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「あの~……いいですか? 」
声を掛けたのは、日本代表でMHJ出場が決まっている、奈津緒であった。
奈津緒も、径と幸樹と真壁と一緒に解放され、何とはなしにここに辿り着いた次第だ。
混乱の中、なんとかマネージャーには無事を連絡したので、いづれはここへ迎えに来るが――――。
「明日のMHJが中止って話が、さっきからテレビでもネットでも出回っていて大騒ぎになっているんですが…………どうなるんでしょうか? 」
ナモ・コレ関係者に訊いても埒が明かないので、奈津緒はたまたま居合わせた同業のユウに問い掛けてみたらしい。
しかし、気分の盛り上がっていた二人にとっては少々水を差された気分だ。
憮然としながら、ユウは奈津緒に視線を向け、口を開いた。
「そんなの、どうでもいい」
「えっ!? 」
意表を突いた答えだったらしい。
奈津緒は目を見張って、問い返す。
「ど、どういう事です! だって、ユウさんはグランプリ候補に名前が挙がっていたじゃないですか? それに、凄く意欲的なコメントしていたじゃ――」
と、そこで奈津緒は気付いた。
数日前に収録した対談では、ユウも『歌えるなら光栄な事』だと言っていた。
しかし、ユウは歌えるなら光栄な事とは言ったが、グランプリに関しては一言もコメントしていなかった。
「――ユウさんは、MHJには固執していなかった? 」
その問い掛けに、ユウは首を傾げて答えた。
「いいや? 大観衆の前で歌えるっていうから、それは楽しみにしていたよ」
「楽しみ……? 」
いつもいつも、やれヒットチャートは何位だとか、売れたとか外したとか。
そんな競争ばかりで神経が擦り減っていた奈津緒である。
――――楽しくて歌うなんて、もうずっとしていない。
茫然とする奈津緒に、ユウは微笑みを浮かべた。
「だって、歌えるって楽しいし幸せじゃないか。皆にオレの歌を聴いてもらえるって思っていたから、その機会が無くなるのは残念だよ」
「――」
「ああ、でもグランプリとかは、本当にどうでもいいや。オレは、歌えるだけで充分だ」
「本当に? 」
「勿論。元々、歌う場所のないまま、何年もつまらない仕事ばかりして、どんどん落ち目になってたオレだよ? だから、歌う場所を作ってもらえるなら、どこでもオレは嬉しいね」
このセリフに、零はクスリと笑った。
「その、つまらない仕事で一緒になったのが、オレ達の出会った切っ掛けでしたね? 」
「――――そうだな。色々やってみるもんだなと、思ったよ」
そう言うと、ユウは艶やかに笑った。
その様子に、奈津緒もどこか吹っ切れたように微笑む。
「そうですね……オレも、今度は――楽しんで歌ってみようと思います」
その基本を、ずっと忘れていた気がする。
歌う事は、楽しい事だった筈だ。
そうだ、楽しいから歌っていたんだ――――。
「そうか……なら、別にMHJじゃなくてもいいのか……」
しかしやはり、どこか奈津緒は残念そうだ。
それに気付き、ユウはさっきからテレビで演説を繰り返す、偉そうな男を指差した。
「あいつが言うには『アーティストや観衆の安全の為にMHJは中止を決定した』とか『既に機材も撤去に入った』って言ってるけど、あいつが一言『やる事になった』って言えば、一転してMHJは決行出来そうだと思わないか? 」
「ど、どうでしょうか? ――スタッフも撤退に移っているらしいですけど――」
戸惑いながら答える奈津緒と、平然とした様子のユウを交互に見遣り、零は口を開く。
「あの男、サイエン・カルマという王族関係者らしいですよ? 」
「ふん? 機材とか、ネット環境とか、そういうお膳立てはどうでもいいから、とにかく歌わせろって交渉したらダメかな? 」
「う~ん……」
声を掛けたのは、日本代表でMHJ出場が決まっている、奈津緒であった。
奈津緒も、径と幸樹と真壁と一緒に解放され、何とはなしにここに辿り着いた次第だ。
混乱の中、なんとかマネージャーには無事を連絡したので、いづれはここへ迎えに来るが――――。
「明日のMHJが中止って話が、さっきからテレビでもネットでも出回っていて大騒ぎになっているんですが…………どうなるんでしょうか? 」
ナモ・コレ関係者に訊いても埒が明かないので、奈津緒はたまたま居合わせた同業のユウに問い掛けてみたらしい。
しかし、気分の盛り上がっていた二人にとっては少々水を差された気分だ。
憮然としながら、ユウは奈津緒に視線を向け、口を開いた。
「そんなの、どうでもいい」
「えっ!? 」
意表を突いた答えだったらしい。
奈津緒は目を見張って、問い返す。
「ど、どういう事です! だって、ユウさんはグランプリ候補に名前が挙がっていたじゃないですか? それに、凄く意欲的なコメントしていたじゃ――」
と、そこで奈津緒は気付いた。
数日前に収録した対談では、ユウも『歌えるなら光栄な事』だと言っていた。
しかし、ユウは歌えるなら光栄な事とは言ったが、グランプリに関しては一言もコメントしていなかった。
「――ユウさんは、MHJには固執していなかった? 」
その問い掛けに、ユウは首を傾げて答えた。
「いいや? 大観衆の前で歌えるっていうから、それは楽しみにしていたよ」
「楽しみ……? 」
いつもいつも、やれヒットチャートは何位だとか、売れたとか外したとか。
そんな競争ばかりで神経が擦り減っていた奈津緒である。
――――楽しくて歌うなんて、もうずっとしていない。
茫然とする奈津緒に、ユウは微笑みを浮かべた。
「だって、歌えるって楽しいし幸せじゃないか。皆にオレの歌を聴いてもらえるって思っていたから、その機会が無くなるのは残念だよ」
「――」
「ああ、でもグランプリとかは、本当にどうでもいいや。オレは、歌えるだけで充分だ」
「本当に? 」
「勿論。元々、歌う場所のないまま、何年もつまらない仕事ばかりして、どんどん落ち目になってたオレだよ? だから、歌う場所を作ってもらえるなら、どこでもオレは嬉しいね」
このセリフに、零はクスリと笑った。
「その、つまらない仕事で一緒になったのが、オレ達の出会った切っ掛けでしたね? 」
「――――そうだな。色々やってみるもんだなと、思ったよ」
そう言うと、ユウは艶やかに笑った。
その様子に、奈津緒もどこか吹っ切れたように微笑む。
「そうですね……オレも、今度は――楽しんで歌ってみようと思います」
その基本を、ずっと忘れていた気がする。
歌う事は、楽しい事だった筈だ。
そうだ、楽しいから歌っていたんだ――――。
「そうか……なら、別にMHJじゃなくてもいいのか……」
しかしやはり、どこか奈津緒は残念そうだ。
それに気付き、ユウはさっきからテレビで演説を繰り返す、偉そうな男を指差した。
「あいつが言うには『アーティストや観衆の安全の為にMHJは中止を決定した』とか『既に機材も撤去に入った』って言ってるけど、あいつが一言『やる事になった』って言えば、一転してMHJは決行出来そうだと思わないか? 」
「ど、どうでしょうか? ――スタッフも撤退に移っているらしいですけど――」
戸惑いながら答える奈津緒と、平然とした様子のユウを交互に見遣り、零は口を開く。
「あの男、サイエン・カルマという王族関係者らしいですよ? 」
「ふん? 機材とか、ネット環境とか、そういうお膳立てはどうでもいいから、とにかく歌わせろって交渉したらダメかな? 」
「う~ん……」
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