食いしん坊な親友と私の美味しい日常

†漆黒のシュナイダー†

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第73話 人類初の宇宙遊泳とボルシチ

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 平日の放課後。
 廊下には生徒たちの賑やかな声が響き、教室の中では誰かが大きな笑い声を上げていた。 部活の掛け声が遠くから聞こえ、友達同士でふざけ合う姿があちこちに見える。 その一方で、私たちのようにさっさと帰ろうと足早に廊下を歩く生徒もちらほらいた。
 そんな学校の廊下を歩きながら私は遠野の隣で何気なく話を切り出した。

「今日は1965年に人類が初めて宇宙遊泳をした日なんだよ」

 遠野はスマホを見ていた手を止め、顔を上げて興味深そうに目を丸くする。

「へー、そうなんだ! 誰がやったの?」
「ソ連の宇宙飛行士アレクセイ・レオーノフ。船外活動をして、地球を外から見た最初の人間だよ」

 廊下には夕焼けが差し込み、長い影が伸びていた。
 窓から見える校庭では部活の生徒たちが練習に励んでいる。
 そんな景色を横目に見ながら私はゆっくりと話を続けた。

「彼が宇宙に出た時、宇宙服が膨らんでしまって船に戻れなくなりそうになったんだって」
「え、それめっちゃ危ないじゃん!」
「そう。でも冷静に対応して、なんとか無事に戻ってきた。だから今、宇宙飛行士たちは安全な装備で船外活動ができるようになったんだ」

 遠野は「へぇ」と小さく感嘆の声を漏らしながら、それでもどこか考え込むような表情をしていた。

「それって宇宙に浮かぶ感じ? 怖くないのかな」
「たぶん、すごく怖かったと思うよ。広大な宇宙空間に一人で浮かんでいるわけだからね」

 遠野は少し黙った後、急に目を輝かせた。

「ねえ、宇宙の話聞いてたらさ、ロシア料理食べたくならない?」
「……なんで?」
「ほら、人類初の宇宙遊泳を記念して!」

 そんな理屈がどこから出てきたのかは分からなかったが、結局私は遠野に付き合うことになった。

 商店街を歩きながら店を探し、ほどなくして見つけたのはロシア料理の専門店だった。
 店の前には異国情緒漂う看板が掲げられており、ガラス窓越しに暖かな照明が見えた。

「ここ、良さそう!」

 遠野は早速店のドアを押し開け、私を引っ張るようにして中へ入った。
 店内にはスパイスの香りが満ちており、奥の厨房からは何かを煮込む心地よい音が聞こえてきた。
 壁にはロシアの民芸品が飾られ、雰囲気も抜群だった。

 私たちは窓際の席に座り、メニューを広げた。

「ボルシチとピロシキにしよう!」
「まあ、それならいいか」

 注文を終え、店内を見渡しているとカウンターの向こうで料理人が手際よく鍋をかき混ぜているのが見えた。
 ロシアの伝統音楽が静かに流れる中、遠野は楽しそうに指をトントンとテーブルの上で動かしていた。

 しばらくして温かいボルシチとカリッと揚がったピロシキが運ばれてきた。
 ボルシチの深い赤色が美しく、サワークリームが添えられている。
 その湯気がふわりと立ち上り心まで温まるようだった。

「いただきまーす!」

 遠野はスプーンを持ち、さっそくボルシチを口に運ぶ。

「うん! ビーツの甘さがすごくいい!」

 私もスープを一口。
 野菜の甘みと酸味が絶妙に合わさり、じんわりと体が温まるようだった。
 ビーツの優しい甘さがスープ全体に染み渡り、ほのかに香るディルの風味がアクセントを添える。
 柔らかく煮込まれたキャベツやじゃがいもがほろりと崩れ、まろやかなサワークリームが全体を包み込み、酸味とコクが交わり、どこか懐かしいような深い味わいが広がった。

「そういえば、アレクセイ・レオーノフは、ユーリイ・ガガーリンがよく話していたジョークを著書で紹介しているんだ」
「ガガーリンって、地球は青かったの人?」
「そう。彼はすごくユーモアのある人だったらしくてね――」

 遠野は興味深そうに耳を傾けながら、ピロシキをぱくりと頬張る。

「それでさ、今有名なタレントの南拓也っているじゃん?」
「うんうん、知ってる!」
「彼の住まいが月面にあることを最初に発見したのが、実はユーリイ・ガガーリンだったんだよ」

 遠野は飲んでいたスープを吹き出しそうになりながら大笑いした。

「え、それ本当? すごい話!」
「まあ、そういう都市伝説みたいな話だけどね」

 ロシア料理を楽しみながら私たちは宇宙の話で盛り上がった。
 ボルシチのスープを最後まで飲み干し、ピロシキのサクサクした食感を堪能しながら遠野は満足げにため息をついた。

「おいしいね、これ。もっとロシア料理食べたくなっちゃう」
「また今度にでも違う料理にも挑戦してみる?」
「いいね! でも次は……宇宙食とかどう?」
「いや、それはまた別の機会で」

 笑いながら店を出ると外はすっかり暗くなっていた。
 商店街の明かりが通りを照らし、夜風が少し冷たく感じた。

「今日は宇宙のこといっぱい知れたし、おいしいご飯も食べられたし、最高の一日だったね!」

 遠野の無邪気な笑顔を見ながら私は「やれやれ」と小さく息を吐いた。

 きっと宇宙の広大な未知の世界よりも遠野にとっては目の前にある湯気の立つ料理の方が、ずっと大切で身近なものなのだろう。
 知的好奇心よりも五感で楽しめる温かさと味の方が彼女には響くのかもしれない。
 そんな彼女の単純でまっすぐな姿勢を見ていると少しだけ羨ましく思う。
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