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第一章
第016話 王家の円卓
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「アレン様、準備は整いましたか?」
「……本当にこれでいいのか?」
鏡の前で自分の姿を見つめる。
白を基調とした衣装に、繊細な金色の模様が施されていた。思ったよりも王族らしい。
「すごくお似合いです!」
赤髪の侍女が手を叩きながら言った。
――その時、扉の外から兵士の声が響く。
「アレン様、女王陛下が控え室へお呼びです」
「すぐ行く」
――今日は必ず見つける。手紙の差出人を。
手紙を服に忍ばせ、母のもとへ向かった。
「母上、参りました」
「遅かったわね。でも、よく似合っているわよ」
母の言葉に返す間もなく、視界の端に映った姿に驚く。
「お兄様、贈り物はちゃんと持ってきた?」
白の衣装を纏った金髪の妹が、微笑みながら立っていた。
「体調は大丈夫なのか? それに、髪の色が……」
「髪色がどうかしたの?」
――忘れているのか?
「アイラは倒れてから、緑の塔で療養していたのよ」
間髪入れずに母が答える。
「緑の……?」
――そうか。白の塔にいたことは秘密なんだな。
「そうなんだ」
気づかれぬよう、言葉を濁した。
「それで、お兄様はちゃんと持ってきたの?」
「もちろん」
腕輪の入った箱を見せると、妹が満足そうに頷いた。
「そろそろアルも来るわ。渡す準備をしておきなさい」
「わかった。ところで、これから何をするの?」
「夕暮れまで、貴族を交えた身内だけの式典よ」
――観察するには、絶好の機会だな。
「あっ、アルお兄様が来た!」
振り返ると、そこに立っていたのは――この世に愛された者だった。
黄金の葉に龍の羽と獅子の牙が飾られた王冠。
まるで神話の王のように、すべてが彼にふさわしく思えた。
「やっぱり、アルは様になるな」
「ありがとう。二人もよく似合っているよ」
穏やかに微笑む兄の姿に、妹は嬉しそうに箱を差し出す。
「お兄様、おめでとう」
箱の中には、水色の水晶と蒼い宝石が連なる腕輪があった。
「これ、貰っていいのか?」
驚きに目を見開く兄の姿を見て、思わず微笑む。
「これ、おれからも」
服に忍ばせていた箱を取り出し、さりげなく差し出した。
「アレンからも?」
兄は箱を開け、白い宝石を手に取る。
「……ありがとう」
その目が、一瞬光を宿したように見えた。
「俺はこの世界で最も幸せだ」
兄と妹が笑顔を交わし合う。その光景は、この世で最も美しいものに思えた。
母は静かに、その様子を見守っている。
「さあ、時間だわ。神殿へ向かいましょう」
神殿に着くと、父が扉の前で待っていた。
「皆が待っている。呼ばれたら一人ずつ入場するのだ」
そう言うと、父は遠くにいる兵士に合図を送る。
「皆様、大変お待たせしました。これより神降式を執り行います。まずは、黄金の一族にご入場いただきます」――神殿の中から、力強い声が響いた。
「リエン・エルサクス女王、お入りください」
――大きな扉がゆっくりと開かれる。
次の瞬間、拍手と歓声が一斉に響いた。
その音の大きさから、中に大勢の人がいるのが分かる。
「私の後に続いて歩いてくるのよ」
母が微笑み、次の瞬間には女王の顔へと変わる。背筋を伸ばし、凛とした足取りで神殿の中へと進んでいった。
――急に緊張してきた。
「第1王女、アイラ・エルサクス様。お入りください」
妹に目を向けると、微塵も緊張を感じさせない笑顔を浮かべていた。――堂々とした足取りで、彼女もまた神殿の中へと消えていく。
――おれにできるのか?
