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第一章
第019話 覚醒の予兆
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それから俺は、同じ修練を半年ほど続けた。
アスランの斬撃は相変わらず、圧倒的だった。
だが、俺自身も少しずつ変わっていった。
最初はただ斬撃を受けるだけだったが、次第に衝撃に合わせて力を込めたり、わざと剣を当てる角度を変えて受け流そうと試みるようになった。
それでも――斬撃を完全に耐え切ることは、まだできなかった。
「これで今日は10回目じゃな」
「はい、お願いします」
「構えろ」
俺は剣を前に突き出し、構えた。
「いくぞ」
以前よりも、アスランの剣の動きが見えるようになった。
軌道も、どこに当たるかも、なんとなく分かる。
――来る!
アスランの剣がわずかに動いた。
狙いはここだ。
俺は剣を微かにずらし、衝撃を和らげようとした。
――剣筋が変わった……!?
次の瞬間、とてつもない衝撃が体を襲い、俺は壁に叩きつけられた。
「剣を見すぎじゃ。それでは相手の思う壺じゃぞ」
「……バレてましたか」
アスランはわずかに笑みを浮かべた。
「それにしても、この短期間でわしの剣を目で追えるようになるとはな」
――褒められるのは、やはり嬉しいな。それもアスランに。
「でも……アルと比べたら、俺はまだまだ弱い」
「やっぱり、おぬしは気づいておらんか」
「……何のことですか?」
「今は言わん」
「えっ、じゃあいつ教えてくれるんですか?」
「知らん」
――この老人、アイザックに負けず劣らず面倒くさい。
俺はアスランに訓練を受ける中で、ひとつ確信したことがある。
アイザックの性格の厄介な部分は、間違いなくこの老人から伝染したものだ。
「急だが、明日は王術学院に行くぞ」
「え……いいんですか?」
――俺はまだ神降式を迎えていない。
正式に国民に姿を見せることはできないはずだ。
「王術学院には貴族しかおらん。問題はない」
「……では、平民はどこで戦い方を学ぶのですか?」
「平民は魔術学院という専用の施設に入る。そこで才能を見出された者は、貴族が引き上げる仕組みじゃ」
「それでは不公平ではありませんか……」
アスランはまっすぐ俺を見据え、静かに言った。
「なぜ、不公平だと思う?」
「同じ教育や環境があれば、もっと活躍する人間が増えるはずです」
「……魔法というものは、血統や血筋による影響が大きい」
アスランはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「攻撃性の高い魔法を持つ者は、貴族に多く生まれる。反対に、平民には戦闘向きの魔法は少ない。だが、その代わり農業や漁業で活躍する特殊な魔法を持つ者がいる」
――何となく、アスランの言いたいことが分かった。
「つまり……生まれた身分によって、できることが変わる、ということですか?」
「そうじゃ」
アスランは遠くを見つめながら、言葉を続けた。
「わしも、この仕組みが完全に公平とは思っとらん。だが――戦うには、強力な魔法が必要なのじゃ」
「魔物は、そんなに脅威なのですか……?」
「種類は無数。しかも、その多くが知能を持つ」
アスランの目が鋭くなる。
「武器や罠を使う種もおれば、天災を操る種もおる」
「……関わらない選択は取れないのですか?」
「それはできん。奴らは本能的に、この大陸を目指してくる。何もしないという選択は、我々の滅亡を意味するのじゃ」
「……では、魔物はなぜ存在しているのでしょう?」
「奴らは、エルフの成れの果てだと言われている」
「エルフ?」
「そうじゃ。古代に禁忌を犯し、世界を追放された種族よ」
アスランは淡々と語る。
「もっとも、この説を信じる者は少ないがな」
「なぜです?」
「単純な話じゃ。エルフの成れの果てにしては、魔物の種類が多すぎるからよ」
記憶の塔で見た龍が、脳裏をよぎる。
――アレがエルフなわけがないよな……。
「……確かに」
俺は曖昧に相槌を打った。
「まあ、それよりも明日は学院に行くぞ」
「……分かりました」
――今の俺が学院に行ったところで、何か変わるのか?
