エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第033話 正体と復讐

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 数日が経ち、傷の痛みにも鈍く慣れ始めた頃だった。
 
 鉄の階段を軋ませる足音がまた聞こえ、俺はゆっくりと目を開けた。
 
 ――またか……しつこい奴だ。
 
「いい加減、他にやることはないのか……?」
 
「……アレン」
 
 その声に、心臓が一瞬跳ね上がる。聞き覚えのある声――。
 
 顔を上げると、男がそこに立っていた。
 
 あの黒封筒を手に、不気味な笑みを浮かべて。
 
「……やっぱり、差出人はお前だったんだな。……アイザック」
 
「久しぶりですね、アレン」
 
「どこにいた……今まで何をしていたんだ」
 
「話せば長くなりますよ」
 
「一つだけ聞かせてくれ、お前はイグノムブラの……」
 
「――ええ。19代目、火竜王です」
 
「……やっぱりな」
 
 ――トカゲは竜と同一視の象徴。炎と影は炎トカゲ――つまり火竜という意味だった。
 
「まずは、血の根を断つ前に龍を解放しに行きましょう」
 
「龍……記憶の塔にいる怪物のことか……?」
 
「ええ、あなたを襲った怪物の事です」
 
「……なぜ、それを知っている」
 
「簡単です。あの日、私もあの場にいましたから」
 
「なんだと……」
 
「時間がありません。向かいながら話しましょう」
 
 アイザックはそう言って檻の鍵を開け、俺の拘束を次々と外していった。
 
「この部屋にはもう一人いる。そいつも、解放していいか?」
 
 俺の言葉に、アイザックは一瞬驚いたように眉を上げた。
「……そうですか。では、これを」
 
 剣を手渡され、俺はランゴルンの元へ歩き出す。
 
「ランゴルン、今、解放してやる」
 
「……いいのか? 本当に」
 
「お前には借りがあるからな」
 
 一歩ずつ近づきながら、ふと思う。
 
「そういえば、お前の顔、ちゃんと見たことがなかったな」
 
「そりゃ……あんたにとっては幸運だったな」
 
 ランゴルンが皮肉げに笑った、その瞬間だった。
 
 見えた顔に、俺は言葉を失う。
 
「……お前……まさか……!」
 
 黒髪に傷だらけの体。
 そして、記憶に刻まれた――あの夜の惨劇。
 
「俺も、あんたの顔をはっきり見るのは初めてだ」
 
「なぜ生きている……? お前は確かに殺されたはず……!」
 
「それでも生きてたってことさ。あるいは、生かされたのかもしれない」
 
「兄がお前をわざと生かしたというのか……」
 
「さあな」
 ランゴルンは何かを含んだように微笑んだ。
 
 ――アル……お前は、何を考えているんだ。こいつは……アイラを……。
 
「いい退屈凌ぎだった。さあ、行けよ――時間がないんだろ」
 
「……借りは作りたくない」
 
 俺は剣を抜き、鎖を断ち切る。
 
 硬い金属音が檻に響いた。
 
「本当にいいのか? また……大切なものを壊すかもしれないぞ」
 
「お前は俺と同じエルゴンの被害者だ……だが……腹の剣と足の鎖は、自分で何とかしろ」
 
「意地が悪いな」
 ランゴルンは乾いた笑いを漏らしながら、自分の足元の鎖を見下ろした。
 
 俺は無言で背を向け、檻を出た。
 
「なあアレン。……もしお前が、あの男を殺せなかったら――」
 
「そのときは、お前が俺を殺せ」
 
「……ふん。言ったな」
 
 背後からの声に応えず、歩を進める。
 
「本当に、あの者を解き放って良かったのですか?」とアイザックが問う。
 
「問題ない」
 
「では――まず、この塔を出ましょう」
 
「少しだけ、寄りたいところがある。いいか?」
 
「……時間は限られています」
 
「すぐに終わるさ」
 
 俺はアイザックの許可を得て、ある部屋の扉の前に立った。
 
 そして扉を叩く。
 
「こんな時に……誰だ?」と苛立った声。
 
 無言で扉を開けると、男の顔が青ざめた。
 
「ど、どうやってここまで……!?」
 
「……中々、楽しんでくれたな、ヘルン卿」
 
 男は震える足で椅子から立ち上がり、俺の目の前で膝をついた。
 
「こ、これは……国王の命令で……! アレン様、どうかお許しを……!」
 
 情けなく懇願する姿に、怒りも冷める。
 
「演技にしては、随分と愉しそうだったがな」
 
「ち、違うんです……あれは、やらなければ私が殺される……」
 
「……そうか。じゃあ、もういい」
 
「王子の寛大な心に……私は感銘を受けました……」
 
 俺は檻から持ち出した剣を、ヘルン卿の腹部に突き刺し、壁に固定した。
 
「な……何をする……!」
 
「……このくらいはいいよな?」
「お前を……国王に……報告する……苦しむぞ、お前は……!」
 
「その前に、生き延びられたらの話だ。
 俺と同じ部屋にいた“怪物”が、今ごろお前を探してる」
 
 
「まさか……奴を……解き放ったのか……それは重罪だ……」
 
「そんなこと、どうでもいい」
 
 背後で足音が止まった。
 
「……父様……」
 
 振り返ると、赤髪の少女がそこに立っていた。
 
「ミラ……! 助けてくれ! お前の魔法でこの反逆者を――」
 
 しかし少女は、俺の前に膝をついた。
 
「アレン王子。ありがとうございます」
 
「ミラ……何をしている……誰がここまで育ててやったと思ってるんだ!」
 
「この塔から早く出た方がいい」
 
 俺の言葉に、ミラは黙って立ち上がり、その場を去っていった。
 
 残されたヘルンは、何も言えず、その場で崩れ落ちたまま動かない。
 
「終わりましたか?」
 アイザックが後ろから静かに尋ねる。
 
「ああ……行こう」
 
 俺たちは塔を後にした。
 
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