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◇
「おい、御堂」
「……なんだ?」
「お前、こんな所で油を売っていていいのか?」
近藤碇はそう言うと、バーテンダーへ「こいつと同じのをくれ」と声を掛けた。
ここは、天黄組の縄張り内に店舗を構えるバーである。
碇行きつけの店であり、そして、この店のオーナーも碇であった。
どういう訳か最近になって、よくあの御堂聖が、独りでここを訪れるようになっていると……そう店長から情報を寄せられ、半信半疑で来てみたが。
見間違えるはずがない。
確かに、聖が、本当に独りっきりでポツンとカウンターに座っているではないか。
恐るおそる隣に腰かけて、様子を窺ってみたが――――いつもは、気位の高い猫のようにツンとしながら『いつ、隣にゴリラが座っていいなんて言った?』と皮肉の一つも口にするだろうに、何やらボーっと座ったままだ。
(どうも様子がおかしいな?)
碇は咳払いをしながら、当り障りのない世間話を振ってみる。
「近頃ずいぶん忙しいようだと、そんな噂をよく耳にしているぞ? ジュピタープロが一枚噛んでいるキン……ナントカっていう映画も、海外で大きな賞を取ったらしいな。それで社長自ら、海外に出張してはあちこち足を運んでいるって――」
「まだ賞は取ってねーよ」
仏頂面でそう言うと、聖はバータンダーへ「スピリタス、ロックで」と言い出した。
これには、さすがに碇は口を挟んだ。
「ダメだ! お前、ぶっ倒れるぞ」
「だから、ストレートじゃねぇってんだろ」
「それだって、ダメだ! スピリタスがどのくらい強い酒だと思ってんだ――ああ、こいつにはマティーニでいい」
碇は聖の注文を勝手に撤回すると、さっさとオーダーしてしまった。
面白くないのか、聖はムッとした様子で目を眇めた。
普段は、後ろに流して綺麗に整えてある髪が、どういう訳かバラバラに降りて無造作に額を覆っている。
服装も、いつもはシャツにジャケットというのが定番なのだが、今宵は珍しく上下スウェットというラフな格好だ。
そんなファッションで、そんな目つきをされては。
「――――昔を思い出すな」
碇は、ついポツリと呟いていた。
互いに出会ったのは、十五の春だった。
当時の碇は、天黄組から盃を頂いて必ずや極道になると放言する、血気盛んな若者だった。高校は暴力沙汰が原因で即退学になり、両親も勤めに行っていたので、碇が極道を志すのも不思議な事ではなかった。
だが、歳もとしだ。
まだ極道の道を選ぶには歳が若すぎると、兄貴分たちに難色を示されていたのだが――――自分と同じ歳の野郎が、あろうことか天黄の組長を誑かして、ちゃっかりと自分より先に盃を受けるらしいという噂を聞いてしまい。
怒髪天を突いた碇は、直接、上野の天黄組本家へと乗り込んだのだ。
自分と同じ歳だという、組長を誑かした最低なオカマ野郎の顔面をグチャグチャに潰してやろうと意気込んで!
だが、そこで出会ったのは……予想をはるかに超えた、とんでもない別嬪だった。
今でも、その瞬間の事を、碇は鮮烈に覚えている。
白く美しい肌は、瑞々しい果実のように張りがあり、ほんのり桜色の頬と唇は、乙女のように可憐だった。
刷毛のように黒々とした長い睫毛に、半月のような形のいい眉。不思議な宝石のように輝く碧瑠璃の瞳。
――――何処を取っても、夢のように美しい。
思わずその顔に見惚れてしまい、碇は本来の目的も忘れてしまいそうになった。
しかし次の瞬間、己の股間にめり込んだ膝蹴りの衝撃に、碇は昏倒することになってしまったのだが。
「おい、御堂」
「……なんだ?」
「お前、こんな所で油を売っていていいのか?」
近藤碇はそう言うと、バーテンダーへ「こいつと同じのをくれ」と声を掛けた。
ここは、天黄組の縄張り内に店舗を構えるバーである。
碇行きつけの店であり、そして、この店のオーナーも碇であった。
どういう訳か最近になって、よくあの御堂聖が、独りでここを訪れるようになっていると……そう店長から情報を寄せられ、半信半疑で来てみたが。
見間違えるはずがない。
確かに、聖が、本当に独りっきりでポツンとカウンターに座っているではないか。
恐るおそる隣に腰かけて、様子を窺ってみたが――――いつもは、気位の高い猫のようにツンとしながら『いつ、隣にゴリラが座っていいなんて言った?』と皮肉の一つも口にするだろうに、何やらボーっと座ったままだ。
(どうも様子がおかしいな?)
碇は咳払いをしながら、当り障りのない世間話を振ってみる。
「近頃ずいぶん忙しいようだと、そんな噂をよく耳にしているぞ? ジュピタープロが一枚噛んでいるキン……ナントカっていう映画も、海外で大きな賞を取ったらしいな。それで社長自ら、海外に出張してはあちこち足を運んでいるって――」
「まだ賞は取ってねーよ」
仏頂面でそう言うと、聖はバータンダーへ「スピリタス、ロックで」と言い出した。
これには、さすがに碇は口を挟んだ。
「ダメだ! お前、ぶっ倒れるぞ」
「だから、ストレートじゃねぇってんだろ」
「それだって、ダメだ! スピリタスがどのくらい強い酒だと思ってんだ――ああ、こいつにはマティーニでいい」
碇は聖の注文を勝手に撤回すると、さっさとオーダーしてしまった。
面白くないのか、聖はムッとした様子で目を眇めた。
普段は、後ろに流して綺麗に整えてある髪が、どういう訳かバラバラに降りて無造作に額を覆っている。
服装も、いつもはシャツにジャケットというのが定番なのだが、今宵は珍しく上下スウェットというラフな格好だ。
そんなファッションで、そんな目つきをされては。
「――――昔を思い出すな」
碇は、ついポツリと呟いていた。
互いに出会ったのは、十五の春だった。
当時の碇は、天黄組から盃を頂いて必ずや極道になると放言する、血気盛んな若者だった。高校は暴力沙汰が原因で即退学になり、両親も勤めに行っていたので、碇が極道を志すのも不思議な事ではなかった。
だが、歳もとしだ。
まだ極道の道を選ぶには歳が若すぎると、兄貴分たちに難色を示されていたのだが――――自分と同じ歳の野郎が、あろうことか天黄の組長を誑かして、ちゃっかりと自分より先に盃を受けるらしいという噂を聞いてしまい。
怒髪天を突いた碇は、直接、上野の天黄組本家へと乗り込んだのだ。
自分と同じ歳だという、組長を誑かした最低なオカマ野郎の顔面をグチャグチャに潰してやろうと意気込んで!
だが、そこで出会ったのは……予想をはるかに超えた、とんでもない別嬪だった。
今でも、その瞬間の事を、碇は鮮烈に覚えている。
白く美しい肌は、瑞々しい果実のように張りがあり、ほんのり桜色の頬と唇は、乙女のように可憐だった。
刷毛のように黒々とした長い睫毛に、半月のような形のいい眉。不思議な宝石のように輝く碧瑠璃の瞳。
――――何処を取っても、夢のように美しい。
思わずその顔に見惚れてしまい、碇は本来の目的も忘れてしまいそうになった。
しかし次の瞬間、己の股間にめり込んだ膝蹴りの衝撃に、碇は昏倒することになってしまったのだが。
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