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第一章
第038話 吸収と消滅
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「何をしている……」
アイザックの声に、失望の色が滲む。
「……できない。俺には……アルを殺すことなんて……」
「そいつはお前の兄じゃない!」
エルゴンが笑った。
「私は……お前の兄だ。私を殺せば、もう二度と会えなくなるぞ」
――違う……お前は兄じゃない。エルゴンだ。
「アレン! 惑わされるな!」
――わかってる……!
俺は剣を高く掲げた。
「そうだ……アレン、そのまま振り下ろせ!」
――やらなければ、終わらない。
「アレン……お前はいい弟だ……だから、助けてくれ……」
――やめろ……兄の声を使うな……。
「ウォォアアアアアアアア!」
俺は、渾身の力で剣を振り下ろした――だが。
「待って……!」
その一声に、剣が肩に届く寸前で止まった。
全身から冷や汗が吹き出す。
震える手を抑えながら、声の方へ目を向けると――そこにいたのは、ゼインと……母だった。
「ゼイン……母上……なぜ、ここに……?」
その歩みと共に、息を呑む。
母の身体は、見るも無残に変わり果てていた。
「アレン……まだ……アルを助けられるかもしれないの……」
母の声は弱々しく、命の灯が今にも消えそうなほどか細かった。
「母上……その姿は……」
俺の声が震える。
目の前に立つ母の姿は、かつての優雅な姿とは程遠かった。
顔の右半分は鱗に覆われ、アイラの肩にあったものと同じ異質なものに侵食されている。
右腕と左足は、まるで異形の獣のそれのように変わり果てていた。
「あなたの母は……魔の血を取り込み、堕者となったのです」
静かにゼインが告げた。
「なぜ……どうしてそんなことを……」
俺は母の変わり果てた姿に釘付けになりながら、かすれた声で問いかける。
「アレン……それは私が……自ら選んだことなの」
母はふらつきながらも一歩ずつ歩みを進め、ついに俺の目の前に辿り着いた。
手を伸ばせば触れられる距離――けれど、その姿はあまりにも遠い。
「なぜだ……母上……なぜ、そんな無茶を……」
「あなたたちを、救うためよ」
「……ゼイン、頼む。説明してくれ」
母の言葉を受け止めきれず、俺はゼインに視線を向けた。
「女王の魔法は何でしたか?」
「……吸収魔法だ。……まさか……」
言葉を途中で飲み込む。
「その通りです。
魔質を変化させるため、女王は自ら魔の血を取り込んだ。
そして――私が、その侵食を意図的に早めました」
ゼインは目を伏せながら言った。
「だが……いくら魔質が変化しても……エルゴンを吸収できるかは……」
「大丈夫よ、アレン」
母が優しく微笑んだ。
「私は、必ずアルを救ってみせる」
そのまま母は、エルゴンの正面に膝をついた。
まるで祈るように、そっと手を添える。
「お前のような小娘に、私が吸収されるはずがなかろう」
エルゴンが鼻で笑った。
だが、母の目は揺るがなかった。
「私はね……あなたが、エイゼンではないと最初から気づいていたのよ。……そしてずっと……復讐の時を待っていた」
声は静かで、けれど確かな怒りと決意が込められていた。
「あなたを、私の大切な子供たちから引き離せるのなら……道連れにできるなら……こんなに幸せなことはないわ」
その言葉に、エルゴンの表情が一瞬凍りついた。
母の覚悟に、怯えが滲む。
母はゆっくりと手を掲げた。
「アレン、私が合図をしたら……心臓を刺してちょうだい」
「……そんなこと、俺にはできない……!」
「アレンなら、できる。だって……あなたは、強い子だから」
視界が滲んでいく。溢れ出す涙が止まらなかった。
「……母上……」
「これまで……たくさん守ってもらった。
今度は、私の番よ。アイラとアルを、お願いね……。
ずっと、あなたたちのこと……見守っているわ」
母の腕に嵌められた青い宝石が、ひと際強く輝いた。
次の瞬間、白い光がアルの体を包み込んだ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」
エルゴンの絶叫が虚空に消える。
光はアルの中から母の手に吸い寄せられ、やがて彼女の体へと収束していった。
母は静かに振り返り、最後の言葉を口にした。
「アレン……ありがとう」
俺は黒雷を纏った剣を、母の胸元に向けて突き立てた。
母は、声一つあげなかった。
微笑んだまま、灰となって空に舞った。
アイザックの声に、失望の色が滲む。
「……できない。俺には……アルを殺すことなんて……」
「そいつはお前の兄じゃない!」
エルゴンが笑った。
「私は……お前の兄だ。私を殺せば、もう二度と会えなくなるぞ」
――違う……お前は兄じゃない。エルゴンだ。
「アレン! 惑わされるな!」
――わかってる……!