「アレン、何も考えるな」
声の方へ視線を向けると、兄が微笑んでいた。
「第2王子、アレン・エルサクス様。お入りください」
――深呼吸し、歩を進める。
壮麗な神殿の内部が目に入る。
まばゆい光に包まれ、無数の人々がいるにもかかわらず、不思議な一体感を感じる空間。
――見たことのない顔ばかりだ。
奥には玉座が鎮座していた。威厳と神聖さを放つその場所は、ただの椅子ではなかった。
「四代目エルゴン・エルサクス国王、お入りください」
歓声と拍手が、さらに一段と大きくなった。
玉座の左右には席が並んでいる。
右側は空席、左側にはすでに人が座っていた。
――アイザックだ。
改めて、彼もまた王族なのだと実感する。
彼の視線を感じ、目を向けると――いつも通り、不気味な笑みを浮かべていた。
――気づけば、席の前に立っていた。
「では、お座りください」
――アルはやっぱり最後か。
「太陽の加護の下、獅子の牙は強さを誇り、龍の羽は威厳を示す。太陽の民よ、思い出せ。我らが誰に仕えるか」
すべての視線が、扉へと向けられる。――この重圧に、俺は耐えられるのか?
「第1王子、アルアディアン・エルサクス様。お入りください」
――その瞬間、人々は神智を超えた存在と出会った。
奥から、影がゆっくりと進んでくる。
歩を進めるたびに、歓声と拍手が高まっていく。
そして兄の全貌が現れた時、人々は息を呑んだ。
――一瞬、世界が止まる。
やがて意識を取り戻し、より盛大な歓声と拍手が巻き起こる。
兄は玉座の前で立ち止まり、国王とともに人々へと一礼した。そして静かに、こちらへと歩み寄る。
その瞬間、父が立ち上がった。
「今日という時を迎えることを、誇りに思う」
重厚な声が、神殿の隅々まで響き渡る。
「我が愛する息子が、神の許しを受ける時が近づくにつれ、私は何度も自問した――“王とは何か”と」
父の鋭い眼差しが、集う人々を射抜く。
「王とは、ただ血統を継ぐ者ではない。ただ権威を振るう者でもない。我らは神に選ばれ、民と共に生き、太陽の導きを受けながら、正しき道を示す者でなくてはならぬ」
静寂が降りる。誰もが、父の言葉に耳を傾けていた。
「アルアディアン・エルサクス。我が息子よ。お前は、神と民の祝福を受けるにふさわしい王族であるか?」
兄は一歩前に進み、迷いなく答えた。
「はい。我が血、我が剣、我が魂のすべてを、この国と神に捧げます」
父は目を細め、静かに頷いた。
「ならば、この誓いを太陽と共に刻もう」
天窓から差し込む光が、一筋、父の王冠を照らす。
「神の光をここに」
その声に続き、人々が一斉に同じ言葉を唱えた。
その後、歩いてきた道に円卓が運ばれ、王族たちはそこに移り、食事の席が設けられた。
円卓にはアスランとアイザックの家族も連なり、やがて食事が始まる。
――そして、アイザックは正面に座っていた。
「兄上も、そろそろ伴侶を迎えてはどうだ」
父が、アスランに向かって問いかける。
「わしに、そういう気はない」
アスランはわずかに息を吐き、杯を口に運んだ。
「アスラン殿、時間は有限ですぞ。我が娘リーシアなど、如何かな?」
アイザックの隣に座る立派な赤髭の男が言葉を挟む。
「父上! 変なことを仰らないでください。アスラン様に失礼です!」
可憐な少女がすんとした顔でたしなめた。
「ふむ、若すぎるな」
アスランは興味なさげに言い、視線を向け直した。
「それより、ボルザックよ。アイザックこそ、いつ結婚するのじゃ?」
「私も、興味ありません」
アイザックが淡々と答え、杯を傾けた。
「全く……国王としては、一族の存続を思うと憂いてしまうな」
父は呆れたように言いながら、ワインを口にした。
「それにしても、三人とも立派に成長なさったこと」
穏やかな声が響く。
「ありがとうございます、リリーナ様」
母は微笑みながら応じた。
周囲を見渡せば、誰もが談笑しながらも、円卓で交わされる会話に耳を傾けているのが分かる。
「ところで、エイゼンよ。王子の決闘相手は誰を選んだのだ?」
「兄上よ、そう焦れるでない」
父は軽く笑い、兄に目を向ける。
だが、兄は表情を変えず、ただ黙々と肉を口へと運ぶのみだった。
「やはり、入学する王術学院の同年代の者か?」――王族は、神降式を終えて初めて王術学院への入学が許される。
「ふむ……誰であろうと、楽しみなことですな」
だが、兄が誰を相手にしようと、敗北する光景は想像できなかった。選ばれた者に、同情を覚える。
「ご無礼をお許しください。国王陛下、それにアル王子」
ふと視線を向けると、そこにいたのは――白の塔にいたリグレイ卿だった。
「リグレイ卿ではないか。では、その隣の者が……」
「初めまして。タリス・リグレイと申します」
品格を漂わせる緑髪の青年が、静かに一礼する。
――年の頃は兄と同じくらいか?