そんな疑問を抱えながら夜を過ごし、朝を迎えた。
「はあ……」
学院には、アルのような貴族たちが大勢いるのだろう。そう思うと、どうにも気が重い。
――だが、アルほどの才能を持つ者はそうそういないはずだ。ならば、俺と同じくらいの者がいてもおかしくない。
そう考えると、少しだけ楽しみになってきた。
「待たせたな。乗るのじゃ」
俺はアスランの声に促され、華やかな装飾が施された馬車へと乗り込んだ。
「王宮から学院まではどのくらいかかるんですか?」
「すぐじゃ。30分ほどで着くだろう」
馬車が揺れながら進む中、ふと、以前アイザックと共に馬車に乗った日のことを思い出した。
――あの日は、本当に色々なことがあったな。
「何をにやけておるのじゃ」
「いえ、何でもないです」
アスランは軽く笑っていた。
だが、あの日以来、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような感覚がある。
――何か大切なことを、俺は忘れているのではないか?
喉に引っかかったままの棘のように、得体の知れない違和感が拭えない。
「おぬし、よくその癖を出しておるな」
「癖……ですか?」
「その首を摩る癖じゃよ」
言われて、自分の手に視線を移す。
――気づけば、指が喉元へと伸びていた。
「……気づきませんでした」
「最初に見た時は、何か苦しいのかと思ったんじゃがな」
――こんな癖、前からあっただろうか……?
「いいえ、特に意味はありません……」
「そうか。だがな、癖というのは、体に刻まれた記憶だったりするものじゃ」
――体の記憶。その言葉が、妙に引っかかる。
この違和感の正体は何だ?
考えても答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。
「――着いたぞ」
馬車から降りると、目の前に広がっていたのは、俺の想像をはるかに超える光景だった。
学院とは名ばかり。そこにそびえ立つのは、まるで一国の城のような壮麗な建物だった。
「ここが……王術学院……」
「もしかすると、第1王子に会えるかもしれんぞ」
――俺は神降式以来、家族と会えていなかった。
「神降式以来……か」
学院に近づくにつれ、高くそびえる城壁が圧倒的な威圧感を放っていた。
アスランが門の前で兵士と何やら話している。
やがて彼が手招きすると、兵士たちは一斉に敬礼しながら、巨大な門を開いた。
「――中へお入りください」
列をなした兵士たちが、一斉に頭を下げる。
学院の中へと足を踏み入れると、広場では生徒たちが魔法の鍛錬に励んでいた。
その光景を横目に見ながら、俺はアスランの後を追う。
「どこへ行くのですか?」
「闘技場じゃ」
「闘技場……?」
――なんだか嫌な予感がする。
アスランがまたとんでもないことを考えている気がしてならなかった。
しばらく歩くと、大きな建造物が視界に入る。まさに闘技場と呼ぶにふさわしい威圧感だった。
「ここには、おぬしと同じ年の貴族たちが訓練しておる」
「はい……?」――だから何? という意味を込めて曖昧に返す。
「適当に戦え」
「……は?」――この老人は何を言っているんだ?
「自分がどこまでできるか、確かめるのじゃ」
「自分ができること……」
この半年間、俺はアスランの剣を耐え続けるだけの日々を過ごしてきた。
戦い方など、まともに学んだことすらない。正直、何もわからない。
「先に言っておくが、奴らは5歳の頃からここで訓練を積んでおる。おぬしよりもはるかに長い時間、鍛えられてきた者たちじゃ」
――なるほど、今俺がどこまでできるか確かめるつもりか……。
だが、俺は諦めるつもりはない。絶対にアスランを驚かせてみせる。
闘技場に足を踏み入れると、40名ほどの生徒たちが鍛錬に励んでいた。
次第にアスランの姿に気づいた者たちが、次々と膝をつき敬礼する。
「アスラン様、よくぞお越しくださいました。そちらがアレン様ですね」
銀髪で眼鏡をかけた教師らしき人物が、恭しく近づいてくる。
「ああ、アレンの訓練に協力してくれて助かる」
「アレン様、お初にお目にかかります。私はレンタン家のズイと申します。この学院で、中級階級の貴族たちを指導しております」
――レンタン家。聞いたことのない名だ。
そしてここにいる者たちは中級貴族……どうりで見たことのない顔が多いわけだ。
「よろしく……」
「では、誰と戦いますか?」
「俺にやらせてください!」
闘技場の奥から、赤髪の青年が勢いよく名乗りを上げる。
「バラン! 王子の前で無礼だぞ。慎みなさい!」
ズイが慌てて青年を制する。
「構わない」アスランは軽く笑う。
「バランと言ったか? よかろう、アレンとの試合を許可する」
――俺の許可は取らないのか。まあ、いつものことか。
バランは俺と同じくらいの背丈だが、目を爛々と輝かせ、まるで怖いもの知らずの子供のようだ。
「フォード家のバランと申します。以後、お見知りおきを」
ふと周囲を見れば、他の生徒たちは青ざめ、ズイは頭を抱えていた。
そして、その様子を見て楽しそうに笑うアスランの声が後ろから聞こえる。
「エルサクス家のアレンだ。よろしく」
「うわっ、今エルサクス家って言ったよ! 本当に王族なんだね!」
「王族ってもっと横柄なイメージだったけど、意外とそうでもないし、むしろかっこよくない?」
奥の方で、赤髪の少女二人がひそひそと話しているのが聞こえた。
――同年代の異性と関わることがほとんどなかったからか、なんだか気恥ずかしい。
「チッ……王族だからっていい気になりやがって。俺がわからせてやる……」
――なんでこいつ、怒ってるんだ?
