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Dark clouds
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(本気になったら、間違いなく傷つくのは、きっと……)
頭を振り、聖はそれ以上考えるのを止めた。
「さて、どうするか――」
時間を確認すると、まだ9時前だ。
このまま一人きりのマンションに帰るのも、何だか味気ないような気がする。
「誉は、今は舞台稽古か……」
ジュピタープロ主催の舞台なら、今は『新約・東方見聞録』か『刀剣演武』の準備期間のハズだ。そして誉は役者の卵として、ジュピタープロの養成所に通っている。
『禁忌』のオーディションに選出されたこと考えても、次代を担う期待の新人だろう。
そう考えると、きっと、二つの内のどちらかに係わっている可能性が高い。
(依怙贔屓は無しって事で、あえて詳しい経歴に目は通してなかったからな。さて、どっちの方か――)
少しだけ迷ったのち、聖はタクシーを止めた。
◇
「ねぇ、今日こそ付き合いなよ! たっくんもミムラも来るって言ってるよ」
そう言いながら背中にぴったりくっ付いてくる女友達に、誉は困ったように眉根を寄せる。
「わりぃ。オレ、これからバイトなんだよ」
「最近付き合い悪い! 芝居の話もして交流しないと、横の繋がり出来ないよっ」
「そりゃあ、そうだけど――」
稽古終わり。
三々五々散って行く仲間達に混じって、誉は次の行動に移るのに迷っていた。
ここのところ、仲間との付き合いを無視してもっぱら年上の恋人とばかり会っている。
最近まで、芝居の事を熱心に語って仲間と団結していたというのに、いま誉が執心しているのは、その恋人のことばっかりだ。
女友達の真由香はそんな誉の変化を敏感に感じ取っているのか、執拗に引き留める。
「ちょっとだけ! すぐそこだし! 顔だけでも出して行かないと怒るよー」
真由香は誉の腕に絡まって、放漫な胸をそれとなく押し付ける。
女独特の柔らかい肉の感触に、誉は少し戸惑う。
「おい、胸。当たってるぞ」
「やだぁ、誉のえっちぃ」
そう言うと、真由香は腕を離すどころか更に絡まってきた。
真由香が自分に好意を持っている事は知っているので、誉もあまり無下には出来ない。
それに、実のところ彼女とは何度か寝た事もある仲だ。
それ故、冷たく突き放すのも躊躇われた。
「あのな、今日はマジでバイトあるし。もしかしたら、常連さんも――来てるかもしれないし。だから勘弁してくれよ」
「ねぇ、誉――あのね。あたし、あんたに言わなきゃならない事があるんだ」
彼女は誉のセリフを無視するように腕を伸ばすと、首にぶら下がるようにして唇を寄せてきた。
そうして、とんでもない爆弾発言を投下したのだ。
「あたし、妊娠したっぽいんだよね」
その瞬間――誉の思考は停止する。
「え……」
「でも舞台あるし。あんたはこれから映画の最終オーディションだし。だからあたし、千秋楽までは何とか頑張って――そのあとは休暇を取って、一人で産もうと思ってるんだ。いったん……そうだね、二年くらい実家に帰ってさ」
「真由香――本当か?」
「こんな悪趣味な嘘つかないよ。本当。でも、タイミングが悪かったよね……」
これからスターダムに伸し上がるチャンスが、誉に到来している。
ここで、同じ劇団員との間に妊娠が分かったとなると疵が付きかねない。
オーディションも、きっと落とされるだろう。
真由香はまだ知名度もない駆け出しの新人なのでそれほど弊害は無いだろうが、誉の方はそうは行かない。その事を考えて、彼女は無理に笑った。
「あんたに迷惑はかけないよ。だけど一応、報告だけはしておこうと思ってさ」
健気に笑う真由香に、誉の心は揺れた。
頭を振り、聖はそれ以上考えるのを止めた。
「さて、どうするか――」
時間を確認すると、まだ9時前だ。
このまま一人きりのマンションに帰るのも、何だか味気ないような気がする。
「誉は、今は舞台稽古か……」
ジュピタープロ主催の舞台なら、今は『新約・東方見聞録』か『刀剣演武』の準備期間のハズだ。そして誉は役者の卵として、ジュピタープロの養成所に通っている。
『禁忌』のオーディションに選出されたこと考えても、次代を担う期待の新人だろう。
そう考えると、きっと、二つの内のどちらかに係わっている可能性が高い。
(依怙贔屓は無しって事で、あえて詳しい経歴に目は通してなかったからな。さて、どっちの方か――)
少しだけ迷ったのち、聖はタクシーを止めた。
◇
「ねぇ、今日こそ付き合いなよ! たっくんもミムラも来るって言ってるよ」
そう言いながら背中にぴったりくっ付いてくる女友達に、誉は困ったように眉根を寄せる。
「わりぃ。オレ、これからバイトなんだよ」
「最近付き合い悪い! 芝居の話もして交流しないと、横の繋がり出来ないよっ」
「そりゃあ、そうだけど――」
稽古終わり。
三々五々散って行く仲間達に混じって、誉は次の行動に移るのに迷っていた。
ここのところ、仲間との付き合いを無視してもっぱら年上の恋人とばかり会っている。
最近まで、芝居の事を熱心に語って仲間と団結していたというのに、いま誉が執心しているのは、その恋人のことばっかりだ。
女友達の真由香はそんな誉の変化を敏感に感じ取っているのか、執拗に引き留める。
「ちょっとだけ! すぐそこだし! 顔だけでも出して行かないと怒るよー」
真由香は誉の腕に絡まって、放漫な胸をそれとなく押し付ける。
女独特の柔らかい肉の感触に、誉は少し戸惑う。
「おい、胸。当たってるぞ」
「やだぁ、誉のえっちぃ」
そう言うと、真由香は腕を離すどころか更に絡まってきた。
真由香が自分に好意を持っている事は知っているので、誉もあまり無下には出来ない。
それに、実のところ彼女とは何度か寝た事もある仲だ。
それ故、冷たく突き放すのも躊躇われた。
「あのな、今日はマジでバイトあるし。もしかしたら、常連さんも――来てるかもしれないし。だから勘弁してくれよ」
「ねぇ、誉――あのね。あたし、あんたに言わなきゃならない事があるんだ」
彼女は誉のセリフを無視するように腕を伸ばすと、首にぶら下がるようにして唇を寄せてきた。
そうして、とんでもない爆弾発言を投下したのだ。
「あたし、妊娠したっぽいんだよね」
その瞬間――誉の思考は停止する。
「え……」
「でも舞台あるし。あんたはこれから映画の最終オーディションだし。だからあたし、千秋楽までは何とか頑張って――そのあとは休暇を取って、一人で産もうと思ってるんだ。いったん……そうだね、二年くらい実家に帰ってさ」
「真由香――本当か?」
「こんな悪趣味な嘘つかないよ。本当。でも、タイミングが悪かったよね……」
これからスターダムに伸し上がるチャンスが、誉に到来している。
ここで、同じ劇団員との間に妊娠が分かったとなると疵が付きかねない。
オーディションも、きっと落とされるだろう。
真由香はまだ知名度もない駆け出しの新人なのでそれほど弊害は無いだろうが、誉の方はそうは行かない。その事を考えて、彼女は無理に笑った。
「あんたに迷惑はかけないよ。だけど一応、報告だけはしておこうと思ってさ」
健気に笑う真由香に、誉の心は揺れた。
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