俺は剣を高く掲げた。
「そうだ……アレン、そのまま振り下ろせ!」
――やらなければ、終わらない。
「アレン……お前はいい弟だ……だから、助けてくれ……」
――やめろ……兄の声を使うな……。
「ウォォアアアアアアアア!」
俺は、渾身の力で剣を振り下ろした――だが。
「待って……!」
その一声に、剣が肩に届く寸前で止まった。
全身から冷や汗が吹き出す。
震える手を抑えながら、声の方へ目を向けると――そこにいたのは、ゼインと……母だった。
「ゼイン……母上……なぜ、ここに……?」
その歩みと共に、息を呑む。
母の身体は、見るも無残に変わり果てていた。
「アレン……まだ……アルを助けられるかもしれないの……」
母の声は弱々しく、命の灯が今にも消えそうなほどか細かった。
「母上……その姿は……」
俺の声が震える。
目の前に立つ母の姿は、かつての優雅な姿とは程遠かった。
顔の右半分は鱗に覆われ、アイラの肩にあったものと同じ異質なものに侵食されている。
右腕と左足は、まるで異形の獣のそれのように変わり果てていた。
「あなたの母は……魔の血を取り込み、堕者となったのです」
静かにゼインが告げた。
「なぜ……どうしてそんなことを……」
俺は母の変わり果てた姿に釘付けになりながら、かすれた声で問いかける。
「アレン……それは私が……自ら選んだことなの」
母はふらつきながらも一歩ずつ歩みを進め、ついに俺の目の前に辿り着いた。
手を伸ばせば触れられる距離――けれど、その姿はあまりにも遠い。
「なぜだ……母上……なぜ、そんな無茶を……」
「あなたたちを、救うためよ」
「……ゼイン、頼む。説明してくれ」
母の言葉を受け止めきれず、俺はゼインに視線を向けた。
「女王の魔法は何でしたか?」
「……吸収魔法だ。……まさか……」
言葉を途中で飲み込む。
「その通りです。
魔質を変化させるため、女王は自ら魔の血を取り込んだ。
そして――私が、その侵食を意図的に早めました」
ゼインは目を伏せながら言った。
「だが……いくら魔質が変化しても……エルゴンを吸収できるかは……」
「大丈夫よ、アレン」
母が優しく微笑んだ。
「私は、必ずアルを救ってみせる」
そのまま母は、エルゴンの正面に膝をついた。
まるで祈るように、そっと手を添える。
「お前のような小娘に、私が吸収されるはずがなかろう」
エルゴンが鼻で笑った。
だが、母の目は揺るがなかった。
「私はね……あなたが、エイゼンではないと最初から気づいていたのよ。……そしてずっと……復讐の時を待っていた」
声は静かで、けれど確かな怒りと決意が込められていた。
「あなたを、私の大切な子供たちから引き離せるのなら……道連れにできるなら……こんなに幸せなことはないわ」
その言葉に、エルゴンの表情が一瞬凍りついた。
母の覚悟に、怯えが滲む。
母はゆっくりと手を掲げた。
「アレン、私が合図をしたら……心臓を刺してちょうだい」
「……そんなこと、俺にはできない……!」
「アレンなら、できる。だって……あなたは、強い子だから」
視界が滲んでいく。溢れ出す涙が止まらなかった。
「……母上……」
「これまで……たくさん守ってもらった。
今度は、私の番よ。アイラとアルを、お願いね……。
ずっと、あなたたちのこと……見守っているわ」
母の腕に嵌められた青い宝石が、ひと際強く輝いた。
次の瞬間、白い光がアルの体を包み込んだ。
「やめろぉぉぉぉぉぉぉ……!!!」
エルゴンの絶叫が虚空に消える。
光はアルの中から母の手に吸い寄せられ、やがて彼女の体へと収束していった。
母は静かに振り返り、最後の言葉を口にした。
「アレン……ありがとう」
俺は黒雷を纏った剣を、母の胸元に向けて突き立てた。
母は、声一つあげなかった。
微笑んだまま、灰となって空に舞った。
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