「では両者、手を前に出してください」
――模擬戦はアイザックと何度か経験したことがある。
だが、まったく知らない相手と剣を交えるのは初めてだ。
少し緊張しているのが、自分でもわかる。
「絶対に勝ってやる!」
バランは力強く宣言し、手を前に出す。
――アイザックもあの決闘のとき、こんな気持ちだったのか?
深呼吸し、心を落ち着かせる。ゆっくりと腕を上げ、掌を水平にした瞬間――バランが動いた。
赤い炎を纏った剣が目に映る。高温のせいで、刃が微かに色を変えていた。
――速い!
一瞬で懐に入り込まれる。
「よし、もらった!」
バランの剣が下から振り上げられる。
まさに俺の体を真っ二つにしようという軌道――
だが、剣筋が甘い。
避けるのは容易かった。俺は重心を横へ移し、最小限の動きで体勢をずらす。
空を切った剣が、地面に火柱を立てた。
――当たれば、軽傷では済まなかったな。
「くそっ……今の、当たっただろ!」
バランは一撃に全神経を注ぎすぎたのか、息が荒い。
俺は剣を抜き、力を込める。
バランが再びこちらに向かってきた。
――今度は上から振り下ろす気か。ならば、ここで受け流せる。
剣に意識を集中し、力を込める。
次第に、刃に黒い雷が纏われていく。
――来る。
最小限の動きで剣を合わせ、相手の勢いを殺す。
次の瞬間――
轟音と共に、何かが壁に叩きつけられ、崩れる音が響いた。
――バランが……消えた?
横を見ると、砂煙が舞っている。
煙が晴れると、そこには壁に突き刺さった剣と、無惨に地面に転がるバランの姿があった。
「勝者、アレン・エルサクス!」
少し遅れて、ズイの声が響く。
そして、観戦していた生徒たちから大きな拍手が巻き起こった。
「なんだ……この力……」
――俺がやったのか?
「アレン様、今の斬撃は一体……全く見えませんでした」
銀髪の教師が歩み寄ってくる。
「それより、バランを治癒班のもとへ運んでくれ」
――遠目では分からなかったが、バランはかなりの重傷を負っているようだった。
「これは失礼しました。誰か、治癒班を呼んできなさい!」
背後から、アスランの笑い声が響く。
「どうじゃ、自分の力を実感したか?」
「本当に……俺がやったのか?」
握っていた剣に視線を移す。
「おぬし以外に誰がいる」
――これが、俺の力……。
「では、次にアレンと戦いたい者はいるか?」
アスランが生徒たちに問いかける。
しかし、彼らは顔を見合わせ、誰も俺と目を合わせようとしなかった。
「どうした? せっかくアレン様が来てくれたのだぞ?」
「でも先生……バランは僕たちの中で一番強かったんだ。それなのに、あんなふうになって……僕たちが敵うはずがないよ」
生徒の一人が、弱々しくつぶやく。
結局、教師に指名された生徒たちが渋々剣を交えることになったが、結果はすべて同じだった。
――計5人と戦い、全員に勝利した。
アスランの斬撃は相変わらず、圧倒的だった。
だが、俺自身も少しずつ変わっていった。
最初はただ斬撃を受けるだけだったが、次第に衝撃に合わせて力を込めたり、わざと剣を当てる角度を変えて受け流そうと試みるようになった。
それでも――斬撃を完全に耐え切ることは、まだできなかった。
「これで今日は10回目じゃな」
「はい、お願いします」
「構えろ」
俺は剣を前に突き出し、構えた。
「いくぞ」
以前よりも、アスランの剣の動きが見えるようになった。
軌道も、どこに当たるかも、なんとなく分かる。
――来る!
