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第69話 ホワイトデーと不器用な贈り物
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今日はホワイトデー。
普段なら特に意識することもないはずの日だが、今日は朝からずっと落ち着かない気分だった。
というのも、私は「あるもの」をバッグの中に忍ばせている。
それは、一週間ほど前から密かに準備していた遠野へのホワイトデーのお返しだった。
バレンタインデーの日、遠野は「田所さん、はい! 味見してね!」チョコレートを押し付けてきた。
きらきらした瞳と明るい笑顔、少し高揚した頬を覚えている。
「別にお返しとかいいからね!」と遠野は言っていたが、もらった以上は何か返したいと思うのが人情だ。
それに、ここまで世話になっているのだから、ほんの少しの感謝を伝える機会くらいあってもいいだろう。
――問題はそれをどう渡すか、だった。
私は不器用だ。
遠野のように軽いノリで渡せるわけでもないし、洒落た言葉を添えられるわけでもない。
それに、彼女のことだから「えっ、なになに!? ホワイトデーってことは、もしかして告白!?」とか、余計なことを言ってくるに違いない。
……そう考えると、ますます気が重くなる。
しかし、もう時間はない。
放課後、私は意を決して遠野を呼び止めた。
「ちょっと、いい?」
「おっ、どうしたの? 田所さんから呼ぶなんて珍しい!」
案の定、彼女は興味津々といった表情で私を見ている。
私は少し目をそらしながらバッグの中から小さな紙袋を取り出した。
「……これ、バレンタインのお返し」
一瞬、遠野の動きが止まる。
そして、次の瞬間――
「えっ!? 本当にくれるの!?」
思った以上に目を輝かせている。
いや、そんなに驚くことだろうか。
「バレンタインにチョコをもらったから、お返しするのは普通でしょ」
「いやいや、だって田所さん、こういうのスルーするタイプだと思ってたから!」
「それはそれで失礼じゃない?」
遠野は紙袋を大事そうに抱えながら、にこにこと中身を確認する。
そこに入っていたのは――
「……クッキー?」
彼女は小首をかしげながら、透明なラッピング越しに焼き色のついたクッキーを見つめている。
「まさか、田所さんが焼いたとか?」
「いや、それはない」
「だよねー!」
遠野は朗らかに笑う。
私は深く息をついた後、少しだけ目を伏せながら続けた。
「……でも、ちゃんと選んだよ」
デパートのお菓子売り場を歩き回り、試食もしながら、彼女が好きそうなものを考えて買った。
正直、手作りとまではいかなくても、それなりに悩んで決めた品だ。
遠野はそんな私の言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした顔になった。
だが、次の瞬間――
「田所さん……え、嬉しい!」
とびきりの笑顔を見せた。
その反応に私はなんだかむずがゆくなって視線を逸らす。
「そんな大げさなことじゃないでしょ」
「大げさじゃないよ! だって、田所さんが私のために選んでくれたんでしょ? それだけでめっちゃ嬉しい!」
そう言いながら、遠野は袋をぎゅっと抱きしめた。
まるで宝物でももらったかのような顔をしている。
「じゃあ、さっそく食べよ!」
「えっ、今?」
「もちろん!」
遠野は袋を開け、クッキーを一枚取り出すと、ぱくりと口に放り込んだ。
「うん、おいしい!」
彼女は幸せそうに目を細める。
私はその姿を横目で見ながら、ほっと胸をなでおろした。
「よかった」
「ねぇねぇ、田所さんも食べる?」
「私のじゃないでしょ」
「でも、一緒に食べたほうがおいしいよ!」
そう言って彼女はクッキーを半分に割り、私に差し出してきた。
なんだか予想通りの展開だな、と思いながら私は仕方なくそれを受け取る。
口に運ぶと、ほんのり甘くてバターの風味が広がる素朴な味だった。
どこにでもあるようなクッキー。
でも、隣で遠野が嬉しそうに食べているのを見ると不思議と特別なものに感じる。
「うん、おいしい」
「でしょ! ホワイトデー最高!」
遠野は満面の笑みで次のクッキーに手を伸ばしている。
私はその姿を見ながら、やれやれ、と心の中で呟いた。
ホワイトデーなんて、ただのお返しのイベントだと思っていた。
でも、こうして遠野が喜んでくれるなら、たまには悪くないのかもしれない。
