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第一章
第002話 制約の世界
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「うわぁぁぁぁ……!」
息を呑んで飛び起きた。
額から汗が滝のように流れ、心臓が喉元で暴れていた。
――夢……? いや、違う。今のは、ずっと忘れていた“記憶”だ。
「俺は……大学生だった。あの日までは」
部屋を見渡す。
豪華な家具、織物のカーテン、静かに動く魔道砂時計。
ここは魔法のある世界。
俺は7歳の王子として生きている
――けど、たった今、地球での記憶を思い出した。
「……転生、してたのか……俺は……」
ふと、姿見に目をやった。
重い足を引きずるように近づいて、鏡に映る自分と向き合う。
――あれ……?
今までは“これが普通”だと思っていた。
でも、記憶を取り戻した今は、わかる。
――明らかにおかしい……。
7歳のはずなのに、鏡に映った俺の姿は背が高く、体つきも引き締まっていて、明らかに大人びている。
彫りの深い顔立ちに整った鼻筋、少し長めで艶のある黒髪は首元で軽く揺れ、どこか西洋的で――それでいてどこか異世界の種族、たとえば耳の短いエルフのようにも見えた。
ずっと見慣れていた自分の姿なのに、今になって違和感が湧いてくる。
「……これが7歳……?」
ここで生まれて育ってきたから、これまで疑問にも思わなかった。
でも、今はっきりと違和感を覚えている。
――この世界、成長速度が地球と違うのか……?
そう思ったとき、ふと頭に浮かんだのは、この世界では“10歳が成人”とされているという常識だった。
確かに、そうでなければ説明がつかない。
鏡に映る自分の姿――大人びた骨格に背の高さ、落ち着いた顔立ち――は、地球の基準で言えば完全に青年のそれだ。
――なるほどな……見た目通り、こっちじゃ10歳で大人ってわけか。
手のひらを広げ、力を込めると、黒い静電気が走る。
これが俺の魔法、“黒雷”。
響きこそ強そうだが、実際はただの微弱な静電気。
――転生って、普通は最強スキルとか加護で無双するもんだろ……。
「……結局、こっちでも俺は……」
記憶を取り戻しても、地球にいた頃と同じ。
俺は平凡なままだ。
それでも、不思議と後悔はなかった。地球に帰りたいとも思わない。ただ――
「……友達には、会いたいな」
扉を叩く音が響いた。
「アレン様、大丈夫ですか?」
――しまった、叫び声を聞かれたか。
「……ああ、悪夢を見ただけだ」慌てて声を落ち着かせる。
「何かあれば、すぐにお呼びください」
足音が遠ざかる。
そのとき、風がカーテンを揺らし、甘い花の香りがふわりと漂った。
――昨日、窓なんて開けたっけ……?
視線の先、窓には一通の手紙が挟まれていた。
――ここは10階だぞ……誰が、どうやって?
胸にかすかな緊張が走る。封筒は少し湿っていて、冷たい空気が部屋へと入り込んでくる。
庭を見下ろすと、銀髪の庭師がこちらを見上げていた。
「お目覚めですか、アレン様! 良い朝ですな!」
俺はいつも通り軽く一礼を返す。
――俺は今、王族としてこの世界に生きている。それだけでも、もう“普通”じゃない。
視線を手紙に戻し、封を切った。
羊皮紙のような紙に、不規則な文字が綴られていた。
『偉大なる双血を持つ者よ 真実を知り 血の根を断て』
――真実……転生のことなのか……?
そして裏には、こう添えられていた。
『19と9番目の炎と影より』
――この世界にも、なぜかタロットカードはある。19は“太陽”、9は“隠者”。
もし意味があるなら……何を示している?
何度読んでも、答えには届かない。
だが、胸の奥にじわじわと広がる違和感だけは、確かに残った。
――気のせいかもしれない。でも、それでも。
日常が少しずつ軋み始めている――そんな気がした。
しばらくして、また扉を叩く音が響いた。
「アレン様、勉学の時間でございます」
――もう、そんな時間か……。
扉が静かに開くと、見慣れた赤髪の侍女が入ってきた。
彼女は幼い頃から俺の身の回りの世話や勉強を見てくれている存在で、正直、家族よりも長く顔を合わせてきた。
「アレン様、今日で最後なんですよ!」
笑顔で言う彼女に、俺は思わずうんざりした声を漏らす。
「昨日で筆記試験は終わったはずだ……!」
「今日はこの2年間の復習をします!」
「ふ、復習!? 2年分を一気にか……?」
「最後だからって容赦しませんよ。
それに、今日でアレン様が嫌いな“この時間”も終わりですから、我慢してください!」
「退屈なだけで、別に嫌いじゃない……」
そうぼそりと呟いて、視線を逸らす。
「もう、相変わらず素直じゃありませんね。
そんな態度じゃ、同年代の女の子にモテませんよ?」
「……別に、いい……!
