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第一章
第022話 月下の儀式
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侍女を連れ、急ぎ見張りの塔へ向かった。
道中、数多くの兵士の死体を目にした。
どれも心臓を貫かれ、干からびている。だが、一番不可解なのは、そこかしこに広がる水たまりだった。
――この液体……鼻につく刺激臭がするな。
侍女の案内で、ようやく見張り塔に辿り着く。
「俺一人で行く。ここから先は危険すぎる」
「護衛兵がいない今、私はアレン様についていく義務があります」
「ダメだ。敵は人を殺せる怪物だ。魔法が使えなければ、対抗できない」
「それでも……もしここで私がアレン様に付き従わなければ、明日には国王様の命で海の底です」
その言葉に、思わず息を呑む。
しばしの沈黙の後、ため息をついた。
「……分かった。ただし、危険な時は俺を置いてでも逃げろ」
侍女は、強く頷いた。
見張りの塔に入るのは、幼い頃、兄と訪れた時以来だった。
こうして改めて見上げると、まるで天に届くかのようにそびえ立っている。
――なんか、不気味だな……。
中へ入ると、すぐに嫌な予感が的中する。
「アレン様……先程の液体が、階段にもあります……」
――敵もここに来ている……アイラ、無事でいてくれ……!
俺は、高く伸びる天井を仰ぎ見た。
「……アイラは、こんな高さを登っているのか?」
「アレン様、あちらに最上階へ繋がる転移結界がございます」
その時、階段の下の暗がりから、掠れた声がした。
「……誰か……いるのか……?」
荒い息遣いと共に響く、かすかな声。
俺は視線を向ける――そこには、一人の男が倒れていた。
近づいてみると、兵士の装いをした銀髪の男だった。胸を貫かれ、干からびているが、かすかに息をしている。
そして、彼の腕には黒地に銀の紋章が刻まれていた。
――これは……ヘルド家の紋章。
「何があった……?」
「……アレン様……ですね……?」
男は、苦しげに血を吐きながら名を呼ぶ。
「無理をするな……ここにアイラは来たか?」
「……アイラ姫だけでは……ありません……国王様……女王様も……」
――父と母も、ここに……?
「……逃げ……て……ください……」
「誰がこんなことを……」
「あれは……復讐に……来たので……」
そう言い残し、男はごぼりと血を吐き、そのまま動かなくなった。
「敵は……誰だ……?」
「アレン様、その者はもう……」
侍女が静かに言った。
――復讐……。
その言葉だけが頭に残った。
「……最上階に行くぞ」
俺たちは、転移陣の刻まれた床へと足を踏み入れた。
目を瞑ると、体がふわりと浮くような感覚に襲われる。
やがて、まぶたの裏に光を感じ、そっと目を開いた。
隣に立つ侍女が囁く。
「……着いたようです」
「ああ……そのようだ」
俺は目の前に広がる城下町を見下ろしながら、静かに呟いた。
「アイラ姫を探しましょう」
俺たちは慎重に最上階を一周した。だが――
「……誰もいない?」
「アレン様、どうやら敵もここには辿り着いていないようです」
「確かに……先程の液体が見当たらない」
――アイラたちは、どこにいる?
その時、侍女が中央の壁を指さした。
「この階の中心にある隔たり……何かの空間では?」
「だが、一周しても入口はなかった」
言葉を発しながら、ふと、何かが頭に浮かぶ。
「……一つ下の階に行こう」
慎重に階段を降りると、そこは上の階とほぼ同じ円形の壁に囲まれていた。ただ、一つだけ違う点があった。
「……扉がある」
「入ってみましょう」
侍女がゆっくりと扉に手を掛け、静かに開いた。
次の瞬間、俺の目に信じがたい光景が飛び込んできた。
天井の穴から射し込む月光。
その光が落ちる場所に、石の台があった。
そして、それを囲むように白いローブを纏った者たちが静かに佇んでいる。
――まるで、何かの儀式……。
「アレン様……台の上を……」
侍女の声に促され、視線を向ける。
そこで、俺は息を呑んだ。
台の上には――両手両足を固定された妹が、横たわっていた。
「……俺の妹に、何をしている!」
反射的に叫んだその時、すぐ近くから声が響く。
その時、すぐ側から聞き慣れた声が響く。
「……アレン? なぜここに……?」
――母上……?
振り返ると、母と――父の姿があった。
「母上……それに父上も……これは……一体……?」
「アレン! なぜお前がここに来た!」父が怒鳴る。
「国王様、アレンには私から説明を……」
「父上こそ……アイラに何をしている……!」
拳を握り、怒りを堪える。
「お前には知る必要のないことだ」
父は冷たく言い放つと、俺の隣に立つ侍女へと鋭い視線を向けた。
「そこの赤毛の侍女よ、お前がアレンをここまで案内したのか?」
「侍女は関係ない。俺が自分の意思でここまで来たんだ」
「……自分の意思だと?」
父の疑念を含んだ声に、侍女は一歩前に出た。
「国王様、下級の身分でありながら大変失礼を承知で申し上げます。
何者かの襲撃により、今、王宮は甚大な被害を受けています。どうか、今すぐここから避難してください」
「襲撃……?」
――沈黙。
「笑わせるな。この国を襲える者がいるとでも? 嘘をつくなら、もっと上質なものを用意しておけ」
「父上、侍女の言葉は真実です。道中、数多くの兵士の亡骸を見ました」
「……亡骸だと?」
「兵たちは、心臓を貫かれた状態で息絶えていました」
「……なんだと……?」
その時――
「……やっと見つけた……」
突如、低く響く声が天井から降ってきた。
俺は反射的に視線を向ける。
高い天井に空いた穴。その縁に、一つの影が立っていた。
道中、数多くの兵士の死体を目にした。
どれも心臓を貫かれ、干からびている。だが、一番不可解なのは、そこかしこに広がる水たまりだった。
――この液体……鼻につく刺激臭がするな。
侍女の案内で、ようやく見張り塔に辿り着く。
「俺一人で行く。ここから先は危険すぎる」
「護衛兵がいない今、私はアレン様についていく義務があります」
「ダメだ。敵は人を殺せる怪物だ。魔法が使えなければ、対抗できない」
「それでも……もしここで私がアレン様に付き従わなければ、明日には国王様の命で海の底です」
その言葉に、思わず息を呑む。
しばしの沈黙の後、ため息をついた。
「……分かった。ただし、危険な時は俺を置いてでも逃げろ」
侍女は、強く頷いた。
見張りの塔に入るのは、幼い頃、兄と訪れた時以来だった。
こうして改めて見上げると、まるで天に届くかのようにそびえ立っている。
――なんか、不気味だな……。
中へ入ると、すぐに嫌な予感が的中する。
「アレン様……先程の液体が、階段にもあります……」
――敵もここに来ている……アイラ、無事でいてくれ……!
