エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第035話 雷刃と怨龍

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 ――浮遊感。そして、強烈な酔い。
 
 地面に着地した衝撃が足元から突き上げ、思わず体がぐらつく。
 
 これまでに経験した転移とは比べものにならない不快感だ。
 
 ゆっくりと目を開けると、目の前にそびえ立つのは巨大な扉だった。
 
「この転移魔法……どうにも慣れませんね」
 
 背後からアイザックの苦笑混じりの声が聞こえる。
 
「君は平気なのか?」
 ゼインが心配そうに覗き込んできた。
 
「……気分は最悪だが、なんとか立っていられる」
 
「初めてなら、膝をつくのが普通ですよ」
 
 俺は一度大きく息を吸い、扉に手を伸ばす。
 
「……とにかく、“鍵”を探すんだ」
 
 扉がゆっくりと開くと、その先には広大な空間が広がっていた。
 
 天井まで伸びるような柱状の水槽が無数に並び、その中には、得体の知れない生き物が浮かんでいる。
 
「……ここは……?」
 
「白の塔の最上階――魔物の研究施設です」
 アイザックが答えた。
 
 台の上には、解剖された魔物が横たわっていた。
 
「これも……魔物なのか?」
 
 俺が問うと、アイザックが頷いた。
 
「ええ。これも、間違いなく“魔物”です」
 
 さらに奥の部屋へと進む。
 
 そこにも、無数の水槽が並んでいた。
 
 だが、次に目にした光景に、俺は息を呑んだ。
 
「……これは……人間、じゃないのか……?」
 
 水槽の中には、人型に酷似した存在が浮かんでいる。
 
 人間のように見えるが、目や指先、体のどこかに“人ではない”違和感があった。
 
「いいえ――彼らも“魔物”です」
 
 そして最奥には、ひときわ大きな水槽があった。
 
 中にいたのは、4足の体に白い羽を生やした美しい生物――
「……これは……龍、なのか……?」
 
「ええ。間違いありません」
 ゼインが頷く。
 
 その姿を見た瞬間、頭に浮かんだのは、記憶の塔で見た、あの恐ろしい龍とはまるで違う感情だった。
 
「……綺麗、だな……」
 
 近くで見ると、この龍は記憶の塔で出会った個体よりも一回り小さい。
 
「これが、“鍵”です」ゼインが龍を見上げながら言った。
 
「……鍵……? 一体、どういうことだ?」
 
「これは龍の幼体。
 つまり、記憶の塔にいたあの龍の“子供”なのです」
 
「……あの龍の……子供?」
 
 あの、禍々しい存在から……この儚い生き物が生まれるのか――。
 
「龍という存在は、非常に多感です。
 深い悲しみや怒りを抱いた時、姿そのものが変わってしまうのです」
 
「……じゃあ、この龍を……エルゴンが奪ったってことか?」
 
「ええ。そのようです」
 
「でも……それを知ったところで、俺に何ができるって言うんだ?」
 
 その問いに、アイザックが一瞬目を伏せ、やがて口を開いた。
 
「アレン……あなたの中には、龍の血が流れています」
 
「……何を……言って……」
 
 ――俺に、龍の血が……?
 
「だからこそ、この龍と“共鳴”できるはずなんです」
 
「そんなこと、俺にできるわけがない……!」
 
 思わず声を荒げた。だが、ゼインは静かに言った。
 
「……やらなければ、兄は死にます」
 
 その言葉が、心に突き刺さる。
 
「……で、でも……どうやって?」
 
「イグノムブラには、古くから“火竜信仰”の伝承が残っていました。文献や口伝の中には、“龍を操る者”の記録もある。
 その者たちは、魔法を扱うように、龍と心を通わせていたと書かれています」
 
「魔法のように……」
 
 俺はゆっくりと手を水平に翳した。
 
 まるで、決闘の合図を送るかのように。
 
 ――本当に……これでいいのか?
 
 視線の先で、白い龍が静かに眠っている。
 
 ――起きろ……起きてくれ……。
 
 俺の呼びかけに応えるように、龍がゆっくりと瞼を開いた。
 
 その瞳が、まっすぐこちらを見つめる。

 そして気づいた。
 
 いつの間にか、ゼインとアイザックの姿は消えていた。

 龍の蒼い瞳が、じっと俺を見据えていた。
 
「……そこから、出てくるんだ」
 
 その言葉に応えるように、白い龍は鋭い鉤爪で水槽を引き裂いた。
 
 厚いガラスが割れ、冷たい水が一気に流れ出す。
 
 龍は一歩、また一歩と、警戒するように近づいてきた。
 
 その動きに、俺は威圧を感じながらも、なぜか恐怖よりも信頼したいという思いが勝っていた。
 
「……お前を、親のもとへ連れていってやる」
 
「アォォォァゥッ!」
 
 目前で咆哮が響く。
 
 思わず目を閉じ、手を翳して身を守る。
 
 ――本当に、こいつと心を通わせることができるのか?
 
