エルフを殺せない世界 【第一章完結】

春風春音

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第一章

第039話 次の場所へ

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 時が過ぎ――
 アルテミアはその名を改め、「イグノムブラ」となった。

 新たに王となったアルの意志として、表向きには語られている。
 
「アレン、次の火竜王になられるおつもりはありませんか?」
 
 真剣な面持ちでアイザックが問いかけてきた。
 
 俺は小さく笑って首を振る。
 
「俺は、王の器じゃないよ」
 
「……そうですか」
 少し残念そうなアイザックの顔が目に映る。
 
「アイラとアルを、頼んだ」
 
 二人はあれから目を覚まさなかった。
 
 だが、幸いにもアイラの体を蝕んでいた侵食は、母の魔法によって綺麗に消え、アルの体にも異常はない。
 
 俺は、二人を目覚めさせる手がかりを求めて――旅に出ようとしていた。
 
「当てはあるのですか?」
 
「……ああ、それなんだが――」
 
「それがさ、アレンが僕たちの仲間になるって言ってくれたんだよ、アイザック!」
 突然、横から声が飛んできた。
 
 視線を向けると、そこにはゼインが立っていた。
 
「いつの間に……って、今なんて……?」とアイザックが聞き返す。
 
「俺はクラウンに加わるつもりだ」
 俺はアイザックに向き直って言った。
 
「……一体、どういう風の吹き回しですか?」
 
「いいじゃないか! ようやく13人目の仲間が増えるんだ!」
 
 ゼインが満面の笑みで両手を広げる。
 
「……それしかいないのか?」
 
 ――てっきり、もっと大きな組織かと。
 
「熱狂的な信者は多いけど、僕が正式に許可したのはアレンを含めて12人だけなんだ」
 
「……そうか。まあ、詳しい話は後で聞かせてくれ」
 
 ゼインは頷いた。
 
 俺は踵を返し、王宮の門へ向かって歩き出す。
 
 ――伝えておかなければならないことがあった。
 
「アイザック……!」
 
「何でしょう?」
 
「兄のことだが……国民には、“勇敢な王”だと伝えてくれないか?」
 
 俺がそう言うと、アイザックは一瞬目を伏せ、それから穏やかな微笑みを浮かべて、しっかりと頷いた。
 
「わかりました。彼は、その言葉にふさわしい」
 
 その言葉を最後に、アイザックは静かに背を向け、王宮の中へと歩いていった。
 
 白いマントが風にたなびき、ゆっくりと門の向こうへ消えていく。
 
 俺はその背中を見送ってから、ゼインと共に門を出た。
 
「で、これからどこへ向かうんだ?」
 
「まずは仲間たちに会わせるよ」
 ゼインはいつもの調子で笑いながら歩き出す。
 
「俺の目的は、仲間を作ることじゃない」
 
「それでも、彼らは君の目的のためにきっと力になるよ」
 
「クラウンにいる連中ってのは……本当に“人を救う”ためにいるのか?」
 
「さあね」と、ゼインは肩をすくめた。
「けど、信じてるよ。少なくとも、そう願ってる」
 
 俺はため息をひとつ吐き、曇った空を見上げた。
 
「……ところで、人を救うって何だ? 具体的に」
 
「それ、まだ言ってなかったね」
 
 ゼインは急に真顔になり、何かを思い出したように小さく頷いた。
「“世界呪”は知ってるだろ?」
 
「ああ。死の制限という呪いだろ」
 
「実は、それだけじゃない。あと2つ、“世界呪”がある」
 
「なんだと?」俺は眉をひそめた。
 
「アレン、魔物の正体について、どう思う?」
 
「……エルフの成れの果てだって話を、どこかで聞いた」
 
「それは違う。むしろ、逆だよ」
 
 ゼインは足を止め、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
 
「――僕たちが、エルフなんだ」
 
「……どういう意味だ?」
 
「この大陸の外には、他の沢山の種族がいる。
 そして、僕たちの目には彼らが醜い魔物に見える。
 逆もまた然りさ。つまり……この世界そのものが、互いを“醜い敵”に見せる呪いにかけられているんだ」
 
 衝撃に、思考が一瞬止まる。認識が、崩れていく。
 
「……じゃあ、人を救うっていうのは」
 
「クラウンは、エルフと人間の戦争でエルフを止めるために生まれた組織さ」
 
 ゼインの言葉は、まるで古代の神話のように現実離れしていて、けれどどこか、心の奥底に届く重さがあった。
 
 俺は目を閉じ、深く息を吸った。
 
「……面倒な世界だな」
 
「でも、気になるだろ?」
 ゼインは軽く笑ってそう言った。
 
「そうだな」
 
 俺たちは再び歩き出す。新たな戦いの始まりに向けて。
 
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