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第一章
第011話 記憶の喪失
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背中と喉に激しい痛みを感じ、目が覚めた。視界に入ったのは、華やかな天井。
すぐに、自分の部屋だと理解した。
右手に生ぬるい体温を感じる。
視線を向けると、妹が俺の手を握りながら眠っていた。
外は晴天。窓の隙間から温かい風が吹き込んでいる。
――昼頃だろうか。
ずいぶん長く眠っていたらしい。
途端に、アイザックの顔が脳裏に浮かんだ。
「訓練場に行かなければ」
慌てて体を起こしかけた、その時。
「……お兄様?」
妹が目をこすり、首を傾げる。
次の瞬間、ぱっと目を見開いた。
「兄様が目を覚ました!」
その声に驚いた侍女が、勢いよく扉を開けて駆け込んできた。
「アレン様、お体の具合はいかがでしょうか?」
「体の調子……? それより、訓練に行かないとアイザックに叱られる」
立ち上がろうとした瞬間――腰に激痛が走り、動けなくなった。
「今は安静にしていただかないと。訓練も、1週間ほどお休みです。アイザック様も承諾済みです」
――訓練が休み……? なんて最高なんだ。
やっと自由な時間ができる。
それも、1週間も。――ところで、なぜ俺は怪我をしているんだ?
思い出せない。
――確かアイザックに連れられて城下町に行ったはずだ。だが、それから……?
何か、大切なことを忘れている気がする。この喪失感は、一体……?
「訓練の件はわかった。安静にする。
だから、食事を持ってきてくれないか」
侍女が一礼し、部屋を出る。
「お兄様、怪我の具合は?」
妹の心配そうな瞳が、とても愛らしかった。
「痛みはあるけど……そんなに酷くはない、はずだ」
そう言いながらも、腰の痛みは尋常ではなかった。
――なぜ、俺は怪我をしている?
なぜ、思い出せない?
「アイラ、怪我の理由を聞いていないか?」
妹は、首を横に振った。
アイザックに聞けば確実だが、わざわざ呼ぶわけにもいかない。
「母上を呼んでくる!」
妹はそう叫ぶなり、走り去っていった。
引き留めようとしたが、声は届かなかった。
あの日、何があったのか思い出すために、記憶を整理しよう。
王宮を出て、最初にたどり着いたのは――あの地獄のような場所。
――そして次は? そうだ、狂気を帯びた声が聞こえた。
腕と喉に突き立てられた釘、足元まで伸びる炎、そして絶望の音。それらが順番に頭に浮かぶ。
そして、今まで感じたことのない焦燥と恐怖がよみがえった。
――なぜ、今まで忘れていた……?
突如、激しい吐き気が襲う。
「――っ!」
叫びながら、俺は吐いた。
「アレン、どうした? 何があったんだ!」
兄の声が聞こえる。
その後、侍女が駆けつけて嘔吐物の処理をしてくれた。
水を口にし、兄の支えもあって、どうにか落ち着くことができた。
――前にも、同じことがあった気がする。
「昨日、何があったんだ?」
兄の声は焦りを帯びていた。
「それが……あまり、覚えていないんだ」
「覚えていない?」
「俺は、なぜ怪我をしている? アルは知らないか?」
「それも覚えていないのか?
……短剣で自分を刺したと聞いたが」
怪訝そうな顔で、兄は俺を見つめる。
――俺が自分を刺した? 驚きを隠せない。自分を刺さなければならない理由が見つからない。
それに、そんな度胸が自分にあったことにも驚いた。
――本当に、俺が……?
「それは、本当なのか? 俺が、自分を……」
「あのアイザックが焦っていた。すぐに緑の塔で治療しろと」
「……アイザックは、他に何か言っていなかったか?」
「アレンが、何度も同じ言葉を繰り返していたと聞いた」
「俺は、なんと言っていた?」
「"忘れるな、思い出せ"……そう、繰り返していたそうだ」
まるで、忘れることが前提だったかのように。
――昨日、俺の身に何が起こった?
“鱗の使徒”のことか? それなら、覚えている。
――それとも、別の……?
「本当に、覚えていないのか?」
「ああ……思い出せない」
「ゆっくり休めば、何か思い出すかもしれないな。
それより、アレンは何の目的で城下町に行ったんだ?」
「ああ……それは、アルの……」
そう言いかけて、思い出す。
兄の装飾品を買いに行ったこと。
そして――宝石店での記憶が、すべて蘇った。
「なんだ?」
「……いや、なんでもない。ただ、城下町を見てみたかったんだ」
贈り物は、神降式の当日に渡したい。
あと少しで、口が滑るところだった。
「アレンが何かに興味を持つとは、珍しいことだな」
「そうか?」
「昔、お前は"城下町を見たい"と言って見張り塔に登ったが、すぐに飽きてつまらなそうにしていたじゃないか」
「……あの時、アルもいたの?」
「おいおい、記憶までなくしたのか?