それより、早く復習を始めてくれ」
侍女はくすっと笑って、手元の本を開いた。
「では、世界原理から。世界呪について説明してください」
「“死の制約”で、人は普通の攻撃では死ねない……」
「正解です。言葉の通り、誰かがこの世界全体に呪いをかけたことが始まりと言われています」
「……その“誰か”って、結局誰なんだ?」
「それは分かっていません。この世界の最大の謎のひとつです」
――ヘスペリデスの中でも、“死の制約”があった。最初にこの世界をそこだと思ったのは、それが理由だ。でも、それ以外の共通点はない。
「次の質問です。では、人は寿命を迎える以外どうやって死に至りますか?」
「魔物に心臓を潰されるか、魔物の核を使ったクロム武器で心臓を潰すか」
「完璧です!」と侍女は手を叩いた。
――クロム武器……これはヘスペリデスの中では聞いたことがなかった。
「あのさ、“呪法”って言葉を知ってるか?」
「ジュホウ……? なんですかそれ?」
――やっぱりな。ヘスペリデスでは魔法じゃなくて、“呪法”という、自分の体を呪って力に変え、戦っていた。
「じゃあ、“勇者”っていうのは?」
――この世界の童話や伝説では沢山英雄という言葉は出てきたが、勇者という言葉聞いたことがない。
「ユウシャ……? アレン様、さっきから何をおっしゃってるんですか?」
俺は他のヘスペリデスで出てくる言葉を聞いたが、どれも彼女には通じなかった。
――やっぱりこの世界は、似ているようで違う。俺が知ってるヘスペリデスとは、何かが違う。
「もしかして……アレン様、意味の分からないことを言って時間を潰そうとしてるんじゃありませんか!」と、彼女は頬をふくらませて怒ったように言った。
「ち、違うって! こ、これには訳が……!」
「言い訳は許しません!」
――結局、そのまま2年分の復習が始まり、気づけば外はすっかり日が暮れていた。
「……もう疲れたよ……」
「アレン様、10歳になってから入る王術学院の方が、今より何倍も難しいですよ?」
「別にいいよ。そのときになったら考える」
「明日からは、聖騎士長の戦闘訓練も始まるんですからね。痛い目に遭っても知りませんよ」
ため息混じりに呟く侍女の声を背に、俺は椅子に深く座り込んだ。
「……また、そのときになったら考える」
「今日はこれで最後です。そろそろ、アル王子が戻られる頃ですよ」
――そうだ、今日は兄上が戦から帰ってくる日だ。
「もう行っていいか?!」
「明日からは訓練場ですからね」
「わかってるって!」
俺は勢いよく立ち上がり、足早に部屋を飛び出した。
王室へ向かう、その足取りは自然と軽くなっていた。
息を呑んで飛び起きた。
額から汗が滝のように流れ、心臓が喉元で暴れていた。
――夢……? いや、違う。今のは、ずっと忘れていた“記憶”だ。
「俺は……大学生だった。あの日までは」
部屋を見渡す。
豪華な家具、織物のカーテン、静かに動く魔道砂時計。
ここは魔法のある世界。
俺は7歳の王子として生きている
――けど、たった今、地球での記憶を思い出した。
「……転生、してたのか……俺は……」
ふと、姿見に目をやった。
重い足を引きずるように近づいて、鏡に映る自分と向き合う。
――あれ……?
今までは“これが普通”だと思っていた。
でも、記憶を取り戻した今は、わかる。
――明らかにおかしい……。
7歳のはずなのに、鏡に映った俺の姿は背が高く、体つきも引き締まっていて、明らかに大人びている。
彫りの深い顔立ちに整った鼻筋、少し長めで艶のある黒髪は首元で軽く揺れ、どこか西洋的で――それでいてどこか異世界の種族、たとえば耳の短いエルフのようにも見えた。
ずっと見慣れていた自分の姿なのに、今になって違和感が湧いてくる。
「……これが7歳……?」
ここで生まれて育ってきたから、これまで疑問にも思わなかった。
でも、今はっきりと違和感を覚えている。
――この世界、成長速度が地球と違うのか……?
そう思ったとき、ふと頭に浮かんだのは、この世界では“10歳が成人”とされているという常識だった。
確かに、そうでなければ説明がつかない。
鏡に映る自分の姿――大人びた骨格に背の高さ、落ち着いた顔立ち――は、地球の基準で言えば完全に青年のそれだ。
――なるほどな……見た目通り、こっちじゃ10歳で大人ってわけか。
手のひらを広げ、力を込めると、黒い静電気が走る。
これが俺の魔法、“黒雷”。
響きこそ強そうだが、実際はただの微弱な静電気。
――転生って、普通は最強スキルとか加護で無双するもんだろ……。
「……結局、こっちでも俺は……」
記憶を取り戻しても、地球にいた頃と同じ。
俺は平凡なままだ。
それでも、不思議と後悔はなかった。地球に帰りたいとも思わない。ただ――
「……友達には、会いたいな」
扉を叩く音が響いた。
「アレン様、大丈夫ですか?」
――しまった、叫び声を聞かれたか。
「……ああ、悪夢を見ただけだ」慌てて声を落ち着かせる。
「何かあれば、すぐにお呼びください」
足音が遠ざかる。
そのとき、風がカーテンを揺らし、甘い花の香りがふわりと漂った。
――昨日、窓なんて開けたっけ……?
