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悪役令嬢の疼き
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エリンはそのまま給仕係としてフリージアに仕えることになる。
監禁拷問生活とは、かけ離れた世界だ。
食事も出され、部屋も与えられる。
給仕として働く時間を終えれば、ベッドの布団にくるまって眠ることもできる。仕事も簡単なものだ。
最底辺の生まれから拾い上げられ、暗殺者として仕込まれた彼の短い半生からすると、夢のような生活だ。
「これからでかけます。エリン、ついてきなさい」
「わかった……」
「『はい、お嬢様』でしょう? それとも、また私にかわいがってほしいのかしら」
メイド長が凄艷な笑みを浮かべる。
ぞっとしてエリンは青ざめる。
あの初体験は、今でも深い心の傷だ。
だというのに、思い出すと股間が固くなる。
「はい、お嬢様……」
これ以上ない屈辱を感じつつも、そう答えてしまう。
唇を噛み締め、従うしかない。
この屈辱と恐怖を乗り越え、目的を果たすまではと誓う。
館の前には、四頭立ての豪勢な馬車が用意されていた。
これに乗って出かけるために、エリンはお供に選ばれたのだ。
同行するのは、他にあのハーフランのメイドだ。
気まずく後ろめたい思いをして目をそらすものの、一方のメイドの方は嬉しげに近寄ってくる。
あんな目に遭ったというのに。
ハーフランは陽気な種族といわれるが、エリンには理解不能だった。
「では、行ってきます。エリン、馬車に乗って」
「はい……」
フリージアの隣に座らされる。
この女がすべての元凶であり、自身の醜態を目にした相手が横にいるというのは、落ち着くものではない。
しかし、その横顔は美しく、豪奢な巻毛の金髪からはほのかによい香りが漂う。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
執事、メイド長、それとメイド一同が見送り、馬車は館を離れていく。
公爵家の館は城塞都市の中心にある。
その中を進み、市街地にある別の館にやってくる。
「ここは?」
「我が公爵家が後援する娼館です」
「しょうか……」
さすがは、悪の公爵家だ。エリンも言葉を失う。
そういうものがあることは知っているが、実際にやってくると戸惑う。
しかも、場末の売春宿ではなく高級娼館だ。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「おひしぶりです、伯爵夫人」
馬車を止めてフリージアが降りると、貴婦人と女たちが出迎えた。
年の頃は、三〇半ばほどだろうか。
優しげで気品もある雰囲気で、とても娼館からでてくるような女性には思えない。
「本日は、どうかよろしくお願います」
「お嬢様にはいつも良くしていただいていますから。そちらが、その?」
「給仕のエリンです。さっ、挨拶して」
「エ、エリン、です」
「まあ、可愛らしい男の子ですね。さっ、いらして」
にこりと屈託なく微笑み、エリンの手を取って中に案内する。
戸惑いながらもついていくしかない。
「ようこそ、『兎の園』へ」
招かれた屋敷の中には、下着姿の美しい娼婦たちとそれらを求める客が待ち受けてきた。
面食らったエリンは、思わず赤面する。
「こ、これって……」
「ここは、殿方と女が、浮世の憂さを忘れて睦み合う場ところです。ギュスターランド公爵家のおかげで、世間知らずなわたしが夫を失っても、十分に暮らしていけます」
伯爵夫人は、にこやかな表情を崩さずに言った。
彼女は十年以上前に年の離れた夫である伯爵を遠征で失い、未亡人となった。まだ幼かった息子も流行り病でなくしている。
政略結婚であり、貴族としての立場を失いかけていたが、公爵家が代々運営する娼館の管理を任せたのだ。
王国のあらゆる悪を引き受けるギュスターランド公爵家の娼館の運営は不道徳ではあるが、没落貴族の子女に食い扶持を与え、あるいは庶民階級でも容貌に優れ、教養あるものを拾い上げるという側面もあった。
また、サロンとしての役目も果たしており、寝物語を含めた情報収集も行える。
『兎の園』は、王侯貴族の愛妾を育てるという役目もある。
「おい、坊主じゃねえか!」
「どうしてお前がっ!?」
出し抜けに声をかけてきたのは、人狼の女戦士フェルディであった。
裸同然の娼婦をふたり、侍らせている。
女が女を買う、そういう需要も満たす場でもある。望めば、男も買える。異種族もだ。
「客で来たんだよ。お前にやられた心の傷を癒やしにな。ったく、よくもやってくれやがって。このフェルディ様のオカマを掘るなんざ……」
「お、お前があんなことするから!」
後ずさってエリンが言う。
そんな様子に、フェルディがカラカラと笑った。
「そんなに身構えんなよ、冗談だっての。勝負の上でのこったからな、恨みがあるが水に流すぜ」
「僕は、忘れないからな……」
「怖い目でにらみやがって。だったら、もう一回相手をしてくれてもいいんだぜ? まるで生娘みたいに泣かされて……おかげで今も火照ってるんだ。なあ、どうだ? 今すぐここでするか? 観客もいるぜ、見せつけてやろうじゃねえか」
「だ、誰がそんなこと!」
耳元でささやくように言うフェルディを、フリージアが押し留めた。
「女戦士フェルディ。闇の会合では十分な手当てを払ったはずです。今日は別件で参りました。わたくしのお供に無礼を働くことは許しませんよ」
「わかったよ、公爵家には良くしてもらってるからな。あたしも客で来たんだし。……でも、その坊主との復讐戦だったら、ロハで受けてやるぜ?」
「考えておきます」