アスランの剣がわずかに動いた。
狙いはここだ。
俺は剣を微かにずらし、衝撃を和らげようとした。
――剣筋が変わった……!?
次の瞬間、とてつもない衝撃が体を襲い、俺は壁に叩きつけられた。
「剣を見すぎじゃ。それでは相手の思う壺じゃぞ」
「……バレてましたか」
アスランはわずかに笑みを浮かべた。
「それにしても、この短期間でわしの剣を目で追えるようになるとはな」
――褒められるのは、やはり嬉しいな。それもアスランに。
「でも……アルと比べたら、俺はまだまだ弱い」
「やっぱり、おぬしは気づいておらんか」
「……何のことですか?」
「今は言わん」
「えっ、じゃあいつ教えてくれるんですか?」
「知らん」
――この老人、アイザックに負けず劣らず面倒くさい。
俺はアスランに訓練を受ける中で、ひとつ確信したことがある。
アイザックの性格の厄介な部分は、間違いなくこの老人から伝染したものだ。
「急だが、明日は王術学院に行くぞ」
「え……いいんですか?」
――俺はまだ神降式を迎えていない。
正式に国民に姿を見せることはできないはずだ。
「王術学院には貴族しかおらん。問題はない」
「……では、平民はどこで戦い方を学ぶのですか?」
「平民は魔術学院という専用の施設に入る。そこで才能を見出された者は、貴族が引き上げる仕組みじゃ」
「それでは不公平ではありませんか……」
アスランはまっすぐ俺を見据え、静かに言った。
「なぜ、不公平だと思う?」
「同じ教育や環境があれば、もっと活躍する人間が増えるはずです」
「……魔法というものは、血統や血筋による影響が大きい」
アスランはゆっくりと言葉を選ぶように続けた。
「攻撃性の高い魔法を持つ者は、貴族に多く生まれる。反対に、平民には戦闘向きの魔法は少ない。だが、その代わり農業や漁業で活躍する特殊な魔法を持つ者がいる」
――何となく、アスランの言いたいことが分かった。
「つまり……生まれた身分によって、できることが変わる、ということですか?」
「そうじゃ」
アスランは遠くを見つめながら、言葉を続けた。
「わしも、この仕組みが完全に公平とは思っとらん。だが――戦うには、強力な魔法が必要なのじゃ」
「魔物は、そんなに脅威なのですか……?」
「種類は無数。しかも、その多くが知能を持つ」
アスランの目が鋭くなる。
「武器や罠を使う種もおれば、天災を操る種もおる」
「……関わらない選択は取れないのですか?」
「それはできん。奴らは本能的に、この大陸を目指してくる。何もしないという選択は、我々の滅亡を意味するのじゃ」
「……では、魔物はなぜ存在しているのでしょう?」
「奴らは、エルフの成れの果てだと言われている」
「エルフ?」
「そうじゃ。古代に禁忌を犯し、世界を追放された種族よ」
アスランは淡々と語る。
「もっとも、この説を信じる者は少ないがな」
「なぜです?」
「単純な話じゃ。エルフの成れの果てにしては、魔物の種類が多すぎるからよ」
記憶の塔で見た龍が、脳裏をよぎる。
――アレがエルフなわけがないよな……。
「……確かに」
俺は曖昧に相槌を打った。
「まあ、それよりも明日は学院に行くぞ」
「……分かりました」
――今の俺が学院に行ったところで、何か変わるのか?
