25 / 40
24.「もし、あの家に人が引っ越してきたら、今そのまま、生活がすぐにできると思いませんか?」
しおりを挟む
「俺は一応、あいつの携帯に何度も何度も掛けてみました。だけど駄目です。まるで通じない」
くっ、と山東は唇を噛む。
「日曜日、もう一度ここへ来ました。だけどやっぱり帰っていない、と言います。おばさんはもう大変でした。あいつによく似た綺麗なひとなんですが、そのひとが、俺の前で、化粧も直さず、髪も整えず、赤い目で飛び出して来るんですよ。娘が帰ってきたんじゃないか、って。……で、やってきたのが俺で、力が抜けてしまって」
何となく、想像ができた。
「で、その日は親父さんも居たので、三人で、少し話したんです。警察や学校に言うべきか、それとも、って」
「それとも?」
「日名の件と―――少々、高村さんの話も気になりましたから」
「オレの?」
「ええ」
山東はそしてそのまま、門を開けた。
「……い、いいのか?」
「大丈夫です。ほら」
山東の大きな手には、鍵が握られていた。そのまま彼は、入り口へと向かった。周囲を見渡し、そうっと扉を開け、高村を手招きする。
「親父さんから、合い鍵を預かっていたんです」
「また、何で……」
「日名が『転校』した時のことを、親父さんに話したんです。家族ぐるみの付き合いだから、ここの二人も、日名のご両親がどういうひとであるとか、ある程度のことは知ってるんです。そしてお互い出した結論は、『転校/引っ越しなどする訳がない』」
「わけが、ない」
高村はその部分を繰り返す。ええ、と山東は周囲を見渡してから、ぱち、と中の灯りを点けた。
「ほらまだ、電気も生きてる。『引っ越し』だったら、電気は止められてもおかしくはないのに」
「引っ越しって……」
「でしょう?」
目前に広がったのは、「引っ越し」などまるでしていない部屋だった。家具はもちろん、今朝広げていた新聞も、みそ汁をひっくり返したままの朝食も、テーブルにそのまま残っていた。
「確かに今朝、引っ越し業者が来た、と隣の人は言っています。だけど、トラックを見ただけで、運び出す様子まではいちいち見ていないそうです。建て売り住宅ですよ? こんな『引っ越し』がありますか?」
高村は首を横に振った。少なくとも、彼は、知らない。
「『夜逃げ』でも、ちゃんと家財道具の基本は持ち出して行くはずです。だけど」
彼は慣れた足取りでさくさくと奥へと進んで行く。
「ほら」
TVの下、ありふれたソフトラックの中に彼は手を入れる。
「これ、何だと思います?」
山東は二つの巾着袋を取り出した。
「何?」
「大切な、ものですよ」
さらり、と彼はベージュ色の絨毯の上に、その中身を空ける。
「え」
銀行の通帳がざらざらと落ちた。印鑑を入れた袋がぽとり、と落ちた。
「幾らどんな引っ越しや夜逃げでも…… これを置いていきますか?」
まさか、と高村も思う。
「……それじゃ、その親父さん、はそれを、本当にいざという時のために、君に教えて?」
「ええ」
山東は大きくうなづき、出したものを元の場所に戻した。
「日曜日、どうしてもあいつからの連絡が入らなかったら、月曜日、学校と警察に連絡する、と言っていました。だけど、日名の件があったから」
「何か、あったら」
「ええ、何か、あったら、と」
二人はその「何か」を具体的には言わなかった。いや、言えなかった。言ってしまうのが、怖い様な気がしたのだ。口にすれば、それがそのまま現実になってしまうような。
「月曜日、そう言えば、確かに遠野のご両親が学校に、来た」
「でしょう?」
出ましょう、と山東は高村をうながした。長居は無用だ、と。電気を消し、音を立てない様にして、二人は外に出る。
「本当に、何処もかしこも、同じ家なんだなあ」
「ええ、時々気持ち悪い、とあいつも言ってましたがね」
「気持ち悪い?」
「マンションとか、ああいうものの中に住む所があるのならともかく、『家』一つ一つが、こうも同じ形をしているというのが、気持ち悪い、って」
「でも、住み心地は良さそうな家じゃないか」
「そうですよね。でも、住み心地ってのは、皆一緒という訳ではないでしょう?」
「それは」
「ちょっとしたことかも、しれないんですけど」
山東は鍵をかけると、それをポケットに入れた。そして行きましょう、と再び駅の方へ向かって歩き出す。
「もし、あの家に人が引っ越してきたら、今そのまま、生活がすぐにできると思いませんか?」
「どういう意味だ?」
「俺にも、まだうまく、説明ができないんですけど…… 何か、嫌な感じ、がするんですよ」
「嫌な感じ」
「高村さん、学校の方では何かありませんでしたか?」
山東は高村の方をじっと見た。
「学校…… 学校ね」
ああ、と彼は大きくうなづいた。
「島村さんから、変なことを聞いたんだけど」
「島村…… そういえばあの先生も、妙なとこ、ありますね」
「教わったこと、あるのかい?」
ええ、と山東はうなづいた。
「現代国語なんですがね、あんまり教科書を使わない授業で」
「へえ」
それは初耳だった。
くっ、と山東は唇を噛む。
「日曜日、もう一度ここへ来ました。だけどやっぱり帰っていない、と言います。おばさんはもう大変でした。あいつによく似た綺麗なひとなんですが、そのひとが、俺の前で、化粧も直さず、髪も整えず、赤い目で飛び出して来るんですよ。娘が帰ってきたんじゃないか、って。……で、やってきたのが俺で、力が抜けてしまって」
何となく、想像ができた。
「で、その日は親父さんも居たので、三人で、少し話したんです。警察や学校に言うべきか、それとも、って」
「それとも?」
「日名の件と―――少々、高村さんの話も気になりましたから」
「オレの?」
「ええ」
山東はそしてそのまま、門を開けた。
「……い、いいのか?」
「大丈夫です。ほら」
山東の大きな手には、鍵が握られていた。そのまま彼は、入り口へと向かった。周囲を見渡し、そうっと扉を開け、高村を手招きする。
「親父さんから、合い鍵を預かっていたんです」
「また、何で……」
