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(こんな時に誘えるような遊び相手も、オレにはいねぇからな――)
違う意味の遊び相手ならば、声を掛ければ幾らでも駆け付けて来るだろうが。しかしそれも、相手を調子付かせる予感がして気が進まない。
何とも言えない気分になって嘆息したところ、背後から声が掛けられた。
「まってくれ!」
振り返ると、そこにはあの加賀誉が息を切りながら立っていた。
誉はハァハァと荒い息を吐きながら、必死の形相で聖を見つめる。
「悪かった! あんたは関係無いってのに、八つ当たりをしちまった。謝らせてくれ」
深々と頭を下げる誉に、聖は素っ気ない声を掛ける。
「気にするな。お前に実力があれば、そこから伸し上げればいいだけの話だ。ウチは実力主義だからな」
だが誉は、何か他に言いたいらしい。
もじもじとした様子で、紙袋を差し出した。
「あんた、腹が減ってたんだろう? これ、急いで作ったんだ。ちょうどオレは上がる時間だったから、厨房を借りて作った。訳を話したら、マスターも、ちゃんと詫びてこいって……」
自分の事務所の社長に水をぶっ掛けるという暴挙に及んだのだ。
今後、養成所で恙無く過ごしていく為には、今一度キッチリと謝罪するべきだろうと判断したのだろう。
「【禁忌】のオーディションの為に、身体を作ったと言っていたな?」
「え? あ、はい、そうです。役がボクサーだったので、体重を落としつつ筋肉も付けて――」
確かに、誉はいい身体をしていた。
瑞々しく、逞しく、凛々しい。
まるで、立ったばかりの、若々しい野生の狼のようだ。
「お前、歳は?」
「二十五、です」
「本当に若いな……」
ここのところ、ずっとジジイの相手ばかりでうんざりしていた。
年寄りは、とにかく終わるまでが長くてたまったものではない。
中には、年齢的に自分が勃たないものだから、代わりに親族の男を用意して宛がってきた者もいた。
まったく、歳を取っても欲望だけは健在なものだから、その分、余計にねちっこいというか、しつこいというか――――とにかく疲れた。
それらを思い出して溜め息をついたところ、誉はピクリと肩を揺らした。
「やっぱり、オレはクビか?」
「ん?」
「でも、本当に役者になりたいんだ。だからオーディションだけは受けさせてほしい」
誉は、不正が無ければ、確実に自分は次のオーディションへ進むのだと思っているようだ。大胆なくらい自信あふれるその様子が、聖の琴線に触れる。
――――こういう男は、嫌いじゃない。
「……このあと、予定はあるのか?」
するりと、そう言葉が出ていた。
誉は目をぱちくりしながら、首を振る。
「いいや。今日はもう終わりだ」
「そうか――」
目を細めて、聖は誉に微笑みかける。
「それじゃあ、その紙袋を持って付いて来い。オレの家は、この近くだ」
そう告げると、あとはもう後ろも見ずに、聖は歩き出した。
少しだけ戸惑ったあと、誉はゴクリと喉を鳴らし、その後を追った。
違う意味の遊び相手ならば、声を掛ければ幾らでも駆け付けて来るだろうが。しかしそれも、相手を調子付かせる予感がして気が進まない。
何とも言えない気分になって嘆息したところ、背後から声が掛けられた。
「まってくれ!」
振り返ると、そこにはあの加賀誉が息を切りながら立っていた。
誉はハァハァと荒い息を吐きながら、必死の形相で聖を見つめる。
「悪かった! あんたは関係無いってのに、八つ当たりをしちまった。謝らせてくれ」
深々と頭を下げる誉に、聖は素っ気ない声を掛ける。
「気にするな。お前に実力があれば、そこから伸し上げればいいだけの話だ。ウチは実力主義だからな」
だが誉は、何か他に言いたいらしい。
もじもじとした様子で、紙袋を差し出した。
「あんた、腹が減ってたんだろう? これ、急いで作ったんだ。ちょうどオレは上がる時間だったから、厨房を借りて作った。訳を話したら、マスターも、ちゃんと詫びてこいって……」
自分の事務所の社長に水をぶっ掛けるという暴挙に及んだのだ。
今後、養成所で恙無く過ごしていく為には、今一度キッチリと謝罪するべきだろうと判断したのだろう。
「【禁忌】のオーディションの為に、身体を作ったと言っていたな?」
「え? あ、はい、そうです。役がボクサーだったので、体重を落としつつ筋肉も付けて――」
確かに、誉はいい身体をしていた。
瑞々しく、逞しく、凛々しい。
まるで、立ったばかりの、若々しい野生の狼のようだ。
「お前、歳は?」
「二十五、です」
「本当に若いな……」
ここのところ、ずっとジジイの相手ばかりでうんざりしていた。
年寄りは、とにかく終わるまでが長くてたまったものではない。
中には、年齢的に自分が勃たないものだから、代わりに親族の男を用意して宛がってきた者もいた。
まったく、歳を取っても欲望だけは健在なものだから、その分、余計にねちっこいというか、しつこいというか――――とにかく疲れた。
それらを思い出して溜め息をついたところ、誉はピクリと肩を揺らした。
「やっぱり、オレはクビか?」
「ん?」
「でも、本当に役者になりたいんだ。だからオーディションだけは受けさせてほしい」
誉は、不正が無ければ、確実に自分は次のオーディションへ進むのだと思っているようだ。大胆なくらい自信あふれるその様子が、聖の琴線に触れる。
――――こういう男は、嫌いじゃない。
「……このあと、予定はあるのか?」
するりと、そう言葉が出ていた。
誉は目をぱちくりしながら、首を振る。
「いいや。今日はもう終わりだ」
「そうか――」
目を細めて、聖は誉に微笑みかける。
「それじゃあ、その紙袋を持って付いて来い。オレの家は、この近くだ」
そう告げると、あとはもう後ろも見ずに、聖は歩き出した。
少しだけ戸惑ったあと、誉はゴクリと喉を鳴らし、その後を追った。
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