「そなたがタリスか。度々、その名を耳にしているぞ」
「光栄に存じます」
「来年から、うちの息子を頼むぞ」
父はアルの肩を叩きながら言った。
「アル王子、学院で何かあればお申し付けください」
「ああ、よろしく」
兄は軽く一礼し、すぐに視線を戻す。
「あれが、リグレイの”盾のタリス”か」アスランが呟く。
――確かに、只者ではない雰囲気があった。
それから、次々と貴族たちが兄へと賛辞を送った。
その中でも、ひときわ印象的だったのは――ヘルン家だった。
「アル王子、この度は誠におめでとうございます。これからのご活躍を、心よりお祈り申し上げます」
――なんか、胡散臭い男だな……。
「ヘルン卿ではないか。先日は助かったぞ」
「いいえ、国王様。それには及びません。そしてこちら、来年よりアル王子と同学年となる娘でございます」
「お初にお目にかかります。ミラ・ヘルンと申します」――赤髪に金の髪飾りがよく映える少女だったが、目にはどこか生意気な色が宿っていた。
「ああ、よろしく」
兄は挨拶もそこそこに、すぐに視線を逸らす。
「あなた、何が気に入らなくて、そんな顔をしているの?」
少女の問いに、ヘルン卿の表情が強張るのが見えた。
「こら、無礼を謝れ……!」
父が娘をたしなめようとしたその瞬間――
「すべて」兄は、静かに言い放った。
その言葉に、アスランは思わず笑い声をあげる。
「若いのう」
「国王陛下、大変失礼いたしました。娘には厳しく言い聞かせます」
「構わぬ。若さに勢いは必要だ――なあ、アルアディアン」
だが、兄は相変わらず無表情のまま、黙々と牛肉を口へと運ぶだけだった。
「第1王子は機嫌が悪いのか?」
アスランが、軽く尋ねた。
「そんなことありませんよ」
兄は髪をかき上げながら、淡々と答えた。
しばし、沈黙が流れる。
その静寂を切り裂くように、兄が言葉を発した。
「正義の魔術師は、王になることをお辞めになったのですか」
――正義の魔術師……誰のことを言っている?
周囲の大人たちの視線が、一人の男に集まる。
「王位は今や、あなたの手中にあるのでは?」
男は静かにそう答えた。
兄は、一瞬だけ目を伏せると、
「つまらない」
それだけ言い残し、席を立った。
――一体、何が起こったんだ?
