エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第001話 プロローグ

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 誰かを守れる存在に――そう、英雄のように。
 いつからか、そんな憧れを胸に抱いていた気がする。
 それが夢か現かも分からぬまま、意識は深い霧の中へと沈んでいった。
 
 ――青い点滅……?

「アレン! 早く進め!」
 前から飛んできた声に押されるように、俺は前へ走り出した。

「ったく、道の真ん中で立ち止まんなよー」
 ――この男、誰だ……?

「あ、ああ……ごめん」

「早く”アレ”買いに行こうぜ!」
 妙に軽装で、奇妙な布切れのような服を着た黒髪の男が、軽快な足取りで走り出す。

 ――なんだあの服、鎧でもローブでもない……。

「アレ……? あ、待てよ!」
 咄嗟に言葉が口から漏れ、体が勝手にその男の後を追っていた。

 ――だが、目に映る景色がどうにもおかしい。
 左右には、空に届くかのような巨大な硝子の塔。無機質な石と鉄で作られた無数の建物が、空を遮るように立ち並んでいる。

「おい、ずっと上ばっか見てると田舎者みたいだぞ?」
 
 男が振り返ってからかう。

 ――今、馬鹿にされた……? いや、それよりも……ここは……どこだ?

 道を進んでいくと、巨大な扉を構えた建物が見えてきた。人が次々と中へ入っていく。

「やっと来たな! 新作、待ちきれなかったぜ!」

「……ああ。早くエルドの新作、買いに行こう」

 ――なんだこれ……口が、勝手に……。

 体がまるで操られるように、勝手に建物の中へと進んでいく。足に力が入らない。意識とは裏腹に、体だけが動いていた。

「あったぞ! アレじゃないか?!」
 男が興奮気味に、金色の果実が描かれた板のような物を手に取って見せてきた。

「これが……“ヘスペリデス”なんだな……」

 ――“ヘスペリデス”……どこかで聞いたことが……。

「今夜は徹夜コースだなー」

「俺は明日の講義、休もうかな」

 ――なんだろう。懐かしい。この感覚……。

「この西洋風の世界観、たまらんよな」

「ストーリーも重厚で今季の覇権確定だな!」

「光の勇者ソルンの物語か。あれは……確かに、いい……」

 ――思い出してきた。俺は……死にゲーが好きだった。
 そうだ。この男は、俺の親友……ショウ。よく一緒にゲームをしていた。
 
 瞬きすると、景色が変わっていた。

「アレン! どこまで進めた?」
 ――ここは……俺の部屋……?

「今、闇王ニトの居城まで来た」

「マジかよ! 俺なんかまだ歴戦の老兵で詰まってるわ」

「実は戦わずに進めるルート、見つけたんだ」

 瞬き――

 ――今度は、洞窟……?

