。

 行き来するには、いささか不便だ。

 だから正嘉はその意を汲んで、本宅へと考えていたプランを急遽変更し、近場のマンションの方へと奏の住居を定めたのである。

 本当に傍若無人な男ならば、奏の言い分など無視して――――それこそ、座敷牢に閉じ込めるように、屋敷の奥深くへと奏を封じ込めていただろう。


 正嘉の父親が、オメガ男体であった正嘉の母親にしたように。


 しかし、正嘉はそうはしなかった。

 正嘉は強引ではあったが、傍若無人という程に対してひどい振る舞いをするつもりはないらしく、目に涙を浮かべて『絶対に研究は続けますから! 』と言い張る彼に譲歩した。

 立て続けに我が身に起きる激動に気が昂っていた奏はそれ・・・を深く考える余裕はなかったが、冷静になって俯瞰的に見てみれば、正嘉がじつは奏の意思をそれなりに尊重して譲歩し、意外にも気を配ってくれたことに気付いたかもしれない。

 だが奏は、必死の思いで栄太を我が身に受け入れて受胎したにもかかわらず、その栄太に別れを告げられてしまったことに動転していた。

 非常に、ショックを受けていた。

 だから、突如現れて奏を攫うように九条邸から連れ出した正嘉に対しても、そうそう好意的に思考を巡らせる余裕などなかった。

 ただただ、自分なりに覚悟を決めて実行した事共が、全て否定された事実に打ちひしがれていた。

(正嘉さまが、僕に『番の上書き』をしなければ――栄太さんだって、僕の事を捨てようなんてしなかった筈なのに)

 自分の事を愛していると言ってくれた男の為に、自分も同じくらいの愛を返そうと気持ちを決めたばかりだったのに、全部が無駄になってしまった。

 腹の子の父親は――……まだどちらなのかは判別がつかないが、奏の子であるならば、父親が誰だろうと変わらぬ愛情を注いでくれると思っていたのに。

 それも全て、奏の勝手な思い込みだった。

 栄太は、奏から別れの言葉を言うよう仕向けて、それが叶うとホッとしていた。

 悲し気に――――だが、冷たく去って行った栄太の後ろ姿が忘れられない。

 その瞬間に、奏の中で、完全に栄太に対する気持ちは切れた。

『さようなら』と、奏は心の中で別離を告げていた。

――――だが、だからと言ってそう簡単に「次は正嘉さま」とは切り替えられない。

 元々、こうなった元凶は正嘉にこそあるのだから。

 これまで、あれだけ奏を拒絶しておいて……いや、拒絶どころではない。

 奏の事は、今まで正嘉の意識の端にも一切無かったであろう。

 それなのに、奏なりに新しい道を歩もうとした矢先に突然出現し、一方的に邪魔をされた事に激しい憤りを感じる。

 こんな状況で、愛だの恋だの……ましてや『番』などと冗談ではないと思う。

 そんなものは、もう願い下げだ!

 研究所のオメガ仲間達は、奏に、裕福なアルファの番が現われた事を羨んだり祝福したりしていたが、当の本人にとっては忌々しいの一言だ。

 勝手に研究所へ『いつも番の結城奏がお世話になっております。皆様でどうぞ』と差し入れをもたらされた時も、怒りで目が眩みそうになった。

 奏だけを置き去りにして、仲間達の、正嘉に対する評価がうなぎ登りなのが腹立たしくて仕方がない。

 度重なるストレスで、奏の体調もどんどん悪くなる一方だ。

 今も奏は、真っ白な顔に苦悶の表情を浮かべて、車の後部座席に身を預けていた。

(ああ、僕がもっとしっかりしないと……自分の事よりも先に、七海先輩の力になってあげなきゃ……)

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