彼が恋した華の名は：2

真壁了、犬の生活🐕

真壁了、戦う🐕

『オレは、なんてバカ野郎なんだろう』

　項垂れる真壁に対し、一夏の方もしょんぼりとした様子で「く～ん」と鳴いた。

『悪かったな。このオッサンのせいで、こっちまで熱くなっちまったぜ。お詫びに、あんたのケガが治るまでオレが付き添ってやるよ』

　そういっぱし・・・・な事を言うと、一夏はスリスリと聖の足に身体を摺り寄せて、赤く腫れてきた足首へペロリと舌を這わせた。

　その抜け駆けするような一夏の行動に、すかさず真壁は制裁を加える。

『その薄汚いマネを、今すぐやめろ！　聖さんの足が穢れるだろうが！』

　真壁は一夏の尻に、思いっきり咬み付いた。

「キャン！」

「こら、ワン公!!　友達を咬んじゃダメだろう！」

　聖はそう言うと、真壁の方をぺしっと叩いた。

　聖本人は(人間に対する時と違い)最大限力加減をして叩いたのだが、真壁の方は叩かれたショックよりも、聖が一夏の方を庇った・・・・・・・・・・という事実に……稲妻に突き刺されたかのような衝撃を受けた。

『ひ、聖さん!?　オレよりも、その若造の方を選ぶんですか？』

「キュ～ン、クゥ～ン……」

　この世の終わりのような様相で地に伏せったボクサー犬に、聖の方が慌てる。

「おいおい、痛かったのか？　ごめんって。だからほら……こっちに来い」

　そう優しい声で宥めるように言うと、聖はひょいとボクサー犬を抱えて、若干フラつきながら立ち上がった。

「お前達が、事前に床へクッションや紙クズをバラ撒いたおかげで、グラスも割れなかったようだ。……うん、それだけでも良しとしようじゃないか」

「キュ～ン」

「クーン」

「大丈夫。オレは怒ってない」

　ニッコリと微笑む聖を見上げながら、二匹は再び激しく尻尾を振り始めた。

　その様子に、聖はホッとしたようにまた天女のように美しく微笑む。

「――ただ、ずいぶん埃っぽくなっちまったな。クリーニングを頼んでいる間、一緒に風呂にでも入るか？」

「！」

「!?」

　聖の爆弾発言に、仔犬達は目を輝かせた。

　コンシェルジュに電話を掛け、ハウスクリーニングを頼んでいる聖を前に、二匹は激しく火花を散らす。

『おい、お前！　まさか、よこしまな事を考えてるんじゃないだろうな!?』

『何だよ、ヨコシマって』

『言っておくが、お前は今は、ただの毛むくじゃらの仔犬だぞ？　聖さんの前でせいぜい尾っぽを振るしか出来ない畜生の分際で、これ以上あの人に取り入ろうなんて考えるなよ！』

　そう牽制し、睨みを利かせる真壁に対し、一夏はプッと吹き出した。

『そりゃあ、こっちのセリフだぜ。オッサン、今のあんたはただの不細工な犬っころだぞ』

『何だと!?』

『外面だけみりゃあ、あんたよりオレの方がイケてるぜ。どうやら聖は手触りの良い感触を好むようだ。そうしてオレはこの通り、フワフワのモコモコだ。のっぺりした犬の姿をしているあんたよりも、聖はオレの方が絶対好きになるに違いない』

　ポメラニアンの一夏は優越感に浸りながら、ボクサー犬の真壁を嘲笑う。

『オレはこの機に乗じて、聖を頂くぜ！』

『この、若造が！　オレだって充分可愛いぞ――!!』

　再び、戦いの火ぶたは切って落とされた。

「キャンキャンギャン！」

「ワンワンバウッ！」

　激しく吠え始めた仔犬達に、聖は爆弾発言を浴びせる。

「こら！　ケンカする子は、青菱のオジサンの家に置いてくるぞ！」

　それはまさに、青天の霹靂。

『なんだってっ！』

『聖さん、ひどっ!!』

　覿面、大人しくなる仔犬達である。

　聖はその様子に、何て頭のいい仔犬なんだろうと素直に感心していた。