俺は、高く伸びる天井を仰ぎ見た。
「……アイラは、こんな高さを登っているのか?」
「アレン様、あちらに最上階へ繋がる転移結界がございます」
その時、階段の下の暗がりから、掠れた声がした。
「……誰か……いるのか……?」
荒い息遣いと共に響く、かすかな声。
俺は視線を向ける――そこには、一人の男が倒れていた。
近づいてみると、兵士の装いをした銀髪の男だった。胸を貫かれ、干からびているが、かすかに息をしている。
そして、彼の腕には黒地に銀の紋章が刻まれていた。
――これは……ヘルド家の紋章。
「何があった……?」
「……アレン様……ですね……?」
男は、苦しげに血を吐きながら名を呼ぶ。
「無理をするな……ここにアイラは来たか?」
「……アイラ姫だけでは……ありません……国王様……女王様も……」
――父と母も、ここに……?
「……逃げ……て……ください……」
「誰がこんなことを……」
「あれは……復讐に……来たので……」
そう言い残し、男はごぼりと血を吐き、そのまま動かなくなった。
「敵は……誰だ……?」
「アレン様、その者はもう……」
侍女が静かに言った。
――復讐……。
その言葉だけが頭に残った。
「……最上階に行くぞ」
俺たちは、転移陣の刻まれた床へと足を踏み入れた。
目を瞑ると、体がふわりと浮くような感覚に襲われる。
やがて、まぶたの裏に光を感じ、そっと目を開いた。
隣に立つ侍女が囁く。
「……着いたようです」
「ああ……そのようだ」
俺は目の前に広がる城下町を見下ろしながら、静かに呟いた。
「アイラ姫を探しましょう」
俺たちは慎重に最上階を一周した。だが――
「……誰もいない?」
「アレン様、どうやら敵もここには辿り着いていないようです」
「確かに……先程の液体が見当たらない」
――アイラたちは、どこにいる?
その時、侍女が中央の壁を指さした。
「この階の中心にある隔たり……何かの空間では?」
「だが、一周しても入口はなかった」
言葉を発しながら、ふと、何かが頭に浮かぶ。
「……一つ下の階に行こう」
慎重に階段を降りると、そこは上の階とほぼ同じ円形の壁に囲まれていた。ただ、一つだけ違う点があった。
「……扉がある」
「入ってみましょう」
侍女がゆっくりと扉に手を掛け、静かに開いた。
次の瞬間、俺の目に信じがたい光景が飛び込んできた。
天井の穴から射し込む月光。
その光が落ちる場所に、石の台があった。
そして、それを囲むように白いローブを纏った者たちが静かに佇んでいる。
――まるで、何かの儀式……。
「アレン様……台の上を……」
侍女の声に促され、視線を向ける。
そこで、俺は息を呑んだ。
台の上には――両手両足を固定された妹が、横たわっていた。
「……俺の妹に、何をしている!」
反射的に叫んだその時、すぐ近くから声が響く。
その時、すぐ側から聞き慣れた声が響く。
「……アレン? なぜここに……?」
――母上……?
振り返ると、母と――父の姿があった。
「母上……それに父上も……これは……一体……?」
「アレン! なぜお前がここに来た!」父が怒鳴る。
「国王様、アレンには私から説明を……」
「父上こそ……アイラに何をしている……!」
拳を握り、怒りを堪える。
「お前には知る必要のないことだ」
父は冷たく言い放つと、俺の隣に立つ侍女へと鋭い視線を向けた。
「そこの赤毛の侍女よ、お前がアレンをここまで案内したのか?」
「侍女は関係ない。俺が自分の意思でここまで来たんだ」
「……自分の意思だと?」
父の疑念を含んだ声に、侍女は一歩前に出た。
「国王様、下級の身分でありながら大変失礼を承知で申し上げます。
何者かの襲撃により、今、王宮は甚大な被害を受けています。どうか、今すぐここから避難してください」
「襲撃……?」
――沈黙。
「笑わせるな。この国を襲える者がいるとでも? 嘘をつくなら、もっと上質なものを用意しておけ」
「父上、侍女の言葉は真実です。道中、数多くの兵士の亡骸を見ました」
「……亡骸だと?」
「兵たちは、心臓を貫かれた状態で息絶えていました」
「……なんだと……?」
その時――
「……やっと見つけた……」
突如、低く響く声が天井から降ってきた。
俺は反射的に視線を向ける。
高い天井に空いた穴。その縁に、一つの影が立っていた。
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