「日名が『転校』した時のことを、親父さんに話したんです。家族ぐるみの付き合いだから、ここの二人も、日名のご両親がどういうひとであるとか、ある程度のことは知ってるんです。そしてお互い出した結論は、『転校/引っ越しなどする訳がない』」
「わけが、ない」
高村はその部分を繰り返す。ええ、と山東は周囲を見渡してから、ぱち、と中の灯りを点けた。
「ほらまだ、電気も生きてる。『引っ越し』だったら、電気は止められてもおかしくはないのに」
「引っ越しって……」
「でしょう?」
目前に広がったのは、「引っ越し」などまるでしていない部屋だった。家具はもちろん、今朝広げていた新聞も、みそ汁をひっくり返したままの朝食も、テーブルにそのまま残っていた。
「確かに今朝、引っ越し業者が来た、と隣の人は言っています。だけど、トラックを見ただけで、運び出す様子まではいちいち見ていないそうです。建て売り住宅ですよ? こんな『引っ越し』がありますか?」
高村は首を横に振った。少なくとも、彼は、知らない。
「『夜逃げ』でも、ちゃんと家財道具の基本は持ち出して行くはずです。だけど」
彼は慣れた足取りでさくさくと奥へと進んで行く。
「ほら」
TVの下、ありふれたソフトラックの中に彼は手を入れる。
「これ、何だと思います?」
山東は二つの巾着袋を取り出した。
「何?」
「大切な、ものですよ」
さらり、と彼はベージュ色の絨毯の上に、その中身を空ける。
「え」
銀行の通帳がざらざらと落ちた。印鑑を入れた袋がぽとり、と落ちた。
「幾らどんな引っ越しや夜逃げでも…… これを置いていきますか?」
まさか、と高村も思う。
「……それじゃ、その親父さん、はそれを、本当にいざという時のために、君に教えて?」
「ええ」
山東は大きくうなづき、出したものを元の場所に戻した。
「日曜日、どうしてもあいつからの連絡が入らなかったら、月曜日、学校と警察に連絡する、と言っていました。だけど、日名の件があったから」
「何か、あったら」
「ええ、何か、あったら、と」
二人はその「何か」を具体的には言わなかった。いや、言えなかった。言ってしまうのが、怖い様な気がしたのだ。口にすれば、それがそのまま現実になってしまうような。
「月曜日、そう言えば、確かに遠野のご両親が学校に、来た」
「でしょう?」
出ましょう、と山東は高村をうながした。長居は無用だ、と。電気を消し、音を立てない様にして、二人は外に出る。
「本当に、何処もかしこも、同じ家なんだなあ」
「ええ、時々気持ち悪い、とあいつも言ってましたがね」
「気持ち悪い?」
「マンションとか、ああいうものの中に住む所があるのならともかく、『家』一つ一つが、こうも同じ形をしているというのが、気持ち悪い、って」
「でも、住み心地は良さそうな家じゃないか」
「そうですよね。でも、住み心地ってのは、皆一緒という訳ではないでしょう?」
「それは」
「ちょっとしたことかも、しれないんですけど」
山東は鍵をかけると、それをポケットに入れた。そして行きましょう、と再び駅の方へ向かって歩き出す。
「もし、あの家に人が引っ越してきたら、今そのまま、生活がすぐにできると思いませんか?」
「どういう意味だ?」
「俺にも、まだうまく、説明ができないんですけど…… 何か、嫌な感じ、がするんですよ」
「嫌な感じ」
「高村さん、学校の方では何かありませんでしたか?」
山東は高村の方をじっと見た。
「学校…… 学校ね」
ああ、と彼は大きくうなづいた。
「島村さんから、変なことを聞いたんだけど」
「島村…… そういえばあの先生も、妙なとこ、ありますね」
「教わったこと、あるのかい?」
ええ、と山東はうなづいた。
「現代国語なんですがね、あんまり教科書を使わない授業で」
「へえ」
それは初耳だった。
0
あなたにおすすめの小説
義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。
石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。
実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。
そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。
血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。
この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。
扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜
クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。
生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。
母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。
そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。
それから〜18年後
約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。
アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。
いざ〜龍国へ出発した。
あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね??
確か双子だったよね?
もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜!
物語に登場する人物達の視点です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる