彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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Darkening

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 誉は、焦っていた。

「え、えっ!? どういうことですか?」

「だから、プロフの記載漏れは修正しておいたから。今後こういう事は早めに報告頼むよ」相手はそう言うと、次にニッコリと笑った。

「とにかく、結婚おめでとう! デキ婚だって? これから頑張らないとな!」

「――ありがとう、ございます……」

 事務に報告しようとしたところ、向こうから先に言われてしまった。

 まさか、真由香が事前に触れ回っていたのか?

――――だが直ぐに、誉はその考えを否定した。

(最初、シングルマザーで頑張るなんて言っていたあいつが、自分から言うワケがない。それに、二人で話し合って納得して、役所に届けを出したのはついさっきだ)

 いったい誰が、先回りして誉のプロフィールの変更を申し出たんだろう? 

「……あの、オレと真由香が結婚するからプロフの変更しなきゃって、誰が言い出したか知ってますか?」

「上の方からのお達しだよ。お前『禁忌』の最終オーディションまで行ってんだろう? だったら、早急に既婚・・に変更しないと審査員の心証が悪くなるからって、トップダウンで指示されたんだよ」

 誉が知っているは、御堂みどうひじりしかいない。

(まさか――あんたが!?)

 華麗な紅い花を背に、艶やかに微笑む聖の、月のように美しい顔が脳裏によみがえった。

 その瞬間、誉は踵を返して走り出していた。

「お、おいっ!」

 背後から引き留める声が聞こえたが、今の誉にはもう届かなかった。

   ◇

 何度か訪れたマンションに辿り着き、誉は呼び出しブザーを押し続ける。

(いるなら出てくれ! お願いだ!!)

 すると、誉の願いが通じたのか、インターホンから待ちかねた声が返って来た。

『……こんな時間に、何の用だ?』

「オレ、あんたに言わなきゃならない事があるんだ! 頼むから、オレの話を聞いてほしい!」

『――――何を聞かせる気だ?』

「あんた、もう知っているようだから正直に言うけど……オレ、結婚する事になったんだ。子供も、来年の春ごろに産まれる」

『――』

「だけど、オレはあんたも好きなんだ!」

 誉は、偽る事なく今の気持ちをストレートに口にした。

 そりゃあ、真由香は可愛いし、自分の子供を身籠ったとなれば尚更だ。

 しかし誉は、美しい年上の恋人とは別れるつもりはなかった。

「あんたが、今でも好きなんだよ」

 綺麗な顔も、華麗な背中の彫り物も、甘い声も乳白色の身体も、全てが愛しい。

 真由香とは別の存在として、誉は聖に魅せられていた。

「ずっとあんたに会いたくて、稽古の最中も頭からあんたの事が離れなかった!」

『……そこで騒がれちゃあ迷惑だ。上がってこい』

 聖の言葉に、誉はパッと顔を輝かせた。

 まだ、自分には起死回生のチャンスが残っていると――そう、誉は信じた。

「ありがとう! オレ、どうしてもあんたの顔が見たくて……店長には申し訳ないけど、今日も休むってバーに連絡を入れて来たんだ」

『……そうか』

「だから、今夜は――あんたを抱きたい」

 その真っ正直な言葉に、聖の胸は締め付けられた。

――――ああ、この男は。どうしてこんなに、何もかもを隠すことなく白状するのだろう?

 それが優しさだと思っているのか? 

 時には、嘘で優しく……聖も夢を見ていられるように、上手に騙してもいいようなものを。

(……ここまで予想した通りのセリフを言ってくれるとはな。まったく、お前は――救いようのないバカな坊やだよ)

 聖は哀しく微笑んでいた。
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