視線の先、窓には一通の手紙が挟まれていた。
――ここは10階だぞ……誰が、どうやって?
胸にかすかな緊張が走る。封筒は少し湿っていて、冷たい空気が部屋へと入り込んでくる。
庭を見下ろすと、銀髪の庭師がこちらを見上げていた。
「お目覚めですか、アレン様! 良い朝ですな!」
俺はいつも通り軽く一礼を返す。
――俺は今、王族としてこの世界に生きている。それだけでも、もう“普通”じゃない。
視線を手紙に戻し、封を切った。
羊皮紙のような紙に、不規則な文字が綴られていた。
『偉大なる双血を持つ者よ 真実を知り 血の根を断て』
――真実……転生のことなのか……?
そして裏には、こう添えられていた。
『19と9番目の炎と影より』
――この世界にも、なぜかタロットカードはある。19は“太陽”、9は“隠者”。
もし意味があるなら……何を示している?
何度読んでも、答えには届かない。
だが、胸の奥にじわじわと広がる違和感だけは、確かに残った。
――気のせいかもしれない。でも、それでも。
日常が少しずつ軋み始めている――そんな気がした。
しばらくして、また扉を叩く音が響いた。
「アレン様、勉学の時間でございます」
――もう、そんな時間か……。
扉が静かに開くと、見慣れた赤髪の侍女が入ってきた。
彼女は幼い頃から俺の身の回りの世話や勉強を見てくれている存在で、正直、家族よりも長く顔を合わせてきた。
「アレン様、今日で最後なんですよ!」
笑顔で言う彼女に、俺は思わずうんざりした声を漏らす。
「昨日で筆記試験は終わったはずだ……!」
「今日はこの2年間の復習をします!」
「ふ、復習!? 2年分を一気にか……?」
「最後だからって容赦しませんよ。
それに、今日でアレン様が嫌いな“この時間”も終わりですから、我慢してください!」
「退屈なだけで、別に嫌いじゃない……」
そうぼそりと呟いて、視線を逸らす。
「もう、相変わらず素直じゃありませんね。
そんな態度じゃ、同年代の女の子にモテませんよ?」
「……別に、いい……!
それより、早く復習を始めてくれ」
侍女はくすっと笑って、手元の本を開いた。
「では、世界原理から。世界呪について説明してください」
「“死の制約”で、人は普通の攻撃では死ねない……」
「正解です。言葉の通り、誰かがこの世界全体に呪いをかけたことが始まりと言われています」
「……その“誰か”って、結局誰なんだ?」
「それは分かっていません。この世界の最大の謎のひとつです」
――ヘスペリデスの中でも、“死の制約”があった。最初にこの世界をそこだと思ったのは、それが理由だ。でも、それ以外の共通点はない。
「次の質問です。では、人は寿命を迎える以外どうやって死に至りますか?」
「魔物に心臓を潰されるか、魔物の核を使ったクロム武器で心臓を潰すか」
「完璧です!」と侍女は手を叩いた。
――クロム武器……これはヘスペリデスの中では聞いたことがなかった。
「あのさ、“呪法”って言葉を知ってるか?」
「ジュホウ……? なんですかそれ?」
――やっぱりな。ヘスペリデスでは魔法じゃなくて、“呪法”という、自分の体を呪って力に変え、戦っていた。
「じゃあ、“勇者”っていうのは?」
――この世界の童話や伝説では沢山英雄という言葉は出てきたが、勇者という言葉聞いたことがない。
「ユウシャ……? アレン様、さっきから何をおっしゃってるんですか?」
俺は他のヘスペリデスで出てくる言葉を聞いたが、どれも彼女には通じなかった。
――やっぱりこの世界は、似ているようで違う。俺が知ってるヘスペリデスとは、何かが違う。
「もしかして……アレン様、意味の分からないことを言って時間を潰そうとしてるんじゃありませんか!」と、彼女は頬をふくらませて怒ったように言った。
「ち、違うって! こ、これには訳が……!」
「言い訳は許しません!」
――結局、そのまま2年分の復習が始まり、気づけば外はすっかり日が暮れていた。
「……もう疲れたよ……」
「アレン様、10歳になってから入る王術学院の方が、今より何倍も難しいですよ?」
「別にいいよ。そのときになったら考える」
「明日からは、聖騎士長の戦闘訓練も始まるんですからね。痛い目に遭っても知りませんよ」
ため息混じりに呟く侍女の声を背に、俺は椅子に深く座り込んだ。
「……また、そのときになったら考える」
「今日はこれで最後です。そろそろ、アル王子が戻られる頃ですよ」
――そうだ、今日は兄上が戦から帰ってくる日だ。
「もう行っていいか?!」
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