理解が追いつかず、ただ困惑するばかりだった。
「息子に厳しく言い聞かせる。すまないな、アイザックよ」
「いいえ、とんでもありません」
アイザックは静かに答えた。
その言葉を聞き、アスランは何かを察したように席を立つ。
そしてボルザックは、息子へと視線を向け――
「話がある」そう言い、アイザックを連れ出した。
――王族が、バラバラになっていく。そんな気がした。
それからの宴は、ただ時間を流すだけの場となった。
「……本当にこれでいいのか?」
鏡の前で自分の姿を見つめる。
白を基調とした衣装に、繊細な金色の模様が施されていた。思ったよりも王族らしい。
「すごくお似合いです!」
赤髪の侍女が手を叩きながら言った。
――その時、扉の外から兵士の声が響く。
「アレン様、女王陛下が控え室へお呼びです」
「すぐ行く」
――今日は必ず見つける。手紙の差出人を。
手紙を服に忍ばせ、母のもとへ向かった。
「母上、参りました」
「遅かったわね。でも、よく似合っているわよ」
母の言葉に返す間もなく、視界の端に映った姿に驚く。
「お兄様、贈り物はちゃんと持ってきた?」
白の衣装を纏った金髪の妹が、微笑みながら立っていた。
「体調は大丈夫なのか? それに、髪の色が……」
「髪色がどうかしたの?」
――忘れているのか?
「アイラは倒れてから、緑の塔で療養していたのよ」
間髪入れずに母が答える。
「緑の……?」
――そうか。白の塔にいたことは秘密なんだな。
「そうなんだ」
気づかれぬよう、言葉を濁した。
「それで、お兄様はちゃんと持ってきたの?」
「もちろん」
腕輪の入った箱を見せると、妹が満足そうに頷いた。
「そろそろアルも来るわ。渡す準備をしておきなさい」
「わかった。ところで、これから何をするの?」
「夕暮れまで、貴族を交えた身内だけの式典よ」
――観察するには、絶好の機会だな。
「あっ、アルお兄様が来た!」
振り返ると、そこに立っていたのは――この世に愛された者だった。
黄金の葉に龍の羽と獅子の牙が飾られた王冠。
まるで神話の王のように、すべてが彼にふさわしく思えた。
「やっぱり、アルは様になるな」
「ありがとう。二人もよく似合っているよ」
穏やかに微笑む兄の姿に、妹は嬉しそうに箱を差し出す。
「お兄様、おめでとう」
箱の中には、水色の水晶と蒼い宝石が連なる腕輪があった。
「これ、貰っていいのか?」
驚きに目を見開く兄の姿を見て、思わず微笑む。
「これ、おれからも」
服に忍ばせていた箱を取り出し、さりげなく差し出した。
「アレンからも?」
兄は箱を開け、白い宝石を手に取る。
「……ありがとう」
その目が、一瞬光を宿したように見えた。
「俺はこの世界で最も幸せだ」
兄と妹が笑顔を交わし合う。その光景は、この世で最も美しいものに思えた。
母は静かに、その様子を見守っている。
「さあ、時間だわ。神殿へ向かいましょう」
神殿に着くと、父が扉の前で待っていた。
「皆が待っている。呼ばれたら一人ずつ入場するのだ」
そう言うと、父は遠くにいる兵士に合図を送る。
「皆様、大変お待たせしました。これより神降式を執り行います。まずは、黄金の一族にご入場いただきます」――神殿の中から、力強い声が響いた。
「リエン・エルサクス女王、お入りください」
――大きな扉がゆっくりと開かれる。
次の瞬間、拍手と歓声が一斉に響いた。
その音の大きさから、中に大勢の人がいるのが分かる。
「私の後に続いて歩いてくるのよ」
母が微笑み、次の瞬間には女王の顔へと変わる。背筋を伸ばし、凛とした足取りで神殿の中へと進んでいった。
――急に緊張してきた。
「第1王女、アイラ・エルサクス様。お入りください」
妹に目を向けると、微塵も緊張を感じさせない笑顔を浮かべていた。――堂々とした足取りで、彼女もまた神殿の中へと消えていく。
――おれにできるのか?