――それでも、来年もまた何を渡すか悩むことになりそうだな、と思いながら。
普段なら特に意識することもないはずの日だが、今日は朝からずっと落ち着かない気分だった。
というのも、私は「あるもの」をバッグの中に忍ばせている。
それは、一週間ほど前から密かに準備していた遠野へのホワイトデーのお返しだった。
バレンタインデーの日、遠野は「田所さん、はい! 味見してね!」チョコレートを押し付けてきた。
きらきらした瞳と明るい笑顔、少し高揚した頬を覚えている。
「別にお返しとかいいからね!」と遠野は言っていたが、もらった以上は何か返したいと思うのが人情だ。
それに、ここまで世話になっているのだから、ほんの少しの感謝を伝える機会くらいあってもいいだろう。
――問題はそれをどう渡すか、だった。
私は不器用だ。
遠野のように軽いノリで渡せるわけでもないし、洒落た言葉を添えられるわけでもない。
それに、彼女のことだから「えっ、なになに!? ホワイトデーってことは、もしかして告白!?」とか、余計なことを言ってくるに違いない。
……そう考えると、ますます気が重くなる。
しかし、もう時間はない。
放課後、私は意を決して遠野を呼び止めた。
「ちょっと、いい?」
「おっ、どうしたの? 田所さんから呼ぶなんて珍しい!」
案の定、彼女は興味津々といった表情で私を見ている。
私は少し目をそらしながらバッグの中から小さな紙袋を取り出した。
「……これ、バレンタインのお返し」
一瞬、遠野の動きが止まる。
そして、次の瞬間――
「えっ!? 本当にくれるの!?」
思った以上に目を輝かせている。
いや、そんなに驚くことだろうか。
「バレンタインにチョコをもらったから、お返しするのは普通でしょ」
「いやいや、だって田所さん、こういうのスルーするタイプだと思ってたから!」
「それはそれで失礼じゃない?」
遠野は紙袋を大事そうに抱えながら、にこにこと中身を確認する。
そこに入っていたのは――
「……クッキー?」
彼女は小首をかしげながら、透明なラッピング越しに焼き色のついたクッキーを見つめている。
「まさか、田所さんが焼いたとか?」
「いや、それはない」
「だよねー!」
遠野は朗らかに笑う。
私は深く息をついた後、少しだけ目を伏せながら続けた。
「……でも、ちゃんと選んだよ」
デパートのお菓子売り場を歩き回り、試食もしながら、彼女が好きそうなものを考えて買った。
正直、手作りとまではいかなくても、それなりに悩んで決めた品だ。
遠野はそんな私の言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした顔になった。
だが、次の瞬間――
「田所さん……え、嬉しい!」
とびきりの笑顔を見せた。
その反応に私はなんだかむずがゆくなって視線を逸らす。
「そんな大げさなことじゃないでしょ」
「大げさじゃないよ! だって、田所さんが私のために選んでくれたんでしょ? それだけでめっちゃ嬉しい!」
そう言いながら、遠野は袋をぎゅっと抱きしめた。
まるで宝物でももらったかのような顔をしている。
「じゃあ、さっそく食べよ!」
「えっ、今?」
「もちろん!」
遠野は袋を開け、クッキーを一枚取り出すと、ぱくりと口に放り込んだ。
「うん、おいしい!」
彼女は幸せそうに目を細める。
私はその姿を横目で見ながら、ほっと胸をなでおろした。
「よかった」
「ねぇねぇ、田所さんも食べる?」
「私のじゃないでしょ」
「でも、一緒に食べたほうがおいしいよ!」
そう言って彼女はクッキーを半分に割り、私に差し出してきた。
なんだか予想通りの展開だな、と思いながら私は仕方なくそれを受け取る。
口に運ぶと、ほんのり甘くてバターの風味が広がる素朴な味だった。
どこにでもあるようなクッキー。
でも、隣で遠野が嬉しそうに食べているのを見ると不思議と特別なものに感じる。
「うん、おいしい」
「でしょ! ホワイトデー最高!」
遠野は満面の笑みで次のクッキーに手を伸ばしている。
私はその姿を見ながら、やれやれ、と心の中で呟いた。
ホワイトデーなんて、ただのお返しのイベントだと思っていた。
でも、こうして遠野が喜んでくれるなら、たまには悪くないのかもしれない。
――それでも、来年もまた何を渡すか悩むことになりそうだな、と思いながら。
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