そんな疑問を抱えながら夜を過ごし、朝を迎えた。
「はあ……」
学院には、アルのような貴族たちが大勢いるのだろう。そう思うと、どうにも気が重い。
――だが、アルほどの才能を持つ者はそうそういないはずだ。ならば、俺と同じくらいの者がいてもおかしくない。
そう考えると、少しだけ楽しみになってきた。
「待たせたな。乗るのじゃ」
俺はアスランの声に促され、華やかな装飾が施された馬車へと乗り込んだ。
「王宮から学院まではどのくらいかかるんですか?」
「すぐじゃ。30分ほどで着くだろう」
馬車が揺れながら進む中、ふと、以前アイザックと共に馬車に乗った日のことを思い出した。
――あの日は、本当に色々なことがあったな。
「何をにやけておるのじゃ」
「いえ、何でもないです」
アスランは軽く笑っていた。
だが、あの日以来、心のどこかにぽっかりと穴が空いたような感覚がある。
――何か大切なことを、俺は忘れているのではないか?
喉に引っかかったままの棘のように、得体の知れない違和感が拭えない。
「おぬし、よくその癖を出しておるな」
「癖……ですか?」
「その首を摩る癖じゃよ」
言われて、自分の手に視線を移す。
――気づけば、指が喉元へと伸びていた。
「……気づきませんでした」
「最初に見た時は、何か苦しいのかと思ったんじゃがな」
――こんな癖、前からあっただろうか……?
「いいえ、特に意味はありません……」
「そうか。だがな、癖というのは、体に刻まれた記憶だったりするものじゃ」
――体の記憶。その言葉が、妙に引っかかる。
この違和感の正体は何だ?
考えても答えが出ないまま、時間だけが過ぎていった。
「――着いたぞ」
馬車から降りると、目の前に広がっていたのは、俺の想像をはるかに超える光景だった。
学院とは名ばかり。そこにそびえ立つのは、まるで一国の城のような壮麗な建物だった。
「ここが……王術学院……」
「もしかすると、第1王子に会えるかもしれんぞ」
――俺は神降式以来、家族と会えていなかった。
「神降式以来……か」
学院に近づくにつれ、高くそびえる城壁が圧倒的な威圧感を放っていた。
アスランが門の前で兵士と何やら話している。
やがて彼が手招きすると、兵士たちは一斉に敬礼しながら、巨大な門を開いた。
「――中へお入りください」
列をなした兵士たちが、一斉に頭を下げる。
学院の中へと足を踏み入れると、広場では生徒たちが魔法の鍛錬に励んでいた。
その光景を横目に見ながら、俺はアスランの後を追う。
「どこへ行くのですか?」
「闘技場じゃ」
「闘技場……?」
――なんだか嫌な予感がする。
アスランがまたとんでもないことを考えている気がしてならなかった。
しばらく歩くと、大きな建造物が視界に入る。まさに闘技場と呼ぶにふさわしい威圧感だった。
「ここには、おぬしと同じ年の貴族たちが訓練しておる」
「はい……?」――だから何? という意味を込めて曖昧に返す。
「適当に戦え」
「……は?」――この老人は何を言っているんだ?
「自分がどこまでできるか、確かめるのじゃ」
「自分ができること……」
この半年間、俺はアスランの剣を耐え続けるだけの日々を過ごしてきた。
戦い方など、まともに学んだことすらない。正直、何もわからない。
「先に言っておくが、奴らは5歳の頃からここで訓練を積んでおる。おぬしよりもはるかに長い時間、鍛えられてきた者たちじゃ」
――なるほど、今俺がどこまでできるか確かめるつもりか……。
だが、俺は諦めるつもりはない。絶対にアスランを驚かせてみせる。
闘技場に足を踏み入れると、40名ほどの生徒たちが鍛錬に励んでいた。
次第にアスランの姿に気づいた者たちが、次々と膝をつき敬礼する。
「アスラン様、よくぞお越しくださいました。そちらがアレン様ですね」
銀髪で眼鏡をかけた教師らしき人物が、恭しく近づいてくる。
「ああ、アレンの訓練に協力してくれて助かる」
「アレン様、お初にお目にかかります。私はレンタン家のズイと申します。この学院で、中級階級の貴族たちを指導しております」
――レンタン家。聞いたことのない名だ。
そしてここにいる者たちは中級貴族……どうりで見たことのない顔が多いわけだ。
「よろしく……」
「では、誰と戦いますか?」
「俺にやらせてください!」
闘技場の奥から、赤髪の青年が勢いよく名乗りを上げる。
「バラン! 王子の前で無礼だぞ。慎みなさい!」
ズイが慌てて青年を制する。
「構わない」アスランは軽く笑う。
「バランと言ったか? よかろう、アレンとの試合を許可する」
――俺の許可は取らないのか。まあ、いつものことか。
バランは俺と同じくらいの背丈だが、目を爛々と輝かせ、まるで怖いもの知らずの子供のようだ。
「フォード家のバランと申します。以後、お見知りおきを」
ふと周囲を見れば、他の生徒たちは青ざめ、ズイは頭を抱えていた。
そして、その様子を見て楽しそうに笑うアスランの声が後ろから聞こえる。
「エルサクス家のアレンだ。よろしく」
「うわっ、今エルサクス家って言ったよ! 本当に王族なんだね!」
「王族ってもっと横柄なイメージだったけど、意外とそうでもないし、むしろかっこよくない?」
奥の方で、赤髪の少女二人がひそひそと話しているのが聞こえた。
――同年代の異性と関わることがほとんどなかったからか、なんだか気恥ずかしい。
「チッ……王族だからっていい気になりやがって。俺がわからせてやる……」
――なんでこいつ、怒ってるんだ?