 すると、翳した手にひんやりとした感触が触れた。
 
 恐る恐る目を開けると、白い龍が目を閉じたまま、鼻先を俺の手に押し当てていた。
 
「……俺の匂いを嗅いでるのか……」
 
 ――俺は、敵ではない。
 
 俺の気持ちが、言葉にせずとも伝わっている気がした。
 
「俺と一緒に来てくれ。お前を待っている龍のところへ……」
 
「アゥゥァウ」
 応えるように鳴いた。
 
「よし、ゼイン。転移してくれ、記憶の塔へ!」
 
 その言葉と同時に空間に裂け目が走り、転移の魔法陣が開かれた。
 
 怯える龍の首元に手を添え、落ち着かせる。
 
「大丈夫だ……心配いらない」
 
 次の瞬間、あの独特の浮遊感が体を包み――
 
 衝撃とともに、地に足がついた。
 
 目の前に広がっていたのは、かつての記憶の塔。
 
 全てが瓦礫と化し、破れた書物が散乱している。惨状はあのときのままだった。
 
 隣にいる白い龍は、初めて踏み入れる場所に怯え、俺の背後へと身を隠す。
 
「大丈夫だ……」
 俺はその背にそっと手を当てた。
 
 そのとき、天から凄まじい咆哮が降ってきた。
 
 ――来る、あの龍だ!
 
 激しい風と衝撃を伴って、黒い龍が空から降り立つ。
 
 漆黒の鱗、二本の角、そして赤黒く爛れた瞳が俺たちを射抜いた。
 
 ――今なら分かる。あの瞳に宿るのは、怒りと……深い悲しみ。
 
 白い龍は怯え、俺の背に隠れるように後ずさる。
 
「奪われたものを、返しに来た……!」
 
 黒い龍は俺を凝視し――ゆっくりと口を開いた。
 
 喉の奥に炎が灯り、エネルギーが集まっていく。
 
「待て! ここにはお前の子供が――!」
 
 言葉は届かず、灼熱の咆哮が俺を飲み込もうとしていた。
 俺はとっさに、腰の剣に手をかける。
 
 ――どうするつもりだ、俺は……。この炎を斬る? 本気か……いや、アスランならきっと――!
 
 剣に力を込め、アスランのように、龍へと斬りかかった。
 
 雷のような斬撃が放たれ、炎を左右に裂き、そのまま黒い龍の胸を穿つ。
 
 その一撃で、龍の鱗がひび割れ、全身へと広がっていった。
 
 鱗が剥がれ落ち、中から――神々しい白い鱗の龍が姿を現した。
 
 ――これは……?
 
「光の魔術師よ、そなたに感謝する」
 
 声が、頭の中に直接響いた。
 
「今の声……お前なのか……?」
 
「我が名はエヌグウィン。最古の龍の一角」
 
「エヌグウィン……。お前に、エルゴンに奪われた子供を返しに来たんだ」
 
「これで我らは、ようやく苦しみから解放される……光の魔術師よ、ありがとう」
 
 ――光の魔術師?
 
「違う。俺は……“アレン”だ」
 
 エヌグウィンは静かに頷き、羽を広げ、空へと舞い上がっていった。
 
 俺が振り返ると、白い龍がじっとこちらを見ていた。
 
 蒼い目が、何かを伝えようとしている。
 
「お前の名前も、いつか教えてくれ」
 
「アォゥゥゥ!」
 
 白い龍もまた羽ばたき、空へと消えていった。
 
 ――その場に、拍手が響く。
 
「よくやりました」
 ゼインが微笑みながら姿を現す。
 
「……光の魔法で隠れていたのか」
 
「ええ。私たちが出ても、あの場でできることはありませんから」
 
 俺は龍たちが消えていった空を見上げながら、呟いた。
 
「これで……龍は、解放されたんだな」
 
「ええ。次の場所へ移動しましょう」
 
「……次はどこだ?」
 
「次は……神殿です」
 
「継承式の会場か……」
 
「作戦はあるのか?」
 
 アイザックが神殿に着いてからの主な流れと、現在の状況を分かりやすく説明してくれた。
 
 現在イグノムブラ側であるヘルド家、リグレイ家はこちらに加勢し、ストリーム家は中立の立場であること。
 
 そして残ったヘルン家は、今ランゴルンにより壊滅的な被害に遭っており戦力としては計算できない。
 
「つまり、会場にいる栄誉貴族は機能しないということです」
 
 アイザックは剣に手を置きながら言った。
 
「私は予定通りアイラ姫と女王の身柄を確保に向かいます」とゼインが続ける。
 
「俺はアルの説得をすればいいんだな」
 
「ええ、ですがもし説得できない場合があったとしてもこちらの勝利は磐石でしょう」
 
「いや、必ずアルは俺が救う」
 
 また空間裂け目が走った。
 
 そして中に吸い込まれ、また浮遊感が襲った。
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