彼が恋した華の名は：2

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Poisonous flower

　その後、ジュピタープロダクションと白山股份有限公司は、アジア市場をメインに業務提携の同意書を交わすに至った。

　内容は、かなりジュピタープロダクション側に有利な条件に偏重しており、多くの規制によって進出が困難であった中国本土での配信事業も、白山側が受け持つことで合意した。

　巨大市場への足掛かりを、日本の中堅格にしか過ぎない芸能事務所が得た事で、経済紙も「何のミラクルが起こったのか」と湧き立った。

　　　◇

「社長――本当に、どんな手を遣ったんですか？」

　困惑顔の真壁に、聖は意味深に微笑を返す。

「なに、大したことはしてないさ。ただ、大物プロモーターの紹介で、偶然に白山のエンタメ事業を担っていた代表に会う機会があって……それで、気が合ったわけだ」
　その説明に、真壁は嘆息した。

「……頼むから、あまり無茶な事はしないでください。ジュピタープロの事業は今のままでも安泰です。もう――」

「――例の、頓挫しかけていたCBCネットドラマの話だが」

「？」

「向こうアメリカの求める役柄はカタコト英語を話すアジア人だ。なら、最初のセッティング通り、中国人の役者じゃなくて日本人でも可能だろうと押し通しておいた」

「え？　ですが――製作費の10％を白山で負担すると言い出したことで、あの話は乗っ取られたのでは？　ジュピタープロには、違約金で片を付ける気らしいと……」

　すると聖は、真壁の前に『禁忌』のパンフレット冊子を見せた。

「この役者を使ってはどうかと、再交渉しておいた」

「CBCにですか？」

「いいや」

　ニヤリと笑い、艶やかな唇を開く。

「白山の代表白子豪に、だ」

「聖さん……」

　それを聞くと、真壁は複雑そうな表情を浮かべた。

「本当にもう止めてください！　子豪ズーハオは悪い噂も絶えない相手です。ただでさえ、聖さんをよく思っていない連中も多いのに――」

　ライバルの多いメディア業界で、ジュピタープロは時に破格の待遇を受けている。

　それ等の要因に、ジュピタープロダクション取締役社長である御堂聖の名前が囁かれているのは公然の秘密だ。


――――あそこの社長は、あちこちのトップを誑し込んで意のままに操っているらしい。


　まことしやかに語られる話を真に受けた連中にとって、聖は憎むべき魔物だ。

「先日も、事務所を名指しする嫌がらせがありました。音フェスで不正があったのだろうという、いつものような下らない難癖ですが……表沙汰にならないように、警察で動いてくれている状況です。ですから、聖さんもあまり……」

「嫌だね」

　聖はキッパリと断言すると、何かに挑戦するように、強い光を碧瑠璃の瞳に宿した。

「ジュピタープロダクションは、天黄から譲り受けた大切な財産だ。そう簡単に傾くようなヤワな会社にはしたくない。ユウの為にも――」

　そこで言葉を切ると、机に出していた『禁忌』のパンフレットへ視線を落とす。

「――――ジュピタープロが抱えている大切な役者たち加賀 誉にも、最高の舞台に立つチャンスを常に与えてやりたい。その為にもオレは、このやり方は変えねぇよ」

　強く言い切る、聖の意志を変える事は出来ない。

　真壁にはそれが分かっているだけに、ことさら自分の無力を感じるのだろう。悲しそうな顔になると、クッと唇を噛んで下を向いてしまった。

「オレの頼みでも……ダメですか？」

「真壁？」

「ナモ公国でも言いましたが、オレはあなたの事を愛――」

「それ以上は言うな」

　聖はぴしゃりと言うと、ガタリと席を立った。

　そうして、苦しげな声で告げる。