「では両者、手を前に出してください」
――模擬戦はアイザックと何度か経験したことがある。
だが、まったく知らない相手と剣を交えるのは初めてだ。
少し緊張しているのが、自分でもわかる。
「絶対に勝ってやる!」
バランは力強く宣言し、手を前に出す。
――アイザックもあの決闘のとき、こんな気持ちだったのか?
深呼吸し、心を落ち着かせる。ゆっくりと腕を上げ、掌を水平にした瞬間――バランが動いた。
赤い炎を纏った剣が目に映る。高温のせいで、刃が微かに色を変えていた。
――速い!
一瞬で懐に入り込まれる。
「よし、もらった!」
バランの剣が下から振り上げられる。
まさに俺の体を真っ二つにしようという軌道――
だが、剣筋が甘い。
避けるのは容易かった。俺は重心を横へ移し、最小限の動きで体勢をずらす。
空を切った剣が、地面に火柱を立てた。
――当たれば、軽傷では済まなかったな。
「くそっ……今の、当たっただろ!」
バランは一撃に全神経を注ぎすぎたのか、息が荒い。
俺は剣を抜き、力を込める。
バランが再びこちらに向かってきた。
――今度は上から振り下ろす気か。ならば、ここで受け流せる。
剣に意識を集中し、力を込める。
次第に、刃に黒い雷が纏われていく。
――来る。
最小限の動きで剣を合わせ、相手の勢いを殺す。
次の瞬間――
轟音と共に、何かが壁に叩きつけられ、崩れる音が響いた。
――バランが……消えた?
横を見ると、砂煙が舞っている。
煙が晴れると、そこには壁に突き刺さった剣と、無惨に地面に転がるバランの姿があった。
「勝者、アレン・エルサクス!」
少し遅れて、ズイの声が響く。
そして、観戦していた生徒たちから大きな拍手が巻き起こった。
「なんだ……この力……」
――俺がやったのか?
「アレン様、今の斬撃は一体……全く見えませんでした」
銀髪の教師が歩み寄ってくる。
「それより、バランを治癒班のもとへ運んでくれ」
――遠目では分からなかったが、バランはかなりの重傷を負っているようだった。
「これは失礼しました。誰か、治癒班を呼んできなさい!」
背後から、アスランの笑い声が響く。
「どうじゃ、自分の力を実感したか?」
「本当に……俺がやったのか?」
握っていた剣に視線を移す。
「おぬし以外に誰がいる」
――これが、俺の力……。
「では、次にアレンと戦いたい者はいるか?」
アスランが生徒たちに問いかける。
しかし、彼らは顔を見合わせ、誰も俺と目を合わせようとしなかった。
「どうした? せっかくアレン様が来てくれたのだぞ?」
「でも先生……バランは僕たちの中で一番強かったんだ。それなのに、あんなふうになって……僕たちが敵うはずがないよ」
生徒の一人が、弱々しくつぶやく。
結局、教師に指名された生徒たちが渋々剣を交えることになったが、結果はすべて同じだった。
――計5人と戦い、全員に勝利した。
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