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31 父の手には確かに傷跡があった

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「判りましたよ嬢さん」

 翌日、そう言ってきたのはドロイデだった。

「え、どうやって」
「食事時に、今日はちょっと珍しいドイツの料理ですから、ということで私が説明しながら色々出したんですがね、その時に左側にビールのジョッキを置いたんですよ。で、動きの鈍い私としては、がちゃん、と」
「! 凄いわありがとう! で、どうだったの?」
「左手の薄い布越しにも判る傷跡がありましたよ。ありゃ酷いですね。あれだけ盛り上がる程残っていたなら、私等だったら上手く料理がしづらくなる。まあそこは根性なんでしょうが、何ですかね? 私の見たところでは刃物傷ですが」
「その辺りはたぶん、フレドリック伯父様が何か思うところあるんだわ。私急いで電報打たなくちゃ」
「馬車出しますかね」

 ひょい、と馬丁のサムウェルが顔を出す。

「旦那様の傷のことだったら俺に聞いてくれてもよかったのに」
「知ってたの?」
「そりゃあまあ、乗馬や狩りの後には手を洗うことが多いですからねえ。俺は別に気にしないと思ってたんじゃないですかね。あまり嬢さん達とのお喋りに加わらないし」
「じゃあ、お願いするわ。あ、でも買い出しも」
「あたしも行くよ。そもそも嬢さん、電信局が何処にあるか知らないでしょ」

 ロッティがそう言って一緒に荷馬車に乗り込んできた。



 伯父に出した文章は短いものだった。
 それだけでも、彼の反応は酷く早かった。
 何せ、翌日には電報が私のもとに来たのだから。

「感謝する。始末がつき次第そちらに向かう」

 電報を打ってみて、その値段に驚いた。
 だからこそ伯父は今の境遇の私に対しては、是否だけ送ってくれればいい、と手紙に書いてきたのだろう。
 そしてすぐにこれだけの内容を返してくれるとは。
 そして「始末がつき次第」。
 向こうを引き払ってくるつもりだろうか。
 私はその件をキャビン氏に伝えた。
 すると彼は即座にやってきた。

「なるほど、向こうの知り合い同士は案外知り合い同士だった、という可能性が出てきたと」
「え、そういう意味なんですか?」
「少なくとも、フレデリック氏は男爵のその点のみに絞って聞いてきたのでしょう? だとしたら、まず男爵の顔だのは写真で何処かで見たことがある。だけど手は判らない。だから何か自分の決め手にはならなかった。けど父親は絶縁しているから問い合わせる相手としては難しい。――問題は、何故そこまでしてそれを知りたいか、なんですが」
「その辺りはきっと、フレデリック伯父様がやってきた時に明らかにしてくれるわ。そこは待つしかないのが歯がゆいけど」
「貴女本当に知りたい尽くしのひとなんですねえ」

 キャビン氏は呆れた様に言った。

「え? それがそんなにおかしい?」
「まあ、何というか…… どっちかというと、学校で時々見たタイプですね。一つのことを追い始めると周囲が見えなくなる様な」
「……う」

 それを言われたら、正直二の句が継げない。

「無論いい点も多いんですよ。集中力はあるし、根を詰めてでも何を会得しようとするから、自分流でも何でも、できるまで努力できる」
「まあ、嬢さんは元々は不器用でしたからねえ……」

 ファデットはそっとため息をつく。

「え、そう思っていたの?」
「ええ。同じ歳でも、器用な子と違う子が居るんですが、正直、アリサ嬢さんは不器用な方でしたよ。覚えてません? 何度も縫い直ししたこととか、指刺したとか」

 まあ、確かにあるけど。

「ミュゼットはその辺りが器用な方でしたから、アリサ嬢さんの半分以下の時間で同じくらいの技術を身につけられたんですよ。気合いもあったとは思いますがね」

 やや複雑な気分になる。

「あー、確かに、皮むきも今じゃあずいぶん薄く、つなげてできる様になったけど、まあしばらくは手先が怖かったねえ」

 ドロイデも言う。

「まあ、最終的にできる様になったんだからいいんですよ。それに忘れないでしょう? 覚えたことは」
「……はい」

 本当に。
 ぐうの音も出ない程に。 
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