彼が恋した華の名は:2

亜衣藍

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gimlet

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 カランと鳴ったドアベルの音に、マスターは「申し訳ありません、まだ準備中です」と声を上げ掛けるが、相手が聖と気付くと心配そうな顔になった。

「ああ、御堂さん! あの後、大丈夫でしたか?」

 史郎のことを言っていると気付き、聖は安心させるように手を振って答える。

「大丈夫だよ、マスター」

「本当ですか? 心配してたんですよ?」

「あいつは、ただの昔馴染みだ。ちょっとガラは悪いがね――ところでマスター、今日……誉は?」

 するとマスターは「来てますよ。オレンジが足りないようなので、ちょっと近所まで買い出しに行ってもらってます」と答えた。

 次にマスターは口許を綻ばせると、内緒話をするように小声で話を振って来た。

「……フフ、知ってますか御堂さん? あいつ、同じ劇団の可愛い子とデキ婚する事になったようですよ。早過ぎるっていうヤツもいるようですが、やっぱり子はかすがいって言いますからねぇ。何にせよ、目出度い事ですよ」

「――――そうだな」

 聖は柔らかい声でそう言うと、カウンターに視線を向ける。

「……少し、待っていてもいいかな?」

「ああ、どうぞどうぞ!」

「ありがとう」

 マスターに頷き、聖はピカピカに磨いたハイスツールに腰を下ろす。

 つい先日まで、ここで楽しいやり取りをしていた。

 初回はいきなり水を掛けられて驚いたが、次はカクテルを御馳走になったり炒飯を出されたり。

――――本当に、楽しかった。

 セックスはお世辞にも上手いとは言えなかったが、その真っ直ぐな気持ちが嬉しかった。

 誉と送った短い日々は、あくまで退屈しのぎの遊びのつもりだったが。

 いつの間にか、本気になりそうだった自分を感じ取っていた。

(本当にオレは……どうしようもねぇな)

 もしかしたら、自分が思っている以上に、案外自分は惚れっぽいタイプの男なのかもしれない。

 今まで考えてもみなかったが、今回はそれを思い知った気分だ。

(ジジィばっかり相手にしていたから、たまには若い野郎を相手にしてみるかなんて――そんなバカな事、考えなきゃよかったな)

 苦笑する気分でカウンターに肘を着くと、マスターが「何かお作りしましょうか」と訊いてきた。

「生憎オレンジは切らしているんで、それ以外なら」

「……そうだな……」

――――その時、カランと、ドアベルの音が鳴った。

 ゆっくりと目を遣ると、待ちわびていた男が立っていた。

「……よぉ」

「あんた――」

 誉は唖然とした様子で声を上げると、次に、傷付いた狼のような顔になった。

「――何しに来やがった」

「っ!! おい、誉!」

 マスターが驚いて、声を荒げる。

「お前、お客様に向かって、何だその言い方は!?」

「……いいんだ、マスター」

 聖は片手を上げると、誉に向き直る。

 そうして、皮肉気に嗤った。

「ここはお前の店じゃないだろう? このマスターが店主だ。だったら、オレは自由に出入りしていい筈だぜ?」

 この切り返しに、誉は悔しそうな顔をしながらパッと聖から顔を背けた。

 そうしてあからさまに無視をしながら、店内を突っ切ってマスターへ買い物袋を渡す。

「――オレンジ、買って来ました。あと、ライムも追加しておきましたから」

「誉……」

 戸惑うマスターに向かい、誉はぺこりと頭を下げる。

 そうして、押し殺したような声を洩らした。

「すみません、オレ、裏の方を先に片付けてきます」

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