「おっ、いい返事だ。じゃあ、楽しんでくるぜ」
フェルディはにやりと笑って、女たちを引き連れて奥へと消えていった。
エリンにとっては、心臓に悪い出来事だ。
監禁拷問生活とは、かけ離れた世界だ。
食事も出され、部屋も与えられる。
給仕として働く時間を終えれば、ベッドの布団にくるまって眠ることもできる。仕事も簡単なものだ。
最底辺の生まれから拾い上げられ、暗殺者として仕込まれた彼の短い半生からすると、夢のような生活だ。
「これからでかけます。エリン、ついてきなさい」
「わかった……」
「『はい、お嬢様』でしょう? それとも、また私にかわいがってほしいのかしら」
メイド長が凄艷な笑みを浮かべる。
ぞっとしてエリンは青ざめる。
あの初体験は、今でも深い心の傷だ。
だというのに、思い出すと股間が固くなる。
「はい、お嬢様……」
これ以上ない屈辱を感じつつも、そう答えてしまう。
唇を噛み締め、従うしかない。
この屈辱と恐怖を乗り越え、目的を果たすまではと誓う。
館の前には、四頭立ての豪勢な馬車が用意されていた。
これに乗って出かけるために、エリンはお供に選ばれたのだ。
同行するのは、他にあのハーフランのメイドだ。
気まずく後ろめたい思いをして目をそらすものの、一方のメイドの方は嬉しげに近寄ってくる。
あんな目に遭ったというのに。
ハーフランは陽気な種族といわれるが、エリンには理解不能だった。
「では、行ってきます。エリン、馬車に乗って」
「はい……」
フリージアの隣に座らされる。
この女がすべての元凶であり、自身の醜態を目にした相手が横にいるというのは、落ち着くものではない。
しかし、その横顔は美しく、豪奢な巻毛の金髪からはほのかによい香りが漂う。
「それでは、行ってらっしゃいませ」
執事、メイド長、それとメイド一同が見送り、馬車は館を離れていく。
公爵家の館は城塞都市の中心にある。
その中を進み、市街地にある別の館にやってくる。
「ここは?」
「我が公爵家が後援する娼館です」
「しょうか……」
さすがは、悪の公爵家だ。エリンも言葉を失う。
そういうものがあることは知っているが、実際にやってくると戸惑う。
しかも、場末の売春宿ではなく高級娼館だ。
「お待ちしておりました、お嬢様」
「おひしぶりです、伯爵夫人」
馬車を止めてフリージアが降りると、貴婦人と女たちが出迎えた。
年の頃は、三〇半ばほどだろうか。
優しげで気品もある雰囲気で、とても娼館からでてくるような女性には思えない。
「本日は、どうかよろしくお願います」
「お嬢様にはいつも良くしていただいていますから。そちらが、その?」
「給仕のエリンです。さっ、挨拶して」
「エ、エリン、です」
「まあ、可愛らしい男の子ですね。さっ、いらして」
にこりと屈託なく微笑み、エリンの手を取って中に案内する。
戸惑いながらもついていくしかない。
「ようこそ、『兎の園』へ」
招かれた屋敷の中には、下着姿の美しい娼婦たちとそれらを求める客が待ち受けてきた。
面食らったエリンは、思わず赤面する。
「こ、これって……」
「ここは、殿方と女が、浮世の憂さを忘れて睦み合う場ところです。ギュスターランド公爵家のおかげで、世間知らずなわたしが夫を失っても、十分に暮らしていけます」
伯爵夫人は、にこやかな表情を崩さずに言った。
彼女は十年以上前に年の離れた夫である伯爵を遠征で失い、未亡人となった。まだ幼かった息子も流行り病でなくしている。
政略結婚であり、貴族としての立場を失いかけていたが、公爵家が代々運営する娼館の管理を任せたのだ。
王国のあらゆる悪を引き受けるギュスターランド公爵家の娼館の運営は不道徳ではあるが、没落貴族の子女に食い扶持を与え、あるいは庶民階級でも容貌に優れ、教養あるものを拾い上げるという側面もあった。
また、サロンとしての役目も果たしており、寝物語を含めた情報収集も行える。
『兎の園』は、王侯貴族の愛妾を育てるという役目もある。
「おい、坊主じゃねえか!」
「どうしてお前がっ!?」
出し抜けに声をかけてきたのは、人狼の女戦士フェルディであった。
裸同然の娼婦をふたり、侍らせている。
女が女を買う、そういう需要も満たす場でもある。望めば、男も買える。異種族もだ。
「客で来たんだよ。お前にやられた心の傷を癒やしにな。ったく、よくもやってくれやがって。このフェルディ様のオカマを掘るなんざ……」
「お、お前があんなことするから!」
後ずさってエリンが言う。
そんな様子に、フェルディがカラカラと笑った。
「そんなに身構えんなよ、冗談だっての。勝負の上でのこったからな、恨みがあるが水に流すぜ」
「僕は、忘れないからな……」
「怖い目でにらみやがって。だったら、もう一回相手をしてくれてもいいんだぜ? まるで生娘みたいに泣かされて……おかげで今も火照ってるんだ。なあ、どうだ? 今すぐここでするか? 観客もいるぜ、見せつけてやろうじゃねえか」
「だ、誰がそんなこと!」
耳元でささやくように言うフェルディを、フリージアが押し留めた。
「女戦士フェルディ。闇の会合では十分な手当てを払ったはずです。今日は別件で参りました。わたくしのお供に無礼を働くことは許しませんよ」
「わかったよ、公爵家には良くしてもらってるからな。あたしも客で来たんだし。……でも、その坊主との復讐戦だったら、ロハで受けてやるぜ?」
「考えておきます」
「おっ、いい返事だ。じゃあ、楽しんでくるぜ」
フェルディはにやりと笑って、女たちを引き連れて奥へと消えていった。
エリンにとっては、心臓に悪い出来事だ。
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