彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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(こんな時に誘えるような遊び相手も、オレにはいねぇからな――)

 違う意味の遊び相手・・・・・ならば、声を掛ければ幾らでも駆け付けて来るだろうが。しかしそれも、相手を調子付かせる予感がして気が進まない。

 何とも言えない気分になって嘆息したところ、背後から声が掛けられた。

「まってくれ!」

 振り返ると、そこにはあの加賀誉が息を切りながら立っていた。

 誉はハァハァと荒い息を吐きながら、必死の形相で聖を見つめる。

「悪かった! あんたは関係無いってのに、八つ当たりをしちまった。謝らせてくれ」

 深々と頭を下げる誉に、聖は素っ気ない声を掛ける。

「気にするな。お前に実力があれば、そこから伸し上げればいいだけの話だ。ウチは実力主義だからな」

 だが誉は、何か他に言いたいらしい。

 もじもじとした様子で、紙袋を差し出した。

「あんた、腹が減ってたんだろう? これ、急いで作ったんだ。ちょうどオレは上がる時間だったから、厨房を借りて作った。訳を話したら、マスターも、ちゃんと詫びてこいって……」

 自分の事務所の社長に水をぶっ掛けるという暴挙に及んだのだ。

 今後、養成所で恙無つつがなく過ごしていく為には、今一度キッチリと謝罪するべきだろうと判断したのだろう。

「【禁忌】のオーディションの為に、身体を作ったと言っていたな?」

「え? あ、はい、そうです。役がボクサーだったので、体重を落としつつ筋肉も付けて――」

 確かに、誉はいい身体をしていた。

 瑞々しく、逞しく、凛々しい。

 まるで、立ったばかりの、若々しい野生の狼のようだ。

「お前、歳は?」

「二十五、です」

「本当に若いな……」

 ここのところ、ずっとジジイの相手ばかりでうんざりしていた。

 年寄りは、とにかく終わるまでが長くてたまったものではない。

 中には、年齢的に自分が勃たないものだから、代わりに親族の男を用意して宛がってきた者もいた。

 まったく、歳を取っても欲望だけは健在なものだから、その分、余計にねちっこいというか、しつこいというか――――とにかく疲れた。

 それらを思い出して溜め息をついたところ、誉はピクリと肩を揺らした。

「やっぱり、オレはクビか?」

「ん?」

「でも、本当に役者になりたいんだ。だからオーディションだけは受けさせてほしい」

 誉は、不正が無ければ、確実に自分は次のオーディションへ進むのだと思っているようだ。大胆なくらい自信あふれるその様子が、聖の琴線きんせんに触れる。


――――こういう男は、嫌いじゃない。


「……このあと、予定はあるのか?」

 するりと、そう言葉が出ていた。

 誉は目をぱちくりしながら、首を振る。

「いいや。今日はもう終わりだ」

「そうか――」

 目を細めて、聖は誉に微笑みかける。

「それじゃあ、その紙袋を持って付いて来い。オレの家は、この近くだ」

 そう告げると、あとはもう後ろも見ずに、聖は歩き出した。

 少しだけ戸惑ったあと、誉はゴクリと喉を鳴らし、その後を追った。


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