「アレン、何も考えるな」
声の方へ視線を向けると、兄が微笑んでいた。
「第2王子、アレン・エルサクス様。お入りください」
――深呼吸し、歩を進める。
壮麗な神殿の内部が目に入る。
まばゆい光に包まれ、無数の人々がいるにもかかわらず、不思議な一体感を感じる空間。
――見たことのない顔ばかりだ。
奥には玉座が鎮座していた。威厳と神聖さを放つその場所は、ただの椅子ではなかった。
「四代目エルゴン・エルサクス国王、お入りください」
歓声と拍手が、さらに一段と大きくなった。
玉座の左右には席が並んでいる。
右側は空席、左側にはすでに人が座っていた。
――アイザックだ。
改めて、彼もまた王族なのだと実感する。
彼の視線を感じ、目を向けると――いつも通り、不気味な笑みを浮かべていた。
――気づけば、席の前に立っていた。
「では、お座りください」
――アルはやっぱり最後か。
「太陽の加護の下、獅子の牙は強さを誇り、龍の羽は威厳を示す。太陽の民よ、思い出せ。我らが誰に仕えるか」
すべての視線が、扉へと向けられる。――この重圧に、俺は耐えられるのか?
「第1王子、アルアディアン・エルサクス様。お入りください」
――その瞬間、人々は神智を超えた存在と出会った。
奥から、影がゆっくりと進んでくる。
歩を進めるたびに、歓声と拍手が高まっていく。
そして兄の全貌が現れた時、人々は息を呑んだ。
――一瞬、世界が止まる。
やがて意識を取り戻し、より盛大な歓声と拍手が巻き起こる。
兄は玉座の前で立ち止まり、国王とともに人々へと一礼した。そして静かに、こちらへと歩み寄る。
その瞬間、父が立ち上がった。
「今日という時を迎えることを、誇りに思う」
重厚な声が、神殿の隅々まで響き渡る。
「我が愛する息子が、神の許しを受ける時が近づくにつれ、私は何度も自問した――“王とは何か”と」
父の鋭い眼差しが、集う人々を射抜く。
「王とは、ただ血統を継ぐ者ではない。ただ権威を振るう者でもない。我らは神に選ばれ、民と共に生き、太陽の導きを受けながら、正しき道を示す者でなくてはならぬ」
静寂が降りる。誰もが、父の言葉に耳を傾けていた。
「アルアディアン・エルサクス。我が息子よ。お前は、神と民の祝福を受けるにふさわしい王族であるか?」
兄は一歩前に進み、迷いなく答えた。
「はい。我が血、我が剣、我が魂のすべてを、この国と神に捧げます」
父は目を細め、静かに頷いた。
「ならば、この誓いを太陽と共に刻もう」
天窓から差し込む光が、一筋、父の王冠を照らす。
「神の光をここに」
その声に続き、人々が一斉に同じ言葉を唱えた。
その後、歩いてきた道に円卓が運ばれ、王族たちはそこに移り、食事の席が設けられた。
円卓にはアスランとアイザックの家族も連なり、やがて食事が始まる。
――そして、アイザックは正面に座っていた。
「兄上も、そろそろ伴侶を迎えてはどうだ」
父が、アスランに向かって問いかける。
「わしに、そういう気はない」
アスランはわずかに息を吐き、杯を口に運んだ。
「アスラン殿、時間は有限ですぞ。我が娘リーシアなど、如何かな?」
アイザックの隣に座る立派な赤髭の男が言葉を挟む。
「父上! 変なことを仰らないでください。アスラン様に失礼です!」
可憐な少女がすんとした顔でたしなめた。
「ふむ、若すぎるな」
アスランは興味なさげに言い、視線を向け直した。
「それより、ボルザックよ。アイザックこそ、いつ結婚するのじゃ?」
「私も、興味ありません」
アイザックが淡々と答え、杯を傾けた。
「全く……国王としては、一族の存続を思うと憂いてしまうな」
父は呆れたように言いながら、ワインを口にした。
「それにしても、三人とも立派に成長なさったこと」
穏やかな声が響く。
「ありがとうございます、リリーナ様」
母は微笑みながら応じた。
周囲を見渡せば、誰もが談笑しながらも、円卓で交わされる会話に耳を傾けているのが分かる。
「ところで、エイゼンよ。王子の決闘相手は誰を選んだのだ?」
「兄上よ、そう焦れるでない」
父は軽く笑い、兄に目を向ける。
だが、兄は表情を変えず、ただ黙々と肉を口へと運ぶのみだった。
「やはり、入学する王術学院の同年代の者か?」――王族は、神降式を終えて初めて王術学院への入学が許される。
「ふむ……誰であろうと、楽しみなことですな」
だが、兄が誰を相手にしようと、敗北する光景は想像できなかった。選ばれた者に、同情を覚える。
「ご無礼をお許しください。国王陛下、それにアル王子」
ふと視線を向けると、そこにいたのは――白の塔にいたリグレイ卿だった。
「リグレイ卿ではないか。では、その隣の者が……」
「初めまして。タリス・リグレイと申します」
品格を漂わせる緑髪の青年が、静かに一礼する。
――年の頃は兄と同じくらいか?
