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悪徳の流転
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兎の園から、フリージアとエリンは引き上げた。
馬車の中では、エリンはフリージアの隣に座わらされたが、ずっと窓の外を見ていた。
まともに、フリージアの顔を見ることができない。
おのれの弱い部分を晒し、暴かれた気分だった。
伯爵夫人を母と呼ばされ、快楽にすがるように泣き、犬のようにその秘所すらねぶる事になった。
恥ずかさと悔しさで、その顔を視線に入れたくない。
というか、顔を合わせたらどんな表情をすればいいのか、わからないのだ。
「…………」
一方、フリージアはそんなエリンの手にそっと触れた。
ピクリと怯えたように震えたのがわかる。
あんなことをさせ、自身もした。
それは秘密を共有し、繋がりを得たということ。
乙女であるフリージアにも不思議な自信となった。
フリージアの細くしなやかな指が、エリンの指の間をなぞる。
ぴくり、エリンが反応した。それがフリージアには嬉しかった。
「エリン……。あなたもあんなふうに甘えることはあるのね」
「……あ、あれは、お前が……お嬢様がやらせたことだろっ!」
エリンは顔を真っ赤にして、必死に否定する。
この少年の、もっとも弱い部分をさらけ出し、目の当たりにしたという確信がある。
いまだ雇い主の名を明かすことなく、フリージアを諦めずに狙い続けるほどの強さを持つエリンが、母恋しさに泣きながら伯爵夫人に抱かれて果てたのだ。
フリージアも、いずれあのように愛すると心に決める。
いつか来るそのときのことを思うと、ぞくぞくとしたものがこみ上げるのは、やはり悪の令嬢としての資質であろう。
絶対にエリンと結ばれようと、フリージアは決めてる。
「エリン、わたくしは――」
言いかけたとき、馬車を引く馬が激しく嘶いた。
暴れる馬を、なだめようとする御者が落馬した。
「何事ですか……!?」
異変に気づいたフリージアが、外の様子をうかがう。
「危ない、伏せろ!」
「きゃっ!?」
馬車の窓から顔を出そうとしたフリージアを、エリンが無理やり中に引き戻す。
その途端、空を切り裂いて何かが飛来する。
馬車に刺さったのは、クロスボウのボルトだ。
頭から黒い布を被った、数名の人影が襲撃してくる。
「……襲撃か!」
エリンの顔つきが、鋭いものに変わっていく。
暗殺者として訓練を受け、実際に修羅場をくぐり抜けてきた本能がそうさせる。
事実、捕らえられはしたものの、ギュスターランド公爵家の館に単身乗り込み、フリージアの褥に忍び込むという技量を持ち合わせているのだ。
短剣を握った黒ローブが、馬車に張り付いてくる。
「このっ!」
「ぐあ……!?」
乗り込んでこようとする黒ローブを、蹴りで叩き落とした。
「エリン……」
「なんとかする、馬車の中から出ないで!」
エリンは短く言って、扉から馬車に張り付きながら御者台に向かう。
黒ローブも、エリンの動きを察して白刃を翻して襲いかかった。
それが振り下ろされる前に、エリンが腕を押さえた。
そいつに肘を食らわして短剣を奪い、叩き落とす。
隙を見て、手綱を引き、鞭を入れた。
馬はふたたび嘶き、襲撃者を振り切るように走り出した。
馬車の中では、エリンはフリージアの隣に座わらされたが、ずっと窓の外を見ていた。
まともに、フリージアの顔を見ることができない。
おのれの弱い部分を晒し、暴かれた気分だった。
伯爵夫人を母と呼ばされ、快楽にすがるように泣き、犬のようにその秘所すらねぶる事になった。
恥ずかさと悔しさで、その顔を視線に入れたくない。
というか、顔を合わせたらどんな表情をすればいいのか、わからないのだ。
「…………」
一方、フリージアはそんなエリンの手にそっと触れた。
ピクリと怯えたように震えたのがわかる。
あんなことをさせ、自身もした。
それは秘密を共有し、繋がりを得たということ。
乙女であるフリージアにも不思議な自信となった。
フリージアの細くしなやかな指が、エリンの指の間をなぞる。
ぴくり、エリンが反応した。それがフリージアには嬉しかった。
「エリン……。あなたもあんなふうに甘えることはあるのね」
「……あ、あれは、お前が……お嬢様がやらせたことだろっ!」
エリンは顔を真っ赤にして、必死に否定する。
この少年の、もっとも弱い部分をさらけ出し、目の当たりにしたという確信がある。
いまだ雇い主の名を明かすことなく、フリージアを諦めずに狙い続けるほどの強さを持つエリンが、母恋しさに泣きながら伯爵夫人に抱かれて果てたのだ。
フリージアも、いずれあのように愛すると心に決める。
いつか来るそのときのことを思うと、ぞくぞくとしたものがこみ上げるのは、やはり悪の令嬢としての資質であろう。
絶対にエリンと結ばれようと、フリージアは決めてる。
「エリン、わたくしは――」
言いかけたとき、馬車を引く馬が激しく嘶いた。
暴れる馬を、なだめようとする御者が落馬した。
「何事ですか……!?」
異変に気づいたフリージアが、外の様子をうかがう。
「危ない、伏せろ!」
「きゃっ!?」
馬車の窓から顔を出そうとしたフリージアを、エリンが無理やり中に引き戻す。
その途端、空を切り裂いて何かが飛来する。
馬車に刺さったのは、クロスボウのボルトだ。
頭から黒い布を被った、数名の人影が襲撃してくる。
「……襲撃か!」
エリンの顔つきが、鋭いものに変わっていく。
暗殺者として訓練を受け、実際に修羅場をくぐり抜けてきた本能がそうさせる。
事実、捕らえられはしたものの、ギュスターランド公爵家の館に単身乗り込み、フリージアの褥に忍び込むという技量を持ち合わせているのだ。
短剣を握った黒ローブが、馬車に張り付いてくる。
「このっ!」
「ぐあ……!?」
乗り込んでこようとする黒ローブを、蹴りで叩き落とした。
「エリン……」
「なんとかする、馬車の中から出ないで!」
エリンは短く言って、扉から馬車に張り付きながら御者台に向かう。
黒ローブも、エリンの動きを察して白刃を翻して襲いかかった。
それが振り下ろされる前に、エリンが腕を押さえた。
そいつに肘を食らわして短剣を奪い、叩き落とす。
隙を見て、手綱を引き、鞭を入れた。
馬はふたたび嘶き、襲撃者を振り切るように走り出した。
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