「おい、急に止まるなよ」
 背後から声がして、振り返るとそこにはショウがいた。

「あ、ごめん」と反射的に答え、姿勢を戻す。

「アレン君、大丈夫?」

 ――この人……誰だっけ。綺麗な人だ……。

「ミサキ先輩を心配させんなよ」

「だ、大丈夫です!」

「洞窟探検サークルは、安全第一! 調子悪かったらすぐ言うのよ!」

 ――そうだ。俺とショウで、適当に入ったサークル……。

「アレン、これ……地底都市に繋がる洞窟みたいじゃね?」

「……言われてみれば、そんな雰囲気かもな」

「も~、またゲームの話?」と、背後から女性の声。

 ――この子は、ショウの幼馴染……ミオ。

「違うって。ただ、雰囲気があるなって話だよ」

「どうせまた”死んだ回数”とか”何回目で倒した”とかでしょ?」

「皆、集中力切れてきたし、ちょっと早めに休憩にしようか!」

 ミサキ先輩の提案で、俺たちは昼食をとることになった。

「そのゲーム、そんなに面白いの?」

「ミサキ先輩もやってみます?」

「ちょっと! 変なこと教えないで!」
 ミオがショウの耳を抓っている。

「二人とも、ほんとに仲良いね」

「そうですね」と俺は呟いた。

 ふと、ミサキ先輩が真剣な表情になった。

「ねぇ、皆は……人が死んだらどうなると思う?」

「急にどうしたんですか?」とショウが笑いながら返す。

「“死んだら無になる”って、よく言うけど……私は違うと思うの」

「じゃあ、どこへ行くんですか?」

「地獄でも天国でもない、別の世界……そんな気がする」

「……それって何かの宗教ですか?」

「ううん。そうだったら、少し安心できるってだけ」

「……俺も、賛成です」

 ――そうだ。男なら一度は異世界転生、夢見るよな。

「でも俺は、ヘスペリデスの世界は嫌だな」とショウが腕を組みながら言った。

「え? 好きなんじゃないの?」と横にいたミオが驚いた顔をしていた。

「キャラがみんな辛そうだからな」

「でも、“死の制約”があるおかげで、寿命以外じゃ滅多に死なないよ?」
 思わず早口で喋ってしまっていた。

「だからこそ、命の重みが分からなくなるのが嫌だな」

 ――けど……“死なない”なら、その方がいいと思ってた。

 その時だった。
 洞窟の奥から、叫び声が響いた。

「……今の、声……?」

「もしかして、誰か先に入ってたのかも……」

「俺、見てきます!」

「ダメよ、もう結構奥まで来てるのよ?」

「それでも、助けが必要なら……」

 ――そうだ。ショウは正義感が強い男だった。

「私は、誰かを見捨てて帰るなんてできません……」とミオが言う。

「じゃあ全員で行きましょう。少しでも危ないと感じたら、すぐ引き返すから」
 ミサキ先輩の言葉に、皆が頷いた。

 ――瞬きすると、また景色が変わる。

「おい……今、人影、見えなかったか……?」とショウが振り返りながらいう。

「やめてよ、そういうの……」

「……俺の見間違いかも」ショウは顎に手を当てて何か考えている様子だった。

 ――また、景色が切り替わる。

「なんだ、この穴……」
 深く、どこまでも暗い縦穴が下に続いていた。

「この中に、誰かが落ちたんだわ……! レスキューを呼ばないと!」

「ミサキ先輩……電波、通じません……」ミオがスマホを見せる。

「じゃあ、一度戻るしかないわね……」

「先輩、あそこに……梯子があります」とショウが奥を指差した。

「でも……ダメ。あそこは危険すぎる。助けは外から呼ぶべきよ」
 ショウは唇を噛み、悔しそうにうつむいた。

 その時――大きな揺れが洞窟を襲った。

 ――地震……?

「みんな、伏せろ!」
 ショウの声が響いた直後、足元が崩れ、彼の体が穴の方へ傾いた。

「ショウ!」
 反射的に体が動く。
 俺はショウの腕を掴み、全力で引き寄せた。

 ――重い……このままじゃ俺まで……!

 足元に力を込めて踏ん張るが、突如として強烈な引力が足元から働き出した。
 まるで、地面そのものが俺を飲み込もうとしているようだった。

 なんとかショウを地面へと放り出したその瞬間、俺の体がぐん、と強く引かれる。

「アレン君! 掴んでッ!」
 駆け寄ってきたミサキ先輩が、俺の手を掴んだ。

 しかし次の瞬間――彼女の表情が凍りついた。

「……!」
 言葉にならない何かを口にしながら、彼女は俺の背後を見つめ、顔を引きつらせていた。

 ――え?

 何が起きたのか分からない。
 次の瞬間、ミサキ先輩の手が俺の手から滑り落ちた。
「……ミサ……キ、せん……ぱい……?」

 彼女の手が離れたのか、俺の体が吸い込まれるように穴の中へと引きずり込まれていく。

 引力は増す一方で、どんなに体を捩っても、何かに掴まろうとしても、すべてが空を切った。

 ――なんだこれは……止まらない……!

 視界がぐるぐると回り、辺りは暗く、深く、底のない奈落へと変わっていく。

 そして、俺の体は完全に暗闇に飲まれた。
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