「そなたがタリスか。度々、その名を耳にしているぞ」
「光栄に存じます」
「来年から、うちの息子を頼むぞ」
父はアルの肩を叩きながら言った。
「アル王子、学院で何かあればお申し付けください」
「ああ、よろしく」
兄は軽く一礼し、すぐに視線を戻す。
「あれが、リグレイの”盾のタリス”か」アスランが呟く。
――確かに、只者ではない雰囲気があった。
それから、次々と貴族たちが兄へと賛辞を送った。
その中でも、ひときわ印象的だったのは――ヘルン家だった。
「アル王子、この度は誠におめでとうございます。これからのご活躍を、心よりお祈り申し上げます」
――なんか、胡散臭い男だな……。
「ヘルン卿ではないか。先日は助かったぞ」
「いいえ、国王様。それには及びません。そしてこちら、来年よりアル王子と同学年となる娘でございます」
「お初にお目にかかります。ミラ・ヘルンと申します」――赤髪に金の髪飾りがよく映える少女だったが、目にはどこか生意気な色が宿っていた。
「ああ、よろしく」
兄は挨拶もそこそこに、すぐに視線を逸らす。
「あなた、何が気に入らなくて、そんな顔をしているの?」
少女の問いに、ヘルン卿の表情が強張るのが見えた。
「こら、無礼を謝れ……!」
父が娘をたしなめようとしたその瞬間――
「すべて」兄は、静かに言い放った。
その言葉に、アスランは思わず笑い声をあげる。
「若いのう」
「国王陛下、大変失礼いたしました。娘には厳しく言い聞かせます」
「構わぬ。若さに勢いは必要だ――なあ、アルアディアン」
だが、兄は相変わらず無表情のまま、黙々と牛肉を口へと運ぶだけだった。
「第1王子は機嫌が悪いのか?」
アスランが、軽く尋ねた。
「そんなことありませんよ」
兄は髪をかき上げながら、淡々と答えた。
しばし、沈黙が流れる。
その静寂を切り裂くように、兄が言葉を発した。
「正義の魔術師は、王になることをお辞めになったのですか」
――正義の魔術師……誰のことを言っている?
周囲の大人たちの視線が、一人の男に集まる。
「王位は今や、あなたの手中にあるのでは?」
男は静かにそう答えた。
兄は、一瞬だけ目を伏せると、
「つまらない」
それだけ言い残し、席を立った。
――一体、何が起こったんだ?
理解が追いつかず、ただ困惑するばかりだった。
「息子に厳しく言い聞かせる。すまないな、アイザックよ」
「いいえ、とんでもありません」
アイザックは静かに答えた。
その言葉を聞き、アスランは何かを察したように席を立つ。
そしてボルザックは、息子へと視線を向け――
「話がある」そう言い、アイザックを連れ出した。
――王族が、バラバラになっていく。そんな気がした。
それからの宴は、ただ時間を流すだけの場となった。
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