一緒に登っただろう。確か、何かの本を読んでいた気がするが……思い出せないな」
「それなら、アルも同じじゃないか」
兄が笑う。つられて、俺の口元にも笑みが浮かぶ。
――この感覚は久しぶりだ。兄とこうして気楽に話すのは、いつぶりだろうか。怪我をするのも、悪くないのかもしれない。
「懐かしいな。最近は忙しくて、笑うこともなかった」
ふと、兄の表情が崩れた。
どこか、疲れているように見える。――考えてみれば当然のことなのに、"兄も疲れるのか"と、妙な驚きを覚えた。
だが、どんな言葉をかければいいのかわからない。
つまるところ、話題を変えることしかできなかった。
「城下町の外れに、スラム街があったんだ。何か……しなきゃいけない気がする」
「……アレンは、やっぱり優しいな」
「……そうか?」
「そんなの、気にすることはない。俺たちには関係ないからな」
その言葉を口にした兄の姿は――まさに、"無感の王子"だった。
動揺と、理解できない苦しさが喉を塞ぐ。
だが、頭ではわかっていた。
これは、明らかに間違いだ。
だが、なぜか既視感があった。
過去にも、同じ感覚を抱いたことがある気がする。
頬に、冷たい手の温もりを感じた。
「家族が無事なら、他がどうなろうと、どうでもいいんだ」
視線を上げると、兄が笑っていた。
頬に触れる手は冷たいはずなのに、不思議と温かく感じる。
「……それじゃあ、国民は、誰が守るの?」
「国民を守るのは、国王の仕事だ。俺たちじゃない」
「アル、それは屁理屈だ。俺たち王族にも、責任はある」
「俺たちは、生まれながらの王族だ。
……王族になることを、選べたか? 俺は、そんな機会は与えられなかった。なのに責任だけ押し付けられるなんて、理不尽だ」
「でも、"王になってくれる"って、約束してくれたじゃないか」
「――アレン、その約束を覚えているのか?」
兄が、じっと俺を見つめる。
「……いつ、思い出した?」
――何を言っている?
そんな約束、忘れるはずがない。……いや、待て。
この記憶は、何だ?
すぐに、自分の部屋だと理解した。
右手に生ぬるい体温を感じる。
視線を向けると、妹が俺の手を握りながら眠っていた。
外は晴天。窓の隙間から温かい風が吹き込んでいる。
――昼頃だろうか。
ずいぶん長く眠っていたらしい。
途端に、アイザックの顔が脳裏に浮かんだ。
「訓練場に行かなければ」
慌てて体を起こしかけた、その時。
「……お兄様?」
妹が目をこすり、首を傾げる。
次の瞬間、ぱっと目を見開いた。
「兄様が目を覚ました!」
その声に驚いた侍女が、勢いよく扉を開けて駆け込んできた。
「アレン様、お体の具合はいかがでしょうか?」
「体の調子……? それより、訓練に行かないとアイザックに叱られる」
立ち上がろうとした瞬間――腰に激痛が走り、動けなくなった。
「今は安静にしていただかないと。訓練も、1週間ほどお休みです。アイザック様も承諾済みです」
――訓練が休み……? なんて最高なんだ。
やっと自由な時間ができる。
それも、1週間も。――ところで、なぜ俺は怪我をしているんだ?
思い出せない。
――確かアイザックに連れられて城下町に行ったはずだ。だが、それから……?
何か、大切なことを忘れている気がする。この喪失感は、一体……?
「訓練の件はわかった。安静にする。
だから、食事を持ってきてくれないか」
侍女が一礼し、部屋を出る。
「お兄様、怪我の具合は?」
妹の心配そうな瞳が、とても愛らしかった。
「痛みはあるけど……そんなに酷くはない、はずだ」
そう言いながらも、腰の痛みは尋常ではなかった。
――なぜ、俺は怪我をしている?
なぜ、思い出せない?
「アイラ、怪我の理由を聞いていないか?」
妹は、首を横に振った。
アイザックに聞けば確実だが、わざわざ呼ぶわけにもいかない。
「母上を呼んでくる!」
妹はそう叫ぶなり、走り去っていった。
引き留めようとしたが、声は届かなかった。
あの日、何があったのか思い出すために、記憶を整理しよう。
王宮を出て、最初にたどり着いたのは――あの地獄のような場所。
――そして次は? そうだ、狂気を帯びた声が聞こえた。
腕と喉に突き立てられた釘、足元まで伸びる炎、そして絶望の音。それらが順番に頭に浮かぶ。
そして、今まで感じたことのない焦燥と恐怖がよみがえった。
――なぜ、今まで忘れていた……?
突如、激しい吐き気が襲う。
「――っ!」
叫びながら、俺は吐いた。
「アレン、どうした? 何があったんだ!」
兄の声が聞こえる。
その後、侍女が駆けつけて嘔吐物の処理をしてくれた。
水を口にし、兄の支えもあって、どうにか落ち着くことができた。
――前にも、同じことがあった気がする。
「昨日、何があったんだ?」
兄の声は焦りを帯びていた。
「それが……あまり、覚えていないんだ」
「覚えていない?」
「俺は、なぜ怪我をしている? アルは知らないか?」
「それも覚えていないのか?
……短剣で自分を刺したと聞いたが」
怪訝そうな顔で、兄は俺を見つめる。
――俺が自分を刺した? 驚きを隠せない。自分を刺さなければならない理由が見つからない。
それに、そんな度胸が自分にあったことにも驚いた。
――本当に、俺が……?
「それは、本当なのか? 俺が、自分を……」
「あのアイザックが焦っていた。すぐに緑の塔で治療しろと」
「……アイザックは、他に何か言っていなかったか?」
「アレンが、何度も同じ言葉を繰り返していたと聞いた」
「俺は、なんと言っていた?」
「"忘れるな、思い出せ"……そう、繰り返していたそうだ」
まるで、忘れることが前提だったかのように。
――昨日、俺の身に何が起こった?
“鱗の使徒”のことか? それなら、覚えている。
――それとも、別の……?
「本当に、覚えていないのか?」
「ああ……思い出せない」
「ゆっくり休めば、何か思い出すかもしれないな。
それより、アレンは何の目的で城下町に行ったんだ?」
「ああ……それは、アルの……」
そう言いかけて、思い出す。
兄の装飾品を買いに行ったこと。
そして――宝石店での記憶が、すべて蘇った。
「なんだ?」
「……いや、なんでもない。ただ、城下町を見てみたかったんだ」
贈り物は、神降式の当日に渡したい。
あと少しで、口が滑るところだった。
「アレンが何かに興味を持つとは、珍しいことだな」
「そうか?」
「昔、お前は"城下町を見たい"と言って見張り塔に登ったが、すぐに飽きてつまらなそうにしていたじゃないか」
「……あの時、アルもいたの?」
「おいおい、記憶までなくしたのか?
一緒に登っただろう。確か、何かの本を読んでいた気がするが……思い出せないな」
「それなら、アルも同じじゃないか」
兄が笑う。つられて、俺の口元にも笑みが浮かぶ。
――この感覚は久しぶりだ。兄とこうして気楽に話すのは、いつぶりだろうか。怪我をするのも、悪くないのかもしれない。
「懐かしいな。最近は忙しくて、笑うこともなかった」
ふと、兄の表情が崩れた。
どこか、疲れているように見える。――考えてみれば当然のことなのに、"兄も疲れるのか"と、妙な驚きを覚えた。
だが、どんな言葉をかければいいのかわからない。
つまるところ、話題を変えることしかできなかった。
「城下町の外れに、スラム街があったんだ。何か……しなきゃいけない気がする」
「……アレンは、やっぱり優しいな」
「……そうか?」
「そんなの、気にすることはない。俺たちには関係ないからな」
その言葉を口にした兄の姿は――まさに、"無感の王子"だった。
動揺と、理解できない苦しさが喉を塞ぐ。
だが、頭ではわかっていた。
これは、明らかに間違いだ。
だが、なぜか既視感があった。
過去にも、同じ感覚を抱いたことがある気がする。
頬に、冷たい手の温もりを感じた。
「家族が無事なら、他がどうなろうと、どうでもいいんだ」
視線を上げると、兄が笑っていた。
頬に触れる手は冷たいはずなのに、不思議と温かく感じる。
「……それじゃあ、国民は、誰が守るの?」
「国民を守るのは、国王の仕事だ。俺たちじゃない」
「アル、それは屁理屈だ。俺たち王族にも、責任はある」
「俺たちは、生まれながらの王族だ。
……王族になることを、選べたか? 俺は、そんな機会は与えられなかった。なのに責任だけ押し付けられるなんて、理不尽だ」
「でも、"王になってくれる"って、約束してくれたじゃないか」
「――アレン、その約束を覚えているのか?」
兄が、じっと俺を見つめる。
「……いつ、思い出した?」
――何を言っている?
そんな約束、忘れるはずがない。……いや、待て